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「このあと先輩とか来て一緒にやる予定なんだけどさ。君らがそこそこできるようなら参加させてあげてもいいよ」
足元のボールをすくい上げ、腿を使って軽くリフティングをするタツヤと呼ばれた男。
「かわいそうじゃない? いきなりレベルの違う所でサッカーさせたらさ。自信なくしてサッカー嫌いになっちゃうかもよ」
ピアスの女が笑みを浮かべながら見下すように英久達を見る。
「大丈夫だってナツキ。タツヤが本気でやるわけないだろ。ウォーミングアップみたいなもんだって」
タトゥーの男はそういって、ケラケラと笑い声をあげる。
「それに君らだってさ、別にプロになりたいなんて夢見てるわけじゃないんだろ?」
「ああ、そうだな」
即答する英久に、刹那はマスク越しにも分かるぐらい顕著に首を傾げた。
少しの間をおいて、納得したように二、三度首を縦に振る。
「確かに⋯⋯夢⋯⋯ではないか」
「いーじゃん、カナタ。夢見てたなら、現実知って早めに挫折した方が次を探せるってもんでしょ」
蛍光ピンクの髪の女がタトゥーの男に話しながらベンチに腰掛ける。
「わたし、いいこと言ってない?」
ピアスの女に笑いかけながら笑い声をあげる。
「先輩達が来るまでだ」
タツヤがボールを英久に向けて蹴る。
「その間だけ遊んでやる。貴重な体験になるだろうな。感謝しろ」
「優しいなタツヤは」
カナタと呼ばれたタトゥーの男は、頭にタオルをバンダナのように巻き付ける。
「2対2でハーフコートで攻撃と守備に分かれてやろう。ボールを奪われるか外に出されたら攻守交代だ。ペナルティ外からのシュートはなしなのと、オフサイドもなしだ。マコ!」
ピンクの髪の女が名前を呼ばれ訝しげな表情を浮かべる。
「お前キーパーやれよ」
「えー! わたし?!」
「サッカーの経験者ではないけど中学でバレーやってた女だから、そこまで運動神経ないやつじゃない。君らの守備の時だけ手を抜く心配があるなら、俺らの守備の時はキーパーなしでも構わないが」
タツヤは余裕の笑みを浮かべる。その笑顔に向けて英久はボールを蹴り返す。
「別にそんな心配はしてないよ。好きにしたら良い」
「生意気をいう子供は可愛がられないぞ」
再びボールを英久に蹴り返すタツヤ。
「君らからの先攻でいい。それをみて加減を決めてやるよ」
ボールを受けながら防塵マスクの下で笑みを浮かべる英久。
「あわせてくれるならそれはありがたい。ちゃんとレベルを釣り合わせてくださいね」
英久はボールを蹴りながらセンターサークルへと運ぶ。
「いきなりで悪いが、まあやれるだけやってみてくれ」
刹那の前を横切りながら声をかける。
「僕が初心者なのは伝えなくて大丈夫? 僕だけ釣り合ってなくない?」
「お前がいるからやるようなもんだ。俺1人だったらやる価値も、意味もない」
「そうなの?」
「とにかくまずは楽しんでやってみてくれ。お姉さんも立っててくれればそれでいいから」
「生意気なことを⋯⋯」
マコは悪態をつきながらも、英久の言葉に妙な安心感を覚えた。揺るぎない自信から来るものか、たかが遊びと思っている余裕か、分からなかったけれど、なんだか不思議と説得力のある声だった。
「とりあえず自信をなくしたら言ってくれ。俺らの方はお前らが泣きつくまではやめないから」