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振り返ってダークエルフ



スマホのスイッチを入れる。

表示された時間は深夜の午前様を指していた。

僅かに開いた襖に視線を移して思う、28年前の自分が異世界へ旅立ったんだな…と。



~28年前~



「…ふ…ふぉぉぉぉ!」


よい子は寝ているはずの深夜、僕はトイレへと歩を進めていた。

額からは止めどなく脂汗が流れ、腹はギュルギュルと毒素の排出を急かしてくる。

こうなった原因は十中八九、夕飯で出された豚の生姜焼き。

母さんが豚肉の匂いを嗅いで「焼けば大丈夫でしょ!」と言ってたがアウトだったようだ。

正直僕も良く火を通せば問題は無いかなと軽く考えていたが結果はこの有様。

見事に当たりを引いた僕は深夜に強制デトックスをする羽目になった訳だ。


激しく痛む腹を抱え、どうにかトイレへ辿り着き扉を開ける。

間髪入れずに流れるようにズボンを降ろし、僕は身体を半回転させて便器への強行着陸を敢行した。

耐えてくれよ…陸汁ッ!。


「あれ!?あッッッッッッ、嗚呼――――――――――!!」


着地予定地点を大幅に通り過ぎ、僕の身体は大きく倒れ込む。

尻に伝わった予想外の衝撃により最終防衛ラインは破られ、封印されし褐色の奔流が一気に解き放たれた。

開放の愉悦、失った尊厳。

諸々の処理の面倒を感じながら僕は天井を見上げる。


「え…夜空?ていうかアレ、ここ何処!?」


全てを出し切り冷静になった頭で辺りを見ると、広がっていたのはトイレの中とは思えない鬱蒼としたジャングル。

尻に伝わる大地の感触、何処からか聞こえてくる獣の唸り声、夜空には巨大なお月様が二つ浮んでいる。

悪い夢を見てると思い定番の頬を抓れば痛く、地面から漂う悪臭に顔を顰めてコレは現実だと理解する。


「ちょ…待って、まさかの異世界転移!?神様チュ-トリアルは?チートは?」


準備無し、知識無し、説明無しの無い無い尽くし。

在るのはお母さんから貰った身体と、その手の漫画や小説で得たうろ覚えの知識だけ。

こうして僕の大冒険は始まった。


☆★☆★


異世界にやって来て数日。


この数日で人間という存在が如何に自然界では脆弱な存在である事を身に染みて理解した。

右を見ればエキサイティングな動きで得物を捕獲するパ○クンみたいな植物。

左を見ればゴブリンを食べるオークを喰らうオーガのマトリョーシカ捕食。

その他諸々「どんな生態してんだよ!」とツッコミたくなる可笑しな動植物の数々。

そんな人外魔境で昼は水と食料を求めて歩き回り、夜は餓えた魔物に脅えながら眠りにつく日々。



―――限界だった。



ある日、何処をどう歩いたかは覚えていないが一本の木を見つけた。

周りの良く解らない植生の中で珍しく何の変哲も無い、前の世界でも在るような普通の一本の木。

そしてその木には銀色に輝く大きなリンゴが一つ生っていた。

普通の神経なら口にするのを躊躇う代物だが僕は迷うこと無く齧りついた。

半場自棄、半場生存本能。

意外にも味は市販のリンゴのように瑞々しくて甘くて、泣きながら無我夢中で食べたのを覚えてる。

久方ぶりの満足感を得た僕は、その後直ぐに意識を失い…


「な、なんじゃこりゃぁぁぁ!?」


目覚めたときには今の女ダークエルフの姿に変わっていた。

長く突き出た耳、絹のような長い銀髪、メリハリのある褐色の身体、未使用のまま消えた我が愛棒。

元の桜田響の成分は一欠片も残っていない。

変わり果てた自身に驚愕した僕は…


「へ、へぇ~。こうなってるんだぁ」


現実逃避も兼ねて、しばらくセルフ保健体育をめっちゃした。


☆★☆★


異世界にやって来て28年が過ぎた。


女ダークエルフの身体にも慣れ、紆余曲折もあって僕は人里に降りて冒険者として活動していた。

単純に元の世界への帰還と元の姿に戻る手掛かりを見つけるには手っ取り早い手段だと思ったからだ。

まあ本当のところは住所不定無職のダークエルフが身分と金を得る手段が当時は冒険者か娼婦の二択だったわけでして。

念の為に言うが僕に男色の気は無い、これからも無い、時代は百合。


ともあれ冒険者となった僕は情報を求めて各地を巡った。

ダンジョン、古代遺跡、図書館、王宮、戦場、宗教施設、裏社会等々。

しかし何処へ行っても、あらゆる文献・資料を調べても手掛かりは一切無し。

時々ガセネタで僕を騙そうとする悪い奴も居たが、もれなく全員壁のシミとお友達にしてあげた。

僕は平和主義で優しいんだ。


そうして気が付けば28年が経過していた。

28年という年月は全てを諦めるのに十分な時間で有り、同時に受け入れるのには十分な時間だった。

今では気が向いたらギルドで仕事を受け、好きなように食い・遊び・眠る勝手気ままな生活を送っている。嘗ての世界ではブラック労働だの社畜だのの話をよく聞いたが、それに比べれば今の生活はある種のホワイトな生活だろう。

でも時々無性に故郷の味や顔触れが恋しくなる時もある、人間ままならないモノだ。


そんな毎日を送っていた中で先日。

僕宛にとある王国の第三王子(クソガキ)から依頼が来た。

依頼内容は「隣国の友達に自慢したいから、銀皇龍の角を獲ってこい!」だそうだ。

簡単に言うけど銀皇龍は歴代の腕利き冒険者達を悉く返り討ちにしてきた強力なモンスターである。

しかも出現場所はダンジョンの最深部ときたもんだ。

コンビニでアイス買ってきて感覚で出して良い依頼じゃ無い。

ぶっちゃけ仕事内容が割に合わないので断ろうと思ったが、どっこい相手は冒険者ギルドの大口スポンサーのご子息サマ。

誠に遺憾だが簡単に断れる訳も無く、仕方なく僕は依頼を受けることにした。

ギルマス及び幹部陣が顔中の穴から汁を拭きだして喜んでくれたよ。


ただ、一方で依頼を持ってきた侍従が少々問題有りな方で。

何かにつけて人のことを「下賎」だの「卑しい」だのと中々高圧的で、当方としては少々ムカつきまして。

仕事の買い出しついでに適当な武具屋で安い槍を50本ほど購入、とある方角へ向けて全力で投擲しといた。最新の天気予報は晴れ後、所により〝槍〟。何処かの王宮を中心に激しく降り注ぐ恐れがあるので注意しましょう。

そんなわけで僕はダンジョンへと潜り、大冒険と激闘の末に現在に至る…訳だが。


正直なんでこのタイミングなんだよ!と大いに嘆きたい。

確かに全て諦めたと言いながら未練タラタラだったけども、せめて帰れるにしても元の身体に戻ってからにしたかった。

色々と行き場の無い感情が沸々と湧いてくるが…その前に。


「…とりあえず、シャワー浴びるか」


ダンジョンに潜って一週間以上、返り血含め熟成された匂いが鼻につく。

気を落ち着ける意味でも僕は忍び足でお風呂へと向かった。


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