カマキリ
お台場にあるテレビ局が、昼のバラエティ番組の放送を開始した頃、府中の多摩川河川敷では、そのバラエティ番組でもすっかりお馴染みとなってしまった、連続変死事件の新たな犠牲者の現場検証がはじまっていた。
蒲田切子は、肘までズレ落ちた腕章を肩まで引き上げながら、立ち入り禁止の為に張られたロープをくぐり抜けた。いつもの事だが、自前のスーツに安全ピンで穴をあける気にはなれなかった。
「お疲れ様です。切子さん。」
先に到着していた尚子が振り向いて軽く頭を下げた。
下山尚子は、切子と同じ警視庁捜査一課に所属する同僚だ。まだ2年目の若手だが、中々の切れ者で、切子と組んで着々と経験を積んでいた。
「ごめんね、遅くなって。で、状況は?」
切子は、周囲に目をやりながら足元に横たわる死体の前に腰を落とした。
現場はちょうど葦の密集しているエリアで、道路側から確認する事は困難な場所だった。
その横に、一緒に尚子がしゃがみ込む。元ヤンキー上がりで少々ガサツではあるが、
色白小顔で、警視庁内でも美形で知られている。
最近少し明るめに染めた、髪のセンスも悪くない。
「身分証を所持していましたので、身元の確認はすぐに出来ました。身分証。。
正確には学生証ですが、調布にある桜花富士女子高校のもので。。」
尚子はここで説明を中断した。
切子が遺体に掛けられていたビニールシートをめくったからだった。
「こりゃ、毎度の事ながら、酷いわね。。」
「はい。素人見にも何かの薬物によるショック死。。相当苦しんだ事が想像されます。」
尚子は、凄まじい断末魔 の表情をしたまま膠着した遺体を臆する事なく直視しながら言った。
彼女は配属当初からそうだった。この仕事に取り組む上での覚悟、肝の座り方が半端ではない。
もっとも、そうでなければ新人がいきなり捜査一課のエースである〝蒲田切子〝 通称〝カマキリ〝のパートナー に抜擢される筈もないが。。
「苦しんだなんてもんじゃないわね。学生証を所持してても、この顔じゃ到底本人とは分からないもの。セーラー服を着ていなければね。」
切子は髪の毛が全て白髪と化した哀れな女子高生に手を合わせながら尚子に
指示を出した。
「桜花富士と言えば、有名なお嬢様学校ね。このまま向かって頂戴。それと、
ここに由希子をよこして。すぐにね。彼女とっても忙しいけど、私の依頼は断らないから。」
「了解です。親友同士ですもんね。お2人は。信頼し合っているのがよく分かりますもん。」
尚子が長い足で軽快に走り去っていくのを見送りながら切子は呟いた。
「やれやれ。あの子もまだまだ甘いわね。〝親友〝ってのは、この世で一番信頼出来ない奴の事なのに。。」