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ひらひらと舞い落ちる灰と灰の合間に差し込むように神楽鈴を滑らせる。
しゃりん、と空気を震わせる音が耳に届くと刹那は体が清められる気分になる。
7つの頃から繰り返してきた動作は、ほぼ無意識に踊れるように体が覚えている。
降り注ぐ灰の中、境内に祀られたお犬様の像に神楽鈴を向ける。口を開いた阿の像から直線で結ぶように口を閉じた吽の像へと。
宇宙の始まりが阿であり終わりが吽。その2つを結ぶこの所作を行うとき、いつも舞い落ちる灰が止まったように感じる。
高神家が代々継いできた尾那大神神社。尾那大山の中腹にある神社であり−−そこに祀られているのお犬様。
かつて霧の地で迷われた天皇を導いた神の使いでもある白い狼−−大口真神を信仰する神社だ。
そのまま体を反転させていくと、境内から下に広がる瀬尾那の街並みが見える。そしてその向こうに高層ビルの密集したエリア−−真鳥戸駅のあるあたりだ。
大口真神が見守る街並み。降り注ぐ灰が曇り空のような色に町を染めていく。
町に向け神楽鈴を響かせた瞬間、一人の少女が境内に続く階段から姿を現した。
白髪の刹那とは対照的な漆黒の黒髪の少女。黒いワンピースに竹箒を持った姿は西洋の魔女のようでもある。
「那由多」
刹那は少女の名を呼ぶ。
「兄さん。お客様」
と、那由多は背後に視線をやる。
続くように階段を上がってくる見覚えのある顔。短く無造作に突き立った髪と眼光の強いつり目。彫りの深い顔。既視感を感じたのは、背後にある大口真神の像に似ている体。
「灰屋くん。どうしたの?」
疑問の言葉が自然と溢れた。英久がここを訪ねてくる理由が分からなかったからだ。見かけた事はあっても、話したのは昨日が始めて。それもほぼ砂月が話しているだけで、自分は数枚写真を撮っただけだ。自分を訪ねてくる理由など見当もつかなかった。
「ああ−−でもなにか大事な儀式の途中だったか? 終わってからでいいぜ」
「大事ね⋯⋯大事だろうけど何が大事かわからない。これが何を意味して何のためか母さんも、ばあちゃんも分からない。ただ代々続いているだけ。代々続いているから何か分からなくても大事なんだと皆が思い込んでる」
伝わる神話も、与えられた役割も、それが本当に正しいものが真偽は誰にもわからない。後付けだったり、諸説あったりと、何もかもがあやふやだ。
「これを大事とするかは今ここにいる君と僕の間の問題だ」
刹那は目を細め、英久に笑いかけた。英久は何か答えるでもなく眉間に力を入れた。
「またややこしい物言いをする」
那由多が英久のかわりにため息を吐く。
「ほっといていいですから。こういうお年頃なんで。適当に相手しておけばいいので」
くるりと踵をかえす那由多。
「それでは私は掃除に戻りますので」
竹箒を肩にかけ那由多は階段を降りていく。英久が首を巡らせて、その背中を見送っていると、
しゃりんっ
と、鈴の音が鳴り。再び視線を前方に戻す。
刹那は神楽鈴を英久に向けていた。その背後にある二対の大口真神の像。銀色の狼が刺繍された黒い直垂を纏い立つ姿はどこか神秘的で、背後の大口真神を従えているようにも見える。
「それで結局、要件は何なのかな?」
圧力を感じると、不思議に闘争心のようなものが湧いてくる。そんな持て余す自分の感情に、英久は思わず笑みをこぼした。
「高神。サッカーをしよう」