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13. 最高の女(リヴィア視点)

セレスティア女学院は、噂通りの厳格な場所だった。

全寮制で、生徒は身分にかかわらず二人部屋で生活する。

貴族であっても、留学生であっても例外ではない。


私、リヴィア・ラヴェルナも、同じ学年の子と相部屋になった。


入寮初日、重たいトランクを引いて部屋に入ると、既に先に着いていたらしい少女が優雅に本を読んでいた。彼女はこちらに気づくと、きれいな所作で立ち上がり、にこやかに声をかけてきた。


「こんにちは。わたし、セリーヌ・ヴァロットといいます。これから同室になりますし、よろしくお願いしますね。あなた、初めて見る顔だけど……どちらからいらしたの?」


琥珀色の瞳に、強い意志が宿っていた。少し勝ち気そうな口調だが、礼儀はきちんと保たれている。綺麗に巻かれた栗色の髪が、日差しの中でふわりと揺れていた。


「初めまして。リヴィア・ラヴェルナです。フェルナディアからの留学生として参りました。どうぞ、よろしくお願いいたします」


慣れない言語だったが、留学前にみっちり鍛えた成果が出ていた。舌をもつれさせることもなく、自然に挨拶できた。


「まあ、フェルナディアから? 行ったことはないけれど、前から興味があったのよ。ねぇ、向こうでは今どんなものが流行っているのかしら?」


そう言って、彼女は私のトランクを手伝ってくれた。見た目の優雅さからは想像もつかない力強さと、慣れた仕草に思わず驚いた。


──これが、セリーヌとの最初の出会いだった。



ノルゼアの公爵家の令嬢でありながら、どこか型にはまらない奔放さと率直さを持った彼女は、完璧な礼儀の下に本心を隠していた私とは、対照的な存在だった。

 

「リヴィアといると楽で助かるわ」

と、セリーヌはある夜、カップを片手に言った。


「わたし、生まれが公爵家のせいか、やたらとおべっかばかり使われるの。でもリヴィアはそういうの、全然気にしないでしょ? 一緒にいて、気楽なのよ」


そう言って笑った顔は、ふだんの気高い立ち居振る舞いとは違って、年相応の少女だった。私自身も、セリーヌと過ごす時間は不思議と楽だった。

対等で、遠慮のない言葉を交わせる相手。それは私にとって初めてだった。

けれど──私はこの学院に、“完璧”になるために来た。

だからこそ、どれだけ居心地が良くても、気を緩めることはできなかった。


セリーヌもまた優秀だった。試験のたびに、私たちは互いに一位と二位を争った。


お互いに本気だからこそ、妙なわだかまりもない。誰かに負けたくない、でも相手がセリーヌなら認められる──そんな奇妙な信頼感があった。


ある晩、机に向かって黙々と試験勉強をしていたとき、セリーヌが突然、ふっと問いかけてきた。


「ねぇ、リヴィア。あなたって、どうしてそこまで頑張るの?」


私は手元のノートから目を上げる。


「え……そんなことないわよ」

「うそ。わたしもそれなりに努力してるつもりだけど、あなたのあの必死さは普通じゃないわよ。……まるで何かに追われてるみたい」


来週の試験に備えて連日徹夜を続けていた私に、セリーヌは真顔で言った。


「別に、何にも追われてなんかないわ。ただ……他人に迷惑をかけるのが、いやなだけ」

「他人、ねぇ。その他人はいったい誰なの?リヴィアができないと迷惑だって言ってくるような方なのかしら。」


私は言葉に詰まり、誤魔化すようにまた試験問題に目を落とした。


「ふぅん。じゃあ、質問を変えるわ。

リヴィアがフェルナディアにいたときは、どんな風に過ごしてたの?」

「え、なに急に。……まあ、特に変わったことはなかったと思うわ。家庭教師に勉強を習ってたし、妹たちと遊んでたくらいよ。双子の妹がいるの。五歳下なの」

「ご両親とは仲良かったの?」


ずいぶん踏み込むなと思いつつ、私は答えた。


「ええ。父も母も、厳しかったけど優しかった。父には仕事について行かせてもらったし、母とは一緒にお菓子を作ったりもしてた。私がやりたいことは、ちゃんとやらせてくれていたわ」

「なのに、どうして留学を?」

「え……?」

「だって、そんなに仲良しな家族なら、離れるのはきつかったでしょう? 寂しくなかったの?」


セリーヌの問いに、私は手元のペンを握りしめた。


「……そうね。正直、辛かった。出発のとき、父も母も、泣きそうな顔をしていたし……」


自然と“辛い”という言葉が出てきた自分に、内心で驚いた。

これは自分で選んだ道。辛いなんて言ってはいけない。

──そう思い込んでいたのに。


「だったら、どうしてそこまでして留学してきたの?フェルナディアだって教育水準は高いでしょうに。わざわざノルゼアまで来る理由って、何?」


私は口を閉じ、言葉を選ぶ。けれど、もう隠しても意味がないような気がしていた。


「……わたし、実は婚約者がいて。ノルゼアへの留学が決まる前に、フェルナディアで初めてお会いしたのよ。そのときに……少し、失敗しちゃったの」

「失敗? あなたが? 今のリヴィアからは想像もつかないけど」


「ただ、私が未熟だっただけ。相手の気持ちも考えずに、自分の理想ばかりを押し付けて……それで、ある質問をしたときに、嫌われちゃったのよ」


「“嫌われた”って……どういうこと? 初対面で、そんなにはっきり言われたの?」

「“嫌い”とは言われてないけど……」

「じゃあ、なんて?」


あの言葉。誰にも言えなかった、あのときの言葉。

でも──もう、いいか。


「……“気持ち悪い”って。礼儀とか気遣いとか、“上辺だけのいい子ぶるな”って、うっとおしいって……」


セリーヌの眉がぴくりと動いた。


「はあ!? なにそれ。言っていいことと悪いことがあるでしょう。しかも、それ、婚約者に対して言ったの? レディに向かって? 信じられない……」

「ちょっと、セリーヌ、声が大きいわ。今深夜なんだから。でも、そう思われるような振る舞いをしたのは私なのよ。だから、変わらなきゃって思った。淑女になって、ちゃんと“ふさわしい”婚約者にならなきゃって……」

「それ、本気で言ってるの? リヴィアが?あのリヴィア・ラヴェルナが、そんな失礼千万な婚約者のために、ここまで?」

「そ、それだけが理由じゃないけど……」

「分かりましたわ。なら、こうしましょう。その失礼な婚約者、見返してやればいいのよ。リヴィアが“最高の女”になって。彼が手放したことを、一生後悔させて差し上げましょう!ギャフンと言わせるのよ!」

「言葉、少し荒れてるわよ……」

「いいの。うちの叔母様も言ってたのよ?“捨てた男への最大の復讐は、最高の女になること”ですって」

「……別に、捨てられてないわよ。まだ」


セリーヌの叔母様って、確かこの国の王妃様だ。

思わず背筋が伸びる。


「じゃあ、なおさら。“最高の女”は完璧な淑女も兼ね備えているんだから、全部手に入るじゃない」

「……まあ、そうね。確かに、そうかも」

「はい、決まり。じゃあ今日の勉強はここまで!徹夜はお肌に悪いわ。肌荒れしたら、最高の女になれませんからね」


そう言って、セリーヌは私を布団に押し込んだ。

ふかふかの毛布に包まれた私は、ひとつ深呼吸をして、そっと目を閉じた。静かに、穏やかに──そのまま、眠りに落ちていった。

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