第7話 本心に蓋をして
ーー午後の剣術実習。
クラリッサとの模擬戦は、いつもよりも少しだけ呼吸が乱れていた。
「……ふふっ、手加減なしですね、クラリッサ様」
「当然でしょ。あなたこそ、本気じゃない?」
その笑顔がまぶしくて、目を逸らしたくなる。
(クラリッサ様は、今日も綺麗だわ……)
そう思った瞬間、自分の胸がずきりと痛んだ。
認めたくない気持ちに、またひとつ蓋をする。
(だめ、わたくしは……そんなつもりじゃ……)
だけど、気づいていた。
彼女が名前を呼んでくれたあの日から、ずっとこの胸の奥がざわめいていたことを。
けれど――クラリッサの視線が向く先は、最近はいつもミリアだった。
「クラリッサ様……ミリアさんのこと、特別に思っていらっしゃるのでは?」
その可能性に、何度も胸を掻きむしられるほど苦しかった。
放課後。
決心を固めたリゼットは、クラリッサのもとを訪れた。
「クラリッサ様、少し……お時間をいただけますか?」
「剣の手入れ中だけど、まあ、いいわ」
いつもと変わらない、優しくも凛としたその横顔に、一瞬だけ心が揺れる。
(どうしてこんなにも……目で追ってしまうのかしら)
「……クラリッサ様とミリアさん、とても仲がよろしいのですね」
「そう? まあ、そうかも」
「……彼女が、あなたを見ている目が……少しだけ、特別に思えて」
「……」
数秒の沈黙。そしてクラリッサは、ふっと笑った。
「やっぱり、そういうことだったのね」
「……え?」
「あなた、ミリアのことが好きなんだと思ってたのよ。剣術実習のときから、なんとなくそんな感じがしてた」
その言葉に、心がどくんと跳ねた。
(違う……違うのに……)
でも、今さら否定なんてできなかった。
怖かった。これ以上、踏み込んでしまえば戻れなくなりそうで。
だからリゼットは――微笑んだ。
「……ええ、そうですわ。ミリアさんが気になって、仕方ないんですの」
(クラリッサ様じゃなくて、ミリアさん。わたくしが好きなのは――)
その場しのぎの言葉が、喉を通るたびに胸が苦しくなる。
けれど、クラリッサはその言葉を信じてしまった。
少し寂しそうに、それでも明るく、笑って。
「ふふっ、じゃあ、私とは恋のライバルってことね」
「……はい。そういうことになりますわ」
その瞬間、心がひび割れる音がした。
(どうして……どうして、あなたはそんな笑顔で……)
リゼットは、笑ってみせた。泣きそうな顔を隠すように。
ほんの少しだけでも、クラリッサの隣にいたくて。
そして、その会話を影から聞いていたのが、ミリアだった。
(え……? クラリッサ様と、リゼット様が……私を、巡って……?)
思いがけない事実に、ミリアの心も揺れ始めていた。
その夜――
寮の自室でリゼットはベッドに沈み込んでいた。
(あれでよかったのよ、きっと……)
クラリッサには、ミリアと幸せになってほしい。
そう思いたいのに、それでも胸が痛むのはどうしてだろう。
(クラリッサ様……わたくし、やっぱり……)
口に出すには、あまりに怖くて。
リゼットはそっと目を閉じた。