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登校するダークエルフ



本日の弁当の内訳。

定番の日の丸にオカズは冷凍食品と卵焼きとウインナー。

昨晩(28年前)の残りが詰められていなくて幸いである。

ふと思うのだが、僕以外誰も当たりを引かなかったのだろうか?

思い返せば父さんや姉さんは普段通り、元凶の母さんは今ゲラゲラ笑いながら朝ドラを見ている。

あの様子だと、あの地獄を味わった様子は無さそうだ。…ちくせう。


「行ってきまーす」


やるせない気持ちと弁当を鞄に仕舞いこみ玄関を出る。

扉を閉めて振り返れば、見慣れた石造りや土の地面では無く舗装されたアスファルト。

馬車ではなく自動車が道路を走り、往来する人々が誰も帯剣していない。

改めて戻ってきた実感を得た僕は学校へと歩き出した。


「それにしても平和だなぁ」


道中つくづくそう思う。

人さらいに脅えること無く、元気いっぱいに集団登校する小学生。

口減らしで捨てられること無く、穏やかな老後を送っているご老人方。

危険も鞭で打たれる事も無く、一所懸命に勤労に励む大人達。

例外や程度の差こそあるが、基本的に現代日本で命の危機に瀕することは無い。


それに比べて僕の居た異世界は基本的に命の価値が低い。

街を一歩出れば凶悪なモンスターが闊歩しており、一歩間違えば自分がモンスターの餌になる。

新人冒険者が朝に街を出て、そのまま昼飯になってたなんてよく聞く話。


では街の中は安全かと言えば否であり、街の路地裏は何処もどうしようもない連中の吹溜りだ。

僕が拠点にしていた街も例外では無く、地元マフィアを筆頭にヤク中、傭兵、殺し屋等々その手の人材には事欠かない。下手に彼等に逆らおうものなら良くて強制就職、最悪は片道切符の登山か海水浴コースだ。

僕も一度仕事の関係で彼等と揉めて大変な目に遭ったっけ。

詳細は省くけど、事態の早急な解決の為に正々堂々正面から拠点にカチコミして全員ノしたのは、今思えば若気の至りだった。

離れて始めて平和の有難さに気付く、僕ほど極端に実感した人は居ないんじゃ無かろうか。


まあ何はともあれ今こうして無事に?戻って来れ訳だし、難しく考えず大人しく平穏を享受していこう。

正体さえバレなければ特に問題は無いはず。見た目は問題ないので後は行動パターンだ。

そう思い至った僕は早速通学路の途中にあるコンビニへ入店。

真っ直ぐ週刊紙コーナへ行き、少年ヂャンプとヤングマガズィンを手に取った。

長期連載モノは再履修必須だが、一話完結型は安心の安牌、新連載も抜かりなくチェックする。

一通り読み終えたら、次はよく飲んでたエナジードリンクを購入。

目覚めの一杯ということでイートインコーナーで腰に手を当てて一気に呷った。


「ごくっ―――うぇ、気持ち悪!」


強烈な人工甘味料の味に思わず嘔吐きそうになる。

思えば異世界での甘味は果物か蜂蜜が主流で、どちらも自然に採れる天然モノ。

そんな自然の味に慣れきった舌にエナドリは結構キツい。

砂糖とは違う妙な甘みが舌に残り、ケミカルな匂いが鼻を突き抜ける。

正直捨てようとも思ったが、まだ一口飲んだだけなので勿体ない。

それなりにひもじい時代も経験したので頑張って飲み干し、急遽お茶を買い足して口直しした。


☆★☆★


「うぇ~まだ口の中が甘ったるい。喉の奥から変な匂いもする」


お茶で口の中を濯ぎながら歩く。

何度か濯いでは飲み込みを繰り返し、ようやく大分マシになってきた。

お行儀が悪いと怒られそうだが、今回だけはマジで許して欲しい。

そんなこんなで学校への道程も半分ほど過ぎ、少し狭い通学路へと差し掛かる。

緩めにカーブも有り、車もそうだが歩行者も安全に気を配らないといけない狭さだ。

前を歩く小学生達も塀に出来るだけ沿って歩き出し僕もそれに習って歩いていく。


「あれ。何の音?」


後ろの方で何か音がした。

具体的に言えば大きくぶつかる音と、けたたましいエンジン音。

よろしくない予感がして振り向くと、一台の自動車が猛スピードで迫ってきていた。音の通り何処かに車をぶつけたのか、バンパーが片側外れておりライトも壊れてる。

運転席を見れば怪しい笑みを浮かべた男がハンドルを握っていた。

 

「マズい、子供達が!」


振り返ればまだ小学生達が歩いている。

男の様子から減速する気は微塵も感じられず、このままでは大惨事は間違い無い。

異世界から帰還早々こげな超弩級の災難に出くわすなんて、この世に神様は居ないのか?

居なかったね、休暇取って異世界行ったねこんちくしょう。

悠長な恨み言はこの位にして僕は瞬時に決断する。


「○□△…強制解除!っ痛ぁぁぁぁ」


変身魔法で纏っている魔力を強制的に霧散させ、一瞬の激痛と引き替えに僕の身体はダークエルフの姿へと戻る。乳圧でシャツのボタンが2つほど飛んだが今は気にしない。

迫り来る自動車に対し腰を落とし、右腕を大きく引き絞り魔力を集中。

最高のタイミングを見計らって大地を蹴り上げ、地面を抉るように僕の拳は弧を描いて天を貫く。


「ぅあたぁぁぁ!!」


通学路に轟く衝撃と破砕音。殴った自動車は木の葉のようにぶっ飛ぶ。

部品をまき散らしながら自動車は空を舞い、目が合った運転手は目を白黒させていた。

やがて重力に従って自動車はフロント部分から地面に激突。

エンジンルームはフレームごと完全に潰れて白煙を吹き、良く解らないオイルが滴り落ちた。


振り返ると子供達は一部始終を目撃したようでフリーズしていたが一先ず無事なようだ。

安全を確認した僕はドアを引き千切り、歪んだフレームを曲げて運転手(バカ)を引きずり出す。都合良く気絶しているが、見た感じ幾つか骨が折れてるようだ。

異世界ならほっといても問題無しだが、現代だとそうはいかないので最低限の治癒魔法を掛けておいた。


「もう一つ、念の為に」


車が壊れたついでに車載カメラやSDカード等の記録媒体を壊しておく。変身シーン含め下手に記録を残しておきたくないからね。

安全な位置に運転手を捨てると、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。

結構派手にやらかしたので、誰かが通報したのだろう。


「これ以上の面倒はゴメンだし…逃げよ」


果たして僕に平穏は訪れるのだろうか。

自身の未来に大きな不安を感じつつ、僕は大きくしゃがみ込み跳ぶ。

一瞬で電柱を超える高さまで跳躍し、学校のある方角へと一目散に逃走した。


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