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 小さなトンネルの出口から灰が吹き付けてくる。そこをカラス口のマスクをかぶった英久と刹那が逆らうように歩いていく。

 今日は特に灰が強く、昼にも関わらず薄暗い山間の町に街灯が点いている。

 トンネルを抜けた先、灰の中に浮かび上がる大きな四角形。

 ヴァルハラロジスティクス−−マーナガルム社の物流を担う倉庫だ。入り口にある大きな石碑の看板には白い狼を模した幾何学なエンブレムと、下にヴァルハラパークと書かれている。

 英久たちを追い越すように数人の子供たちが坂を駆け上がっていく。赤や青、ピンクに紫と皆色とりどりの防塵マスクをかぶっている。

「危ないよー。走らないで」

 坂道を上がった先に灰色の制服を着た守衛が立っていて、穏やかに子供たちを注意する。子供たちは「はーい」と返したが、少しの間歩いたかと思うと、また駆け出していく。

 すれ違うように右手の倉庫から大型トラックが出てくる。

 刹那は通り過ぎるトラックの揺れを感じながら、何気にコンテナに描かれた白い狼のエンブレムをみる。街のそこら中でもみるトラックだ。

 視線を戻すと子供たちの姿はもう見えなくなっていた。灰と曇り空とその中を進んでいく英久の背中だけが見えた。

 刹那は小走りに英久を追う。坂を登りきったあたりで英久に追いつくと、目の前にいた初老の守衛が「こんにちは」と微笑みかけてくる。英久は会釈し、刹那は「こんにちは」と返して頭を垂れた。

 頭を上げると左手に3階建ての黒い建物が見える。

 ヴァルハラパークと呼ばれるその建物は真鳥戸フェンリルのクラブハウスでもあり、地域に開放されている複合施設でもある。

「そういえばヴァルハラに新しいカフェがオープンしたんだってね。妹が言ってたわ。いろんなバリエーションのサラダを出すカフェとか」

「ああ。結構美味しいコーヒーを出してくれるカフェだな」

「苦いのは好きじゃないんだよね」

「苦味を一つの要素として受け入れるのは大人になる第一歩だって父が言ってた」

「あの市長なら苦いことだらけだろうね」

 一階には真鳥戸フェンリルのグッズショップとスポーツ用品店があり、その向こうにクリニックとリハビリセンターがある。

 階段を上がっていくと外国語スクールの受付が見える。

「選手は無料でこのスクールに通えるってホント?」

「ああ。クラブに所属していたら3階のレストランやカフェも含め施設内のものは自由に使える。というよりクラブの施設を一般開放しているって方が近いのかな」

 階段を登ってまっすぐ進むと灰に覆われたグラウンドに出る。2面のコートの中を防塵マスクを被った子供達が黄色いボールを追いかけている。

「クラブの練習時間以外は一般開放してプロと同じ環境でサッカーできるように。瀬尾那から世界に通用する人材を! 灰屋市長の公約だったよね」

 刹那は英久に笑顔を向ける。気がつくと英久の足元にボールが一つ転がっていた。

 マスクのレンズ越しに目が鋭くなったように感じた。

 光を反射して表情をうかがうなんてできないけれど、刹那は確信に近い感情を覚えた。

 ほとんど予備動作のない中、英久はボールを蹴る。一筋の光のように真っすぐ刹那に向かっていくボール。

 刹那のそれは、ひどく緩慢な動きに見えた。ひらひら、と舞い落ちる灰のように緩やかに。その左足にボールが触れると、吸い込まれるように足元に収まった。

 気持ちが悪い、と英久は感じた。今まで見てきたどのトラップとも違う違和感。

「高神はサッカーやったことあるのか」

「この町に生まれたらね。そりゃ。まあでも体育の授業だったり、友達との遊びだったりぐらいで、ルールも大まかにしか分からないぐらいかな。この体だからね」

 白髪をかきあげながら、刹那はボールを軽く浮かせる。

「スポーツに真剣に打ち込んだことはないよ」

 ボールが地面に着く前に英久に向かってボールを蹴り出す。

 緩やかな弧を描き、足元へ飛んできたボールを地面に着く前に蹴り返す。

「発作は?」

 強く真っすぐに飛んできたボールを、包み込むように受ける刹那。まるで見えない何かにとらえられたかのように刹那の足元に収まる。

「まだないよ」

 防塵マスクの向こうで刹那が笑った気がした。その見えない笑顔に既視感を憶える。

 白いカーテンと白ベット。白髪を長く伸ばした女性が浮かべる微かな笑顔。窓の向こうにキラキラと降る白い灰。

「ホントだ! スゲー! ちゃんと芝のグラウンドじゃん」

 背後から聞こえた感嘆に英久は振り返る。

 体躯の良い髪を金に染めた青年とベリーショートにタトゥーを首元にいれた青年が現れる。

「すごいでしょ。うちの地元! ここが一番設備整ってんだよね」

 男たちの後ろから髪に蛍光ピンクのカラーを入れた女性と黒髪のボブで耳と口元、瞼にピアスをつけた女性が続く。

「でもやっぱ混んでるねー」

 黒髪の女性の言葉に男たちがコートを見渡す。

 ふいに、ベリーショートの男の視線が英久を捉える。

「君ら、二人で遊んでるの?」

 英久の代わりに刹那が「そーだよ」と答える。

「じゃあ俺らも混ぜてよ。こいつさタツヤってんだけどさ」

 ベリーショートの男が親指で金髪の男を示す。

「高校までは那古野のクラブユースに入ってたんだよね。大学からはアメフトやってんだけど。マジで上手いから、いい経験になると思うよ」

 タツヤと呼ばれた男は刹那に近づき笑いかける。

「高校生? サッカー経験者?」

「部活でやったことあるぐらいだよ」

 刹那は英久に視線を向ける。英久は首を横に振った。

「オッケー、オッケー。ちゃんと合わせるからさ。楽しくやろうぜ」

 タツヤの言葉に再び刹那が視線を送る。

 刹那が対人でどこまで出来るか見るには良い機会かもしれない。頷く英久。

「お手やわらかにお願いします」

 防塵マスク越しに刹那は笑いかけた。

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