家族の仇
「……どういうことですか!私の家族が死んだのが……アサヒさんのせいだって!」
メイが血走った目で俺を睨む。まさしく、親の仇を見る目だ。
妹にこんな目をされたことはない。
俺が知らない、新しい表情だ。
「何の騒ぎじゃ!」
玄関の扉が乱暴に開く音がした。ドタドタと慌ただしい音がして、リビングに老人が入ってくる。彼が長老なのだろう。
遅れてもう一人、男が入ってきた。こちらも若くはないが、中年といったところだ。側近か、護衛といったところか。
「メイ……?それに、お主は……」
「メイ!何をしている!手を離……」
男がメイを止めようとするのを、俺は手で制した。止める必要はない。彼女が俺に怒りを向けるのは当然だ。
だが、二人が入ってきたことで頭が冷えたのか、メイははっとして手を離した。
「……あんたが長老か?」
俺は襟元を正して老人を見る。今更ながら自分が学ランのままであることに気がついた。
「い……いかにも」
「そうか。都合がいいな……」
俺は倒れた椅子を戻し、そして彼らにーーー二人の男と、そしてメイに、土下座をした。
「すまなかった。メイの家族をーーーあなた達の同胞を奪ったのは、俺だ」
「何をーーー」
「俺が、巻き込んだ」
俺は立ち上がることなく、土下座をし続けた。
謝罪だ。巻き込んだことへの。俺と同じ境遇にした事への。心からの謝罪。
「……聞きたいことはあるが、お主ーーー」
「……アサヒさんです。長老」
俺を睨んだまま、メイが長老に言った。
「……アサヒ。まずは椅子に座ってくれ。謝罪を示しているのだろうが、話しにくくて仕方ない」
俺は促されるまま、元座っていた椅子に座る。立ったままだったメイもそれを見て着席した。遅れて、男二人が座った。
「……それで、何なのかね?」
「……まず、俺は『探訪者』だ。異世界から、女神の勅命を受けて来た」
「報告は入っておるが……その勅命とは何なのかね?」
「夕夜を、殺すこと」
瞬間、部屋から音が消えた。
重々しい空気の中、長老が口を開く。
「ユウヤとは……魔王ユウヤのことかね?」
「そうだ。夕夜もまた、探訪者かそれに近いもの……俺と同じ世界から来た」
ガタ、とメイが立ち上がる。
「それって……アサヒさんがお兄ちゃんに似てるのって……まさか……」
「……夕夜は向こうの世界で、俺の家族を皆殺しにした。きっかけは、俺の不用意な一言だ。親友だった夕夜に冗談で『家族が邪魔だ』と言ったらあいつは俺の家族を殺した。警察ーーー犯罪者を捕まえる役人に連れて行かれたはずだったが、その途中で奴は消えた。……おそらく、この時にこっちの世界へ来たのだろう」
メイは賢い。獣人よりも人間の方が賢いという風に言っていたが、彼女はその人間の基準でも相当賢い方だろう。
「アサヒさん……ご、ごめんなさ……」
彼女は泣いている。
こんな荒唐無稽な話の真実に辿り着き、泣いている。
俺はそれを手で制した。彼女に謝られるいわれはない。
謝るべきは、俺の方だ。
「……君の境遇と、魔王ユウヤとの因縁については分かった。それで、何故それがメイの家族の死と繋がるのかね?」
「……まず、長老。あんたは俺の姿を見てどう思う?」
「どう……そうだな、変わった服装をしているが……それから、君は知らないだろうが、サンライトーーーメイの兄に似て……!」
「そうだ。俺はメイの兄に似ている。そして逆に、メイは俺の……死んだ妹に似ている」
長老は目を見開いた。メイも、一層嗚咽を上げて泣いている。
当たりは付いていたのだろう。
何故、俺が彼女と出会った時に涙を流したのか。
「先程、写真で確認したが、両親も瓜二つだ。そして、俺の妹は今生きていれば12歳。今年13歳になるはずだった」
「……その妹は、なんという名だったのかね?」
「メイ」
長老が上を向いて黙り込んだ。女神にでも祈っているのかもしれない。あるいは、ただ放心しているだけか。
俺は続ける。
「おそらく、俺はサンライトと、そしてメイは俺の妹であるメイと同一存在だ。そして、両親も」
「……つまり、魔物が彼らを狙ったのは……」
「夕夜が襲ったんだろう。朝日の家族がまだ居たから殺す、ただそんな理由で」
「……しかし、サンライトが死んだのはーーー」
「夕夜は俺に偏執している。おそらくだが、俺と同一の存在が許せなかったんだろう」
俺は再度頭を下げた。
「すまなかった。全ては俺と夕夜の因縁に巻き込んだために起きたことだ。責任は俺にある」
「ちっ……違います!」
涙まじりの声が上がった。
見ると、声を上げて泣いていたメイが俺を真っ直ぐに見据えていた。
「そ、んなの……アサヒさんに……なんとか、できることじゃ……アサヒさん、も……被害者じゃ、ないですか……」
「それでも、だ。君は俺を憎んでいい。君が俺を殺すというなら、俺はそれを喜んで受けよう。ただ……夕夜を殺した後に、だが」
今まで抑えていた怒りが噴き出す。それに当てられてか、全員の顔から血の気が引く。
「先程話した経緯から、俺は夕夜を酷く憎んでいる。この手で、苦しめて殺したいと思うほどに。きっかけが俺の不用意な一言だろうと、関係ない。あいつは俺が殺す」
「アサヒさん……」
「同じくらい、メイの同一存在である君を守りたいとも思っている。だから、ここに来た理由は2つ。メイをここまで送り届けること。そして、夕夜を殺すための情報を集める事だ」
長老を見る。余程のプレッシャーを発しているのだろう。俺が見ただけで、長老は息を殺した。
「夕夜は今どこに居る?」
「……そこに地図がある」
長老は俺の後ろの壁を指した。そこには地図がかけてある。俺は立ち上がり、地図を手に取って机の上に置いた。
「この集落の場所は、ここだ」
地図に描かれていたのは、大陸だった。
この世界がひとつの大陸から成るのか、それとも世界の一部しか載っていないのかはわからない。
そして、長老は集落の場所として、大陸のかなり北端に近いところを指した。
「そして、魔王ユウヤはここに居る」
長老が次に指したのは、地図のほぼ南端に近い場所だった。
端的に言えば、この集落から世界で一番遠い場所である。
「ここまで行くにはどれくらいかかる?」
「わからぬ。この地図もかつて女神様が地に降りて授けてくださったものの写真。少なくとも儂は、この集落からここまで行った者も、ここからこの集落を訪れた者も見たことはない」
例えば、日本からブラジルへ行くとして。直線距離として大体2万キロ。時速10キロで休みなく移動したとしても2000時間、数ヶ月以上はかかる。
当然、常に直線で移動出来るわけも、休まずに移動し続けられるわけもない。さらに言えば、世界の大きさも違うだろう。もっと近いかもしれないがーーーもっと遠いかもしれない。
「さらに言えば、ここに居るというのも噂の話でしかない。ほかの場所に居るという話も聞いたことがないので、おそらくここだろうが……」
「わかった。ありがとう」
俺は地図を元の場所に戻した。
「もういいのかね?」
「ああ。一つ分かったことがある」
「分かったこと、とは?」
俺は更なる怒りを込めて言った。
「この村をーーーメイを襲わせているクソ野郎が、夕夜とは別に居る」