第5話 ふたりきりのティータイムと、小さな胸のざわめき
「クラリッサ様、今日もお時間いただけてうれしいです!」
放課後の中庭。クラリッサとミリアは、木漏れ日の差すテラス席でお茶会を楽しんでいた。
学院のカフェテリアで注文した紅茶に、クラリッサお手製の小さな焼き菓子が添えられている。
「そんなに緊張しないでいいのよ。(これは“監視”の一環なんだから)」
クラリッサは涼しい顔でティーカップを傾ける。
あくまで“転生悪役令嬢”としてのシナリオ進行上、ヒロインを攻略する必要がある。
だから、こうして仲良くしているのは――
(……“演技”のはず、なんだけど)
「クラリッサ様のクッキー、本当に美味しいです。えへへ…なんだか、こういうの憧れてたんです。女の子同士でお茶しながら、お菓子を食べて、楽しく話すなんて」
「……そんなに珍しいの?」
「はい、うちの村じゃ、みんな忙しくて。お茶会って貴族の人たちの世界って感じで…」
ミリアの水色の瞳がきらきらと輝いているのを、クラリッサは見つめた。
銀髪に柔らかい光が差して、どこか神秘的な美しさがある。
(この子、ほんとにヒロインって感じよね……天然で、可愛くて、守ってあげたくなるタイプ)
だけど――
(今、私が守られてるような気がするのは……なぜかしら)
ふと沈黙が落ちた。
お互いに視線を合わせたまま、なぜか言葉が出てこない。
心臓の音だけが、やけに大きく聞こえた。
「……クラリッサ様」
ミリアがそっと言った。
「私、もっともっとクラリッサ様のことを知りたいです。もっと一緒にいたいって思います。……だめ、ですか?」
クラリッサは一瞬、言葉に詰まった。
これは演技だ。
生き残るためのゲーム。恋愛フラグを折らないように攻略するだけ――
(……なのに、なんでこんなにドキドキしてるのよ)
「……だめじゃないわ。むしろ、光栄よ。私はあなたに期待してるから」
笑顔で返したつもりだったのに、自分の声がほんの少しだけ震えていたことに気づく。
そのとき、遠くから視線を感じた。
(……だれか見てる?)
視線の先、学院の石柱の陰に隠れるようにして――赤い髪が、風に揺れた。
(リゼット……!)
その瞳が、何を見つめていたのか。
なぜそのまま、何も言わずに去っていったのか。
クラリッサは少しだけ、胸がざわつくのを感じた。
(彼女、今……どんな顔してた?)
「クラリッサ様……?」
ミリアが心配そうに覗き込んでくる。
クラリッサは笑顔を取り繕って、そっと答えた。
「なにか……面倒なことが起きる前兆かもしれないわね」