009:遭難していた植樹神
光の道を駆け上がり、抉じ開けた穴から世界の外へと出て行く『レッシャ』とやらを、彼らは優しい眼差しで見送った。
「いやはや、若く気持ちの良い子らだったなぁ」
「うむうむ」
「まったくだ」
彼らは神である。
滅びた世界に世界樹を植えて育て、大きく成長して実が生れば、その実を持ってまた次の崩壊跡へと向かう。
それが彼らの理。
ところがところが。
今回の旅で辿り着いた世界は、世界樹を植えられる大地が無かったのだ。
しかもここでどうにかするつもりだったので、再度移動するだけの力が残っていないときた。
これはまいった。
彼らは途方に暮れていた。
別にうっかりはよくある事だ。こういう事態も、たまにやらかす。
ただこうなってしまうと、この世界が完全に消滅するまで待たねば移動ができない。
それが辛かった。
草木も陽光も無い世界でただ待つというのは、植樹神にはひどく苦痛なのだ。
そんな時の事だった。
「しかしよくもまぁ、あそこまで我らに都合の良い存在が来てくれたわい」
「うむ、あの時咄嗟に掴んで引っ張ったのは我ながら『ふぁいんぷれー』じゃったわ」
「まったくよ」
「向こう三世界くらいは自慢してよいぞ」
はっはっは、と笑いながら、彼らは荷車から、力をたっぷり籠めてもらった水晶玉を取り出し、周囲にぷかぷかと浮かべていく。
神にも匹敵する、あるいは凌駕するやもしれぬあの二人。
しかし、本能で生み出す事が出来ぬのならば、やはり神ではなくヒトの子なのだ。
そんな子らが乗る『レッシャ』とやらも、実に素晴らしいモノであった。
神の手が一切加わっていないにも関わらず、世界を超える術を持つまでに至った技術の粋。
簡易ながらも見事に循環していた小さな世界。
あまりに素晴らしいので、神にならば通じる『中立、手出無用』の印を描くおせっかいなどしてしまった。
だってあれは、小さな神ならば是非にと欲しがってしまうだろうから。
自分達が今まで育ててきた世界の子らも、いつかアレを作れるほどの高みへ至ってほしいものだ。
「では、始めるか」
「おうとも」
「これだけあれば、大地を作るにも十分よ」
魔力とは。
神力、マナ、聖なる力、奇跡の力。
呼び方は世界によって様々だが、基本的には『世界を動かす力』だ。
火が炎となり高く猛るには、理に則った手順が必要だ。
この力は、その手順・その理を全て無視し、一足飛びに事象を起こす。
何も無い、世界と世界の狭間に新たな世界を作り出すのに使われる力なのだから、当然と言えば当然だ。
神では無い存在が扱う事が許されているかは世界によるし。
そも世界の創生で全ての力を使い切っている場合もある。
神とはいえ、この力を自ら生み出せるモノと、そうでないモノがいる。
……まぁなんにせよ、結局は、その力をどう使うのか、という事だ。
空中で胡坐をかき。
円になり。
広がる。
──分けてもらった力でもって、大地創造の奇跡を成す。
異なる世界は理も異なるモノだが、慣れた彼らにとって理解と適応はたやすい事。
濃紺の死溜まりから、生きた大地が隆起する。
起き上がる。
立ち上がる。
広く。
もっと広く。
見捨てねばならなかったはずの場所に、こうして手を加えられるのは間違いなくあの出会いのおかげ。
出会いというのは、実に良いモノだ。
出来上がった最初の大地に降り立って、一等古い荷車から、光り輝く実を大切に取り出せば、世界がほんのり明るくなった。
大切に、大切に。
真新しい大地へと植える。
そうすれば
──ポンッ
と、可愛らしい音を立てて芽が出て、種の残りは光となって空へと昇る。
「さぁ、共に育てよ大樹と光」
「地のお前には水と風をやろう」
「天のお前には空と星をやろう」
木が根付き、照らされるのと同時に、世界の崩壊が止まる。
水が巡り
風が巡り
天が巡る
「今度はどんな世界になるであろうな」
「やれ楽しみじゃ」
「楽しみじゃ」
ガシャガシャと浮かぶ破片をまとめて持って行ってくれて実に助かった。
おかげで光がよく届く。
文明の種くらい、これだけ力があれば多く撒くことはたやすいのだ。
「また会えるかのう」
「どうであろうな、アレは『戻らぬモノ』であったから」
「それを望むなら先回りせねばならんだろう」
「はっは、いつになることやら」
「違いない」
新しい、世界の芽吹き。
深く沈んだ濃紺の滅びは、もうどこにもない。