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妹・メイ

 起きて……お兄ちゃん……


 なんだメイ。俺はまだ眠いんだ……


 起きて……


 メイ……?


 助けて、お兄ちゃん!


 飛び起きると、そこは森の中だった。

 魔物が居るのではないかと周囲を警戒したが、その様子はない。そこで初めて、俺は傍らに落ちている袋に気がついた。


 中には、干し肉とあまり美味くはなさそうな乾いたパン。どうやら、この保存食でしばらく凌げということらしい。逆に言えば、この量が尽きるまでには十分人里に着くということだ。


 そして、腰にはこれから長きを共にするであろう相棒。


「……ヴェンデッタ、フネラーネ」


 呼ぶと、一対のナイフが少し輝いたような気がした。


 少し眺めていると、遠くから小さく声が聞こえた。

 耳を澄ますと、断続的に聞こえる。女性の悲鳴のようだ。


「……チッ」


 助けてやる義理はない。が、見逃して俺のようなやつをまた作るのも寝覚めが悪い。

 魔物を殺すことは夕夜の力を削ぐこと。

 そう自分を納得させ、俺は声のした方へと駆け出した。

 そこでひとつ気付く。


「……身体が軽いな」


 元の世界よりも明らかに速く走れている。

 女神が何かしたのか、あるいはこの世界は重力か何かが違うのか。どちらにせよ好都合なのは間違いない。


 一分ほど走ると、悲鳴が大きくなってきた。そのまま更に10秒。やっと悲鳴の主を目視できた。どうやら少女が魔物に襲われているらしい。


 状況を把握した瞬間、俺は魔物に注視する。大柄の狼のようだ。現世では逆立ちしたって勝てなさそうな相手だが、おそらく今ならーーー


 狼の不意をつき、ナイフを振りかぶる。特に意識した訳ではないが、俺は左手ーーーフネラーネを振り上げていた。

 そして、魔物の頸目掛けて振り下ろす。


 魔物の首はいとも容易く両断され、落ちた。


「……はあ……はあ」


 気付けば息が切れていた。当然だ。一分以上全力疾走した後、死の危険も十分にある攻撃をしたのだから。

 酸欠でややぼやけた頭は、フネラーネの攻撃力に釘付けになっている。

 俺は夕夜を殺すため、この二年間様々な武術を学んでいた。その中には剣道などもあったがーーーしかし、ナイフなど学んだことはない。


 そんな素人の一撃でいかにも強そうなこの魔物の首を両断できる。

 これが聖域の武器アーティファクトの威力か……?いや……


 俺は右手のヴェンデッタを同じように振りかぶり、魔物の適当な部分を斬りつける。

 がりっ、と何かに引っかかるような感覚がして、刃が止まった。


 ヴェンデッタを引き抜く。紫色の血飛沫が飛ぶが、気にせずに刀身を見た。刃こぼれひとつない。

 続いて傷口を見る。刃はやはり途中で止まったようで、浅くはないが致命傷にはならない。そんな傷口が形成されていた。


 俺はある仮説を立てた。そしてそれは正しいという確信がある。

 心から形成された聖域の武器アーティファクトはやはり俺にとって必要な特性を備えているのだろう。


「あの……」


 背後から声がした。

 すっかり忘れていた。襲われていた少女だ。俺はナイフを腰の鞘に収め、振り向く。


「怪我はーーー」


 そして、絶句した。

 少女を見た瞬間、いや、より正確に言うなら少女の顔を見た瞬間に、俺の思考は停止した。


「危ないところを助けていただきありがとうございます。私は獣人族のメイと言います」


 名前まで同じか。

 俺は動悸を抑えきれず、その場に座り込んだ。


「あ、あのっ!?大丈夫ですか!?もしかしてどこかお怪我を……」

「違う。違うんだ……」


 心配して駆け寄る少女の手を制し、立ち上がる。すると、足元に雫が落ちた。

 雨でも降っているのかと思って空を見上げると、少女ーーーメイが息を飲むのが伝わった。

 目のあたりが濡れているようで、触ってみると、水源は俺の目であることがわかった。


 俺は泣いていた。


 思わず近くにいたメイを抱きしめる。彼女の体温が伝わる。そしてそれは一秒後には急上昇した。当然だ。彼女にとって俺はついさっき出会った見知らぬ男なのだから。

 メイは俺の腕から脱出しようともがくが、それは叶わずぐったりと力を抜いた。


「……メイ……」


 目の前の少女、メイは俺の妹に似ていた。

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