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「まあ好きな所に座って」
引戸を開けるなり砂月は言った。
瀬尾那高校の東校舎二階の突き当たり。日陰の室内。目につくのは壁に貼られた写真の数々。風景だったり、花や動物、人物や小物と統一感のない写真のどれもが色褪せ、少し埃っぽくなっている。
奥には手作りで作ったような小さく簡易的なステージがあり、その奥には制服やら着物やら、きらびやかなアイドルのような衣装など演劇部のような服が壁にかけられている。
「昔は写真部だったようだよ。今は私たちが広報部の部室として使わせてもらってる」
砂月は中央に雑多に置かれたパイプ椅子の一つに座り、向かい合った椅子に手で示す。英久は促されるままそこに座った。
「広報部っていっても、最近はSNS部みたいになっていて曲に合わせて踊った動画をネットにあげたり、くだらない雑談を配信したりすることが多いかな」
と、砂月はシニカルに笑う。
「私は踊ったりしないけどね。その結果を分析して、どういうものがウケるのか分析したり、そこからより視聴数を集める方法を企画したりするのが私の役割」
そう言って英久の後ろを指差す。
「部員だけは結構いるんだよ。まあみんな放課後に遊びの延長線で来たり来なかったりする幽霊部員がほとんどだけど」
英久が振り返ると、背後の壁にはSNSの投稿を楽しんでいるような生徒達の写真が貼られていた。写真が真新しい事からこの辺は最近のものらしい。
その周囲には降りしきる灰の街並みの写真。こうして写真でみると情緒的でもある。その中には競技場でサッカーをしている写真もある。
「今回は、町おこしなんてだいそれたことではないけど、この町の事を発信する事でどれだけの効果とかがあるか見たいと思っているんだ」
砂月の話を区切るように引き戸が、ガラリと開き、刹那が白い髪を掻きながら入ってくる。
「おはよ」
「おはよう。彼、高神刹那君。同じ1年だよ。そしてその写真を撮ったのが刹那なんだ」
刹那は壁に立てかけられていたパイプ椅子を組み立て、砂月の斜め後ろに座る。
英久は一度視線を戻し、刹那を見る。刹那はにこりと笑って手をあげた。
「そうした企画の一環としてね。今回は君にインタビューしたいんだ。灰屋英久ではなく真鳥戸フェンリルユースのエイク選手にね」
エイク−−英久の読み方をもじったクラブチームでの相性だ。
「町を代表するクラブチームのエースであり、市長の息子。皆、興味がないわけないからね。あ、一応クラブチームからはエイク君自身の許可と上げる前に確認させてくれたらOKと返事はもらっているよ」
砂月の言葉が終わらないうちに、英久は唐突に立ち上がり背中を向ける。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
沈黙が続き砂月は表情を曇らせる。
「無理強いはしないし、君にも確認してもらった上でアップするのて、とりあえず撮らせてもらえないか」
「この写真なんで撮った?」
一枚の写真を英久が指差す。それは英久自身が写った試合中の写真だった。
どこか物悲しげな表情を浮かべ立ち尽くす英久。その頭上をボールが通過していく様子がうまく一枚の写真に収められている。
「この試合のエイク君を象徴してる一枚だと思わない?」
刹那は少し誇らしげに笑みを浮かべ立ち上がり、刹那を追い越すように前に出て写真の中のピッチを指で示す。
「本当はここのスペースでパスを受けたかったんでしょう? でも味方がそれに気づいてくれなかった。そんな場面が続いていて、ここで気持ちが切れた。その一瞬がこの一枚に現れている」
刹那の言葉に、英久は一寸驚きを見せ、そして顔をほころばせた。
ピッチの上からとはいえ、誰にも理解されなかったことが気づいてもらえた事に嬉しさを感じたからだ。
「この前後の写真はある? 寄せられた相手選手の動きとかを確認したいんだけど」
「ないよ」
刹那は振り返り、きょとんとした表情をみせた。
「ない? 連写機能で撮ったんじゃないのか?」
「いや普通にシャッター押しただけ」
「たまたまこのシーンが撮れたのか?」
「たまたま? なわけないでしょ。撮ろうと思って撮ったんだよ」
「この瞬間を? まるでこうなると分かってたように?」
驚きを浮かべる英久に、刹那は何を言っているのか理解できないと、眉をしかめる。
「分かるよ。スペースで受けたいと思ってたこともズレたボールが来ることも。だからファンダーをこの構図に合わせて待ち構えていたんだから」
英久は思わず息を呑む。
窓の外の灰が一瞬止まったように感じた。
灰屋英久と高神刹那はそんな風にして出会った。