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殺意

「別にいる、とは……?」


 メイが涙を止めて尋ねてきた。目には涙と、そして仄かに殺意が浮かんでいる。


「おかしいとは思っていたんだ。いくらユウヤが魔物を操れるからといって、世界中の魔物全てに指示なんて出せるわけがない。ましてや、世界で最も離れた場所の一個人を襲わせ続けるなんて」

「つまり……!」


「協力者が居る。おそらくは、この近くに」


 その言葉に、男二人がはっとなった。


「何か心当たりがあるのか?」

「……森の中に廃屋がある。その近くは魔物が多く、集落の者も滅多に寄り付かんが……何度か目撃証言があった。その方向に向かって人間が歩いていった、と」


「決まりだな」


 俺は立ち上がった。


「アサヒさん、どこへ?」

「明日に向けて休ませてもらう」


 俺は三人に向けて宣言する。


「明日、協力者を殺しに行く。……もうメイの家で寝る訳にもいかないだろう。どこかで寝てくる」

「待ってください!」


 メイが俺を引き留める。

 もう涙は流していない、決意と、そして殺意に満ちた目だった。


「この家で休んでください。食事も出します。水浴びもできますし、衣服や防具も父と兄が使っていたものがあります。眠れないなら、この身でよければ好きにして構いません」

「……いいのか?」

「アサヒさんのためじゃありません。私のためです」


 きっぱりとメイは言う。


「家族の仇を取るためなら、何でも差し出します。だから、なんとしても殺してください。出来るならーーー私に殺させてください」


 怒り。殺意。悲しみ。寂しさ。そしてーーー歓び。

 複雑な感情が入り交じる中で、確かに歓喜が彼女の目には映っていた。

 その気持ちはよくわかる。俺も女神に夕夜を殺すチャンスを貰った時、こんな目をしていたのだろう。


「……わかった。すまないが、食事を用意してくれるか?」

「はい!」


 そんな一連の会話を、男二人はぽかんとした顔で見ていた。


「メイが……あんな顔をするとは……」

「あんなに活力に溢れたメイは何年ぶりだろう……」


 二人は、今のメイが信じられないらしい。

 愛情を込めて育てた娘が、殺意によって活き活きとしだしたのが信じられないのだろう。

 彼らは、復讐の喜びを知らないのだろう。

 復讐は人を喜ばせ、動かし、そして救う。


 そう信じなければ、喪った者は立ち直れないのだ。


ーーー


 次の日。

 明るくなってすぐに俺たちは村を出た。


 俺たちと言った通り、メイも一緒だ。

 最初、俺は彼女が着いてくることに反対したが、しかし彼女は折れなかった。俺も気持ちはわかるのでそれ以上反対はしなかった。

 ただし、集落の男たちが着いてこようとしたが、そちらは拒否した。

 俺が、ではない。メイがだ。


「アサヒ様が居るとはいえ、私たちが行く場所は魔物の群れです。家族を失くした私にあんなに良くしてくれた人たちを死地に行かせるわけにはいきません。……それに、これは私の復讐です。私に、家族の仇を取らせてください」


 そう言われては、集落の者たちも黙るしかなかった。


 ただ、みすみす死地に行かせることには抵抗があったのだろう。村長が一本の槍をメイに渡した。小柄な少女には不釣り合いな、大きな槍だ。


「……!これは……」

「お前の兄が使っていた槍だ。持っていけ。見た目に反して軽く、扱い易い。うちの集落でも一、二を争う名槍だよ。それに……」

「それに……?」

「……もし、サンライトの魂が宿っていたらお前を絶対に死なせないだろう。あいつは妹想いな男だった。……いつでも逃げて来なさい。私たちが何とかしてやる」


 そうして受け継がれた槍は、今メイに背負われている。

 傍目に見ても良い槍だ。メイの身体には幾分か長すぎる気がするが、それでも彼女がバランスを崩している様子はない。

 神域の武器なんてものがある世界だ。案外、本当に魂が武器に宿るようなこともあるのかもしれない。


「まだ少し暗い。距離もあるし、日が登りきるのを待ってゆっくり行こう」

「はい」


 なにしろ森の中だ。ただでさえ視界が悪いのに、外が明るくなければ敵の接近にも気付けないかもしれない。

 不安を煽ることは無いと、メイには言っていないが魔物と戦うのは初めてなのだ。不安要素は出来るだけ消しておきたい。


「ところで、メイは戦えるのか?」

「……弱い魔物くらいならなんとか倒せますが、正直なところ、あまり。ただ、一応治癒魔法が使えます」

「治癒魔法か。それはどの程度効果があるんだ?」

「大抵の傷を塞ぐことはできます。ただ、腕を生やすと言った類のことは……出来なくはないですが、魔力枯渇で倒れると思います」

「そんなに効果があるのか?凄いな」

「こう見えても私は集落の学校で一番成績が良かったんですよ」


 メイは胸を張った。緊張した状況に不釣り合いな行動に、妹を思い出して少し頬が綻ぶのを感じる。

 しかし学校があったのか。気付かなかった。

 戻ったら学校も少し見てみようか。この世界の常識や魔法を学べるかもしれない。


 俺たちはあえて1時間ほどかけて森へ向かい、日が昇りきるのを待ってから入った。

 と、そこでメイの腹がきゅるると鳴った。メイを見ると、少し赤面して自分の腹を抑えている。


「……そういえば腹が減ったな。何か食ってから来るべきだったか」

「す、すみません……まあ森ですし、どうせ魔物が襲ってきますから食べてしまいましょう」

「魔物が食えるのか?」

「兎の特徴を持っていても基本は人間ですから。雑食です」


 そういう意味ではなく、魔物は食用できるのかという質問だったのだが。

 その旨について尋ねると、この辺りはそもそも魔物が主食らしい。

 というか、そもそもこの世界においては動物=魔物なんだそうだ。俺たちの世界における動物のような存在は居たものの、かなり昔に滅んだらしい。


「というか、獣人って何なんだ?どうやったら人間と動物の特徴を持った種族が生まれるんだ?」

「さあ……特殊な変態が居たんじゃないでしょうか」


 そうでないと願いたい。

 そんな雑談をしていた時。


「ん……右前方から魔物が来ます」

「分かるのか」

「耳がいいので。一分くらいで遭遇すると思いますが、どうしますか?」

「そうだな……狩ろう。腹ごしらえもしたいしな」


 これは半分嘘で、半分本当だ。

 一番の理由は、俺がどれだけ戦えるのか知りたいからだ。

 身体の動きは良いし、強力な武器アーティファクトもある。しかし、俺は肝心の実戦経験には乏しい。

 昨日の狼は不意打ちで倒した。下手をするとろくに戦えない可能性すらあるわけだ。それなら、俺はともかくメイは早く逃がしてやった方がいいだろう。


「……あれか」


 右前方にしばらく歩くと、目の前から大きな猪が現れた。牙は大きく発達し、明らかにこちらに敵意を向けている。


「……というかこいつ、肉食なのか?」

「基本は草食ですが、魔力の補給のために生物も食べます」


 なるほど、つまり大抵の魔物は人間を食うのだろう。

 とはいえ、人間を食わなくとも見逃してやるつもりもない。

 俺は二本のナイフ、『復讐ヴェンデッタ』と『葬送フネラーネ』を取り出した。その瞬間、猪が俺たちに向かって突進してくる。

 俺はメイが回避行動を取っているのを確認してから、横に跳んで突進を回避した。


「メイは下がっていてくれ」

「わかりました」


 猪には悪いが、こいつには実験台になってもらおう。

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