第6話 剣と嫉妬と、鈍感なお姫様
「今日は剣術の実習だって? クラリッサ様、転びでもしたら大変だな!」
朝の教室で、ひょっこり顔を出したのはルカ・グレンフィールド。
金髪を無造作に撫でながら、無遠慮な笑みをクラリッサに向ける。
「余計なお世話よ、グレンフィールド卿。私は転んだことなんてありませんから」
「へえ? じゃあ誰かさんが前に階段から……」
「それ以上言ったら、紅茶を頭からぶっかけるわよ?」
「……はい、黙ります」
背後でクスクスと笑う声。
ミリアが楽しそうにクラリッサとルカを見ていた。
「クラリッサ様とルカ様って、仲良しなんですね」
「……仲良しっていうか、腐れ縁っていうか」
「失礼な」
「事実でしょ?」
そんなやり取りを遠巻きに見つめる、赤髪の少女――リゼット・クロフォード。
隣には、薄紫の髪をポニーテールにした少女・ラナ・アルトリーネの姿がある。
「……クラリッサ様、あの平民の子と、最近よく一緒にいるのね」
「うん。でも、リゼットちゃんもクラリッサ様が好きなんでしょ?」
「そ、そんなわけないじゃない。私はただ……クラリッサ様が“おかしな選択”をしていないか見守ってるだけ」
「ふうん……」
ラナは首を傾げたが、それ以上は何も言わなかった。
そして――午後。
学院の中庭で行われる剣術実習。貴族の子供にとって“護身”としての剣技は必須科目。
「さて、今日の実習は“模擬試合”だ。男女関係なく、くじ引きで対戦を決めるぞ」
担当教師の号令の下、くじが配られる。
クラリッサが引いた番号は――『5』
「……わたくしが相手ですわね、クラリッサ様」
振り返ると、リゼットが優雅に立っていた。
「くじで決まったとはいえ、楽しみですわ。わたくし、最近腕を磨いておりましてよ」
「……なるほど。じゃあ手加減は不要ね」
試合が始まる。
リゼットの動きは華麗で正確。まさに“武門の令嬢”の名にふさわしい。
だが――
(妙に、速い……?)
クラリッサは剣を受け止めながら思った。これは、単なる実習のスピードじゃない。
「あなた、まさか――!」
「どうかしら? わたくし、ちょっと“感情が乗っている”だけですわ!」
リゼットの剣が、再び鋭く振るわれる。
(もしかしてミリアを取られるのが……嫌!?)
リゼットの瞳に浮かぶ感情。
それは対抗心でも、名誉心でもなく――むきだしの嫉妬。
クラリッサは、受けながら心の中で呟いた。
(ああもう……めんどくさいわね、この乙女心ってやつは)
一方そのころ…
「うわっ、ミリア、転びそうだぞ!」
ルカがとっさに手を差し出すと、ミリアが顔を赤くして立ち上がる。
「す、すみません…」
「お前、あいつらの剣術見て、緊張してんじゃねぇの?」
「……少しだけ、はい」
ミリアの視線は、クラリッサとリゼットの試合に釘付けだった。
(クラリッサ様……本当にすごい。こんなに強くて、綺麗で……私、なんでこんなにドキドキしてるんだろ)
ルカが少しだけ複雑そうに、ミリアの横顔を見た。
(こりゃ……やっかいなことになりそうだな)