復讐の始まり
何気ない日のことだった。
いつもの通りに学校から帰ると、そこには4つの影があった。
力無く横たわる影が3つ。
そして、その中でひとつだけ立っている影。少し小柄な、影。
その影はこちらを向いて、柔和に笑った。
「やあ、お帰り。朝日」
目が慣れて、影は見慣れた笑顔に変わった。
幼馴染で、親友の夕夜。中学生にも関わらず総白髪なことがトレードマークの、よく見慣れた顔だ。
「夕夜……?これ……」
「ああ、片付けといたよ。朝日が邪魔だって言ってた三人」
その言葉にハッとして、闇に慣れた目で横たわる影たちを見る。
そこに居たのは、夕夜よりもずっと見慣れた顔。
父、母、そして妹の三人。
「あ……な……父さん、母さん……メイ!」
「これで高校から、僕とルームシェアできるね」
一瞬、夕夜が言っている意味がわからなくて止まった。しかし直ぐに思い当たる。
数日前、中学を卒業したらルームシェアをしようと夕夜が言ってきたのだ。俺はそれに対し、「家族が居るから無理だ」と返した。
それだけの理由。
夕夜にとって、俺にとって邪魔だったから。
ただそれだけの理由。
「どの辺に住む?高校行くならやっぱ近い方がいいよね。遊び場は遠くても家で遊べばーーー」
「お……まえええええ!!!」
夕夜に殴りかかろうとしたところで外から音が聞こえてきた。
何台もの車の音。そしてそこから降りてくる何人もの人の足音。
ほどなくして、扉が乱暴に開く音が聞こえた。それは、俺が夕夜の頬を殴るのと同時だった。
「動くな!警察だ!」
俺が夕夜に殴り掛かるのを見た警察は俺を羽交い締めにし、そして夕夜が手に持ったナイフを見て状況を察したのか、続いて夕夜を取り押さえた。
「殺す!殺してやる!」
「君、落ち着いて……」
「落ち着けるか!こいつが……!離せぇぇえええ!」
しかし、訓練された大人に取り押さえられてただの中学生が脱出できるはずもなく。
俺は最初の一発以外、夕夜を殴ることは出来なかった。
数日後、夕夜を取り逃したという連絡が入ってきた。
曰く、「突然煙のように消えた」と。
ーーー
それから二年、家族を失った俺は何とか生きていた。
元々あまり親戚付き合いを盛んにしていた家庭ではなかったので、俺はたらい回しにされることを覚悟していたのだが、すぐに一人暮らしをすることに決まった。
理由は簡単だ。俺が耐えきれなかったのだ。
叔父から父の面影を感じることに。
叔母から母の面影を感じることに。
妹のーーーメイの面影がどこにもないことに。
親戚たちを見て泣き出した俺に、大人たちは何を思ったのか。平等に金を出し合い、監督役として叔父が定期的に様子を見に行くことを条件に俺には一人暮らしの許可が出された。
「滅多なことは考えるなよ」
叔父は俺にそう言った。だが、俺は死ぬ気はなかった。
夕夜を殺す日まで、俺は生きねばならないと思っていた。
それから、俺は人を寄せ付けずに過ごした。
叔父には感謝している。法的な保護者も務めてくれて、俺が一番楽でいられるよう取り計らってくれた。しかし、叔父にも一定の距離をとった。
情が移らないように。
俺から叔父に、ではなく、叔父から俺に情が移らないように。
いずれ人殺しになる甥をちゃんと憎めるように。
あれから一度だけ、喜ぶべきことがあった。
警察が夕夜を取り逃したということだ。
煙のように消えた夕夜。きっとあいつは生きている。
あいつを殺すことだけを思って、俺は生きていた。
あいつをこの手で殺す。
それだけを願って、生きていた。
生きるためには義務を果たさなければならない。俺は高校に通っていた。いずれはどこかの会社に就職するつもりだ。
なにしろ復讐にいつまでかかるかもわからないのだ。
夕夜がいつ顔を出すのかもわからない。夕夜を殺すまで、俺は死ぬ訳にはいかない。
そんなことを思って高校に通っていたある日。
俺は突然意識を失った。
ーーー
目覚めると、そこは光の中だった。
四方八方、ところ構わず光り輝いていて、眩しさに目を細める。
やっと目が慣れた頃、光の中に一人の女性が立っていることに気がついた。
彼女は微笑みを携え、俺を見ている。直感的に、俺は彼女が人間ではない、神のような存在であることを理解した。
「……あなたには謝らなければなりません。花村朝日」
彼女は、微笑みを崩してそう語り始めた。
「あなたの境遇は知っています。そして、そんな目をするまでに至った理由も……」
憐れみの表情を浮かべる女神。芝居がかった態度に若干の怒りを覚えるが、堪えて話を聞く。
「本来褒められたことではありませんが、しかし、私のあなたの利害は一致しました。私はあなたを利用することであなたを救います。私を助けてください」
女神はそこで少し口を噤んだ。そして重々しく口を開く。
「月城夕夜は異世界にいます。花村朝日。彼を殺してください」
その時、俺は胸が沸き立つのを感じた。