ちょっと不可思議な事故
とある地方のお昼のニュース。
朝方に起きた交通事故について取り上げられていた。
内容は暴走する車が小学生児童の列に突っ込みそうになるも、寸前で塀にぶつかり事なきを得ると言ったモノ。
児童も運転手も無事なことでスタジオは安堵の空気に包まれる。
コメンテーターの「無事で良かった」で区切られ、ニュースは仁義無き関税合戦の話題へと移った。
☆とある警察官☆
「それなりに警察官やってますが、あんな事故現場は初めてでしたよ」
そう語るのは現場検証に立ち会った警察官の一人。
せっかくの休日だが、こうして話を聞くことが出来た。
勿論聞くのは例の交通事故。あの交通事故には色々と不可解な点が多すぎる。
警察官は注文したステーキランチを頬張りながら語り出した。
「ニュースでは〝塀にぶつかった〟と報道されてますが事実は異なります」
口の中の肉とライスの混合物を咀嚼し、嚥下した警察官は此方を見据える。
「結論から言うと、件の暴走車はヒトの手で止められて破壊されました」
そう語る警察官自身、未だに信じきれて無さそうだ。
暴走車は事故前にも人通りの多い場所を猛スピードで走る様子が確認されている。
運転手は典型的な「無敵の人」であり、気に入らない世の中に復讐をしたかったらしい。そんな男が未来有る児童達を前にしてスピードを緩めるわけが無い。
本来ならば運転手の宿願通りに児童を巻き込んだ大惨事になっていた筈だ。
しかしソレが起こらなかったのは、一人の女性の存在が有ったかららしい。
「一部始終を目撃した児童の証言なんですけどね。暴走車を殴って止めたんですよ、その女性」
警察官は付け合わせを口に運びながら乾いた笑みを浮かべる。
言ってる意味がわからないので聞返してみるが答えは同じだった。
「ははは、その反応が正常ですね。ただ正確に言うとアッパーで車を上空にカチ上げた様ですけど」
益々意味がわからなかった。
そもそも猛スピードで走ってくる自動車を正面から迎え撃つなんぞ自殺行為に等しい。
普通なら犠牲者の一人にカウントされる筈だ。
味変の山葵をステーキに掛けた警察官は、困惑する此方にSDカードを差し出した。
促されるままにスマホに射し込み、指定された動画ファイルを開けて2分程進めろと指示される。
再生すると自撮りの撮影者とその自室が映し出され、その約5秒後に窓を巨大な影が通り過ぎた。
「一瞬影が通り過ぎたでしょう、それが件の暴走車です。因みに撮影場所は近所の民家の2階だそうで」
スロー再生すれば確かに影は車の形をしていた。
一般的な2階建ての民家の高さは大凡7~9M。窓を通り過ぎたと言うことは、最低でも暴走車は10Mを飛んだことになる。
こんなマネをするにはハリウッド級の大規模な準備が必要だ。勿論ハリウッドがこんなはた迷惑な事をする訳が無い。
かと言って車をぶっ飛ばすなんて一般的な人間には不可能だ。それこそハリウッドが誇る緑の大男並の力が要る。
「もう一つ、面白い写真も有りますよ」
差し出された写真には壊れた車のドア部分が写っていた。
事故の拍子に壊れたて取れたのだろうと思ったが、よく見てみると一部分が大きく拉げていた。
まるで人間の手で掴んだように。
何時の間にか注文した抹茶パフェを掬いながら、聞きたいことに答えるように警察官は口を開いた。
「お察しの通り、そのドアは素手で壊されてます。児童の証言では毟り取ったと言う方が正確だとか」
どうやらこの日本にはモンスターが住み着いているらしい。
頑丈な鉄鋼製品である車のドアを素手で毟り取るなんぞ人間業では無い。
そこまで来ると、その女性に怖い物見たさ的な興味が湧き始める。
テンプレ通りの某緑の大男の女性版なのか、それとも意外にも華奢な手弱女なのか。
期待を込めた目で見るも、警察官はネタ切れとばかりに首を振った。
「残念ながら我々が来る前に逃げちゃいまして、写真は無いんですよ。ただ特徴として高身長・銀髪・褐色肌らしいです」
それだけ言って警察官は立ち上がる。もうこれ以上話せることは無さそうだ。
協力に感謝を伝え、伝票をレジへ持っていき解散する事となった。
欲張り大盛りミックスステーキ…3500円。ライス・スープセット…450円。宇治抹茶金時パフェ…750円。
コーヒー…150円。
計4850円、領収書は取材費、宛名は上様でお願いします。
普通の警察官はこんな事とするはず無いよね。