授業前のダークエルフ
学校近くの公園のトイレ。
事故現場から逃走した僕は、車椅子用の大部屋に駆け込んだ。
そこから鍵を閉めて、流れるようにorzの体勢へ。
「いや過剰戦力!」
今の僕を一言で表すなら、この言葉に尽きる。
やった行動に後悔は無いが、発揮した力に問題が有りすぎる。
確かに苛酷な異世界を生き残る為に我武者羅に鍛えてきた。学園に通い、師に恵まれ、ひたすら学問と技を研鑽してきた。数多の強敵をねじ伏せ、数多の修羅場をくぐり抜けてきた。
強さの証明となるか解らないが、何時の間にか冒険者のランクも最上位にされていた。
これらの事柄から自画自賛になるが自分自身結構強い部類だと思ってる。
とは言え、強い強いと言ってもあくまで人種基準での話。身体も鍛えたが、魔法ありきの力こそパワー。
流石にマンガやアニメみたいに人間辞めたつもりは無い…ダークエルフだけど。
しかし現実は先の暴走車への過剰すぎる一撃。正直な感想を言うけど、自動車って思ったより軽いんだね。ぶっちゃけ強化魔法要らなかったし、何ならもっと手加減してもお釣りがきた。
「とにかく、力加減は気をつけないと」
握手した手をうっかり粉砕しましたなんて笑い話にも成らない。
幸いにも変身魔法使用中は身体的にも魔力的にも結構デバフが掛かる。
かといって四六時中変身しているつもりは無く、所々でリフレッシュの為にダークエルフに戻る必要性がある訳で。
それで戻ったら戻ったで、今度は力加減に気を遣わなければいけなくなるとは。
これからの憂鬱になる現実に立ち向かう気力を振り絞り、僕は変身してトイレの扉を開けた。
☆★☆★
人間運動していると意外と前向きになれるもの。
残り少ない学校への道を歩いていると不思議とプラス思考へと変わっていった。
力加減は確かに課題だが、無意識のコントロールが出来ないわけでは無い。
実際に異世界では物を壊す事は無かったし、戻ってきて家のモノも何も壊す事は無かった。
さっきは緊急事態に付き手元が狂ったアレだ。
気をつけるに越したことは無いが、過剰にビビる必要も無い。
少しだけ気が楽になると、いつの間にやら学校へ到着。
上履きに履き替えて自分の教室へ向かうと、既に数人が席に着いていた。
始業のチャイムまでの間、各人がそれぞれ好きなことをやっている。
寝てたり、音楽聴いたり、朝ご飯なのかパン食べてたり、談笑に花咲かせたりと様々。
因みに28年前の僕はラノベを読んで時間を潰していたので、それに習って鞄の中に入れっぱなしのラノベを読むことにした。
どんなタイトルで内用だったかは覚えていないが、そこそこ面白かったのだけは覚えている。
なので期待を膨らませて読んでみた…が。
(夢が有るなぁラノベは。…実際はクソだったけど)
ラノベはプロ・アマ問わず擦られまくっている異世界転生モノだった。
チートてんこ盛りのイケメン主人公が、美少女ハーレム作って大冒険する超王道展開、ザマァもあるよ。
何この主人公、正直羨ましいし嫉ましい。
僕なんてチート無しで異世界のジャングルに放り込まれた末にダークエルフ化。
冒険者は基本パワー全振りの脳筋野郎だらけ、数少ない女冒険者も腹筋バキバキのアマゾネス。
美女・美少女ハーレムなんて自称高貴な方々の高尚な趣味の存在でしか無い。
僕も色んな所からハーレムのお誘いを貰ったよ…当然全部断ったけど。
時々諦めの悪い奴も居たりしたけど、呪いで不能にしたり汚ぇオッサンでしか勃てないようにしてやった。後で新たな扉を開くことが出来たと喜ばれ、そっちの道に引きずり込まれそうになったけど。
等々思い返せば宜しくない感情が沸々と。
うん切り替えよう、架空の人物を嫉んでもしょうが無い。
アレだ、水戸黄門を見ていると思えばイイ。そう考えれば楽しんで読めるというモノだ。気持ちを新たに僕は文章に目を落とし、物語に没入していく。
そうしてページをめくる度に教室が騒がしくなり、気付けば始業のチャイムが鳴っていた。
「うーい、おはようさん。全員席付けー、朝のHR始めるぞー」
棒付きキャンディを咥えた担任が教室に入り、教壇の前で気怠げに出席を取っていく。
途中「セーフ!」と言いながら教室に滑り込んできた奴も居たが、担任は「アウトだ、コノヤロー」と出席簿で遅刻者の頭を小突いた。
まるでコントのようなやり取りにクラス中が爆笑に包まれる何とも緩い光景。
冒険者時代、集合時間に遅刻してきた生意気な若手を、ベテランが鬼の形相で木剣修正していた光景とはまるで違う。
因みに若手は修正されすぎて、二度とギルドの敷居を跨ぐことは無かったよ。
さて遅刻者は居たものの、出席の確認をした担任は続けて連絡事項を話していく。
「あー知ってる奴も居るだろうが、さっき近くの通学路で派手な事故があった。お前等、気をつけろよー」
思わずドキリとする。流石に異世界とは違って情報が回るのが早い。
幸いにも今のところは「事故があった」で止まっている所か。一応車載カメラや記録媒体は潰したので証拠は残っていないはず。後は目撃証言だが「流石にパンチ一発で車がぶっ飛びました」なんて言えるわけもないし信用も出来ないはず。
大丈夫だ、まだ慌てる時間じゃ無い。
その後も担任から細々と連絡事項が告げられていく。
最後に〆として隣のクラスの女教師(30歳)が週末にお見合いパーティに行く情報が公開された。
「今度こそ、年収一千万の高身長イケメンをGETするわよ!」と息巻いてるようだが、その様子では9割9分今回も売れ残るだろう。
心の中で益々のご健勝をお祈りしておいた。
そうして朝のHRも終わると、本日最初の授業開始の鐘が鳴った。
学校の勉強は色々と忘れているが、取り戻すのはそんなに苦労はしないと思っている。
こう見えても高名な魔法学院を成績上位で卒業しているので、それなりに勉強の仕方は覚えている。
なので今日明日を凌げば自主学習である程度は追い付ける…はず。
そして今後の事も大事だが、とりあえず今は教室でまったりしていたい。
家で多少リフレッシュしたけど、戦いの疲れはまだ残っているから出来れば身体を動かしたくない。
そう考えていると移動教室なのか、クラスメイトは必要なものを持って教室を出払っていった。
前日(28年前)の事なんか覚えていないので予定を確認すると…
「1限目は体育か…」
現実は無情だった。
誤字報告ありがとうございます。