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有後砂月は記憶を辿る。
かつて人々が所狭しと往来していた商店街。母の手に引かれながら見渡していた風景は、常に目の前に大人たちの姿があり、先が見えなかったためかどこまでも続いていくかのようだった。
買ってもらったコロッケの甘い香り、欲しいものをいつもねだって駄々をこねたおもちゃ屋、家族でよく通った町中華。本屋にゲームセンターに、そのどれもが色褪せた看板だけを残しシャッターを閉めている。
点々とやっているのかやっていないのか分からないような喫茶店があったり、細々と続けている八百屋があったりする中を、英久と歩いていく。
「英久くんはこのお店行ったことあるかな?」
砂月が指差した先には最近出来た韓国のカラフルなスイーツを売っているお店がある。
英久は首を横に振った。
客の1人もいない店内では、店員が退屈そうにスマートフォンを眺めている。
一時的なブームで出店したものの、真鳥戸市の若者は快速で20分もかからず那古野市の都心に出られる事もあり、そこですでに体験しブームは収束を迎えた頃の出店でもあった。そんな店が他にも出店しては撤退を繰り返していく中、片手で数えられる程度の昔ながらのお店が残っている。
「ここでうちの祖父が乾物屋さんをやってたんだ」
当時の店の姿を思い出しながら、砂月は視線を商店街の先に向ける。
「たくさんの紺とえんじ色のユニフォームを着た人々が歩いていくんだ。そこを母と共にあるいていくと大きな建物が急に現れて、すごくドキドキしたのを覚えてるよ」
いまでは大人になって背が伸びたからか、商店街を埋め尽くす人々がいなくなったからか、この位置からでも出口が見える。そしてこじんまりとして降り注ぐ灰の中に消えてしまいそうなコンクリートの建物――瀬尾那陸上競技場の姿が見えた。
「バルケーノ瀬尾那」
唐突に英久の口から出たチーム名に、砂月はほほ笑んだ。
「うん。久しぶりに聞いたね。その名前」
英久の所属する真鳥戸フェンリルの前身にあたるチーム。
マーゼガルム社がメインスポンサーになると共に名前をバルケーノ瀬尾那から真鳥戸フェンリルに変え、ホームスタジアムを真鳥戸新都心駅直結のスタジアムに移し、ユニフォームもエンブレムも変えてしまった。半ば消滅したに近い印象だ。
「うちの父はバルの選手だったけど、控えレベルでチームが変わった時に契約延長してもらえなかったんだ。それからセレクション受けて3部で少しの間続けてたけど、3年前に引退して今ではマーゼガルムの工場で働かせてもらってるよ」
父は地方の3部チームを引退した後は家族と地元で暮らしたいと思っていた。祖父は大反対だったけれど、地元で働くとなるとマーゼガルム以外の選択肢はなかった。
かつては祖父の愛するチームに入って、祖父の誇りだった父。そんな2人が今では家で会話もない。
「この街で生きていくってことは、色々と飲み込まなきゃならないことが多いな」
砂月が大げさにため息をつくと、英久は「まったくだ」と言葉にし複雑な笑みを浮かべた。そういえば真顔以外は始めて見たな、と砂月は小さく驚いた。
英久はすぐにいつもの真顔に戻りスマートフォンで時刻を見る。
「バスの時間だ。急ごう」