実験
メイが大きく下がったことを確認し、猪に向き合う。猪は雄叫びを上げて、また突進してきた。
「お……らぁっ!」
俺は二本のナイフを構え、その攻撃を受け止めた。折れも曲がりもしない。やはり相当強靭な作りのようだ。
これだけの質量、これだけの速さの突進を正面から止められるとは、やはり俺の身体には何か根本的な変質が起きているのだろう。無論、止められるという確信があったからやったのだが……それでも驚いてしまう。
「メイ。この猪は何か他に攻撃をしてくるのか?」
「い……いえ、ほとんどそれだけです。それを可能とするくらいにその突進は強力なのですが……」
メイが息を呑む声が聞こえる。この力はこの世界の者から見てもやはり異常らしい。
さて、唯一の攻撃手段を真っ向から打ち破った以上俺に負けはない。さっさとフネラーネで殺してやるべきなんだろうがーーー
少しだけ、実験を開始する。
「ふっ!」
俺は右手のナイフ、ヴェンデッタを振り抜いた。
猪が悲鳴を上げ、血飛沫が飛ぶ。やはり途中で引っかかりがあったため、さほど大きな傷にはならない。しかし、猪は大きく後ろに下がった。
「……なるほど」
猪の悲鳴は止まらない。しばらく観察していると、口の端から泡が出始めた。
……これ以上はやめておこうか。
俺は猪に近付き、フネラーネで首を斬った。
「……お見事です」
メイが俺に駆け寄る。
「それにしても、何をしたのですか?その右手のナイフで切りつけた途端、フォレストオークの様子がおかしくなりましたが……」
猪はフォレストオークというらしかった。
名前からしても、そこまで強い魔物ではないのだろう。おそらく、この森で一般的に出てくる普通の魔物だ。
「……ちょっと、実験をな。それより解体しよう。この猪はどの部位が美味いんだ?」
「でしたら肩の部分の肉が……」
俺は話を解体作業に逸らした。
俺の考えていた通り、『復讐』は俺の求めている、最悪のナイフだ。
ーーー
「アサヒさん……」
「……ああ。近いんだろうな」
進むにつれて、魔物の数が明らかに増えてきた。敵は魔物を扱うのだ。自分の近くは魔物で固めているはず。
とすれば、この先に居るのだろう。二本のナイフを握る力が強くなる。
今回の件、メイはもちろんだが俺もかなり怒っている。
家族に等しい存在を殺され、妹に等しい存在を狙い続けられているのだ。俺からしてみれば、家族を皆殺しにされるのは二度目だ。怒りも湧く。
そして、もう一つ俺の怒りを買うことがある。
今回の件、夕夜はともかく、夕夜の協力者にはまるでメリットがない。森の奥に魔物と共に閉じ込められるのだから、むしろデメリットだろう。
脅されているのなら、まあいい。
だが、そうでない場合はーーー
「右です!」
メイの警告に、反射的にナイフを抜く。……が、そこには何もいない。
メイが静かな声で言う。
「……すみません。魔物でなく、人の気配です」
メイの目は、冷たく据わっていた。