008:三船 道行 -紺の崩壊跡地-
「……と、いうわけでや。ニーサン、これが各車両の物資残量な」
「キレイなゼロだなぁ……」
辿り着いた世界で聖女さんと魔王さんを乗客として保護して、それが丁度よく魔力がめちゃくちゃ高い二人だったらしく。
燃料の心配がまるっとなくなったよ良かった良かった。って安堵していたら、サゥマンダーが神妙な顔で『物資があらへんねん』と次の課題を持ってきてくれました。
でもよく考えなくたって、運用終了して格納されてた車両に物資なんか残してあるわけないよな。
たまたまホテルとか現場のコンテナハウスみたいに使おうとしていた寝台車だけは、石鹸とか布団とかがそのままみたいで。それは本当に助かった。もらっちゃってすみません。
でもそれだって消耗品だ。
いずれ工作車で製造しないと無くなってしまう。
「とはいえ最優先は食料でござる」
「せやね、ワイらの故郷では腹が減ってはなんとやらって言うし」
「あ、そっちでもそういう言葉はあるんだ。……ちなみにそのなんとやらって、君らの故郷ではなんて言うの?」
「腹が減っては真理は見えん、やね!」
「へぇ……ちなみに俺の故郷では『腹が減っては戦はできん』だった」
「物騒やな!」
たまたま最初の乗客が食事が無くても大丈夫なタイプだったとはいえ、そんなヒトばっかり来るわけがない。
それに、あんなにしんどそうな想いをした人達なんだし、どうせなら美味い物食べてほしい。
「じゃあ、さっさと次の世界を探そうか」
「それがよろしいでござる」
「魔力だけは売るほど充実しとるから、理想は『魔力を代価に買い物ができる世界』やね。『資源が回収できそうな崩壊跡地』でもええけど」
崩壊跡地っていうのは、世界が滅びた後の跡地。ようは残骸、廃墟だ。
世界が滅びると、すぐに跡形もなく消滅する場合もあれば、消滅までしばらくの猶予がある場合もあるんだとか。崩壊跡地は、その猶予がある方ってことだな。
余所の世界に迷惑をかけないように、普通に存在している世界からは大がかりな採取を行わない、というルールで今までやっていたらしい。
大規模採取は誰もいない終わってしまった世界の跡地からだけ。
俺も余所の世界に迷惑をかけたくはないから、そのルールは据え置きでやっていこうと思う。
もしどうしても何かが必要な時は、その世界の人にきちんと交渉しないとな。
「……よし、じゃあ二回目、行くぞ!」
次はさしずめ『食料ピックアップガチャ』かな。
でも大量に欲しいんだよな。いくら潤沢な魔力と引き換えって言っても、そんな都合よく売買してくれる相手いるんだろうか。
それこそ種さえあれば、農耕車で栽培は可能なんだ。
滅びた世界に食べられそうな植物の欠片でもあれば、そこからクローン培養することも可能だってバロメッツィは言っていた。
資源を回収する意味でも、残骸が多い崩壊跡地っていうのは有だろう。
そんな感じの希望をぶつぶつ唱えると、一瞬でその念を掴み取られた感触がした。
──補足世界簡易観測:
──突入可能
──存在可能
──生存可能
──警告:世界崩壊跡地確定
──危険災害:無し
──敵対生物:無し
──予測消滅猶予時間:約51年8ヶ月29日14時間
──突入を続行しますか?
「おー、早いなぁ! しかも跡地やん!」
「……いや、これ、なんか向こうから引っ張られた、と思う」
「お? 跡地から?」
「なれば生存者が救助を求めているやもしれぬでござる」
あー、と少し複雑そうな顔をするサゥマンダー。
そうだよな、閣下はそういうの拒否しないといけなかったってことは、こういう場合は突入を断念してたんだろう。
でも今は違う。
「じゃあ助けられるかもしれないな。行こう」
「せやね!」
──縁:接続開始
──対象世界との因果を計測・・・
──予定到着時刻:列車内標準時刻07時32分
到着まではちょうど一晩。
魔王さんも聖女さんも寝ているし、ちょうどいいだろう。
機関車になった俺は、当然睡眠も必要ない。
夜の内に、資源採取と救助のあれこれを補助AIを呼んで打合せをした。
「最優先は食料として……他は何が必要なんだ?」
「なんでもじゃ。あればあるだけ良いぞ」
「有機物・無機物、共に使い道は多岐に渡ります。世界の根幹構成が近ければ、コストはかかりますが原子レベルに分解してからの再配列も可能です」
「金属が得られればドローンの増産も可能になりますワ」
「ワイも調理器具欲しい」
「農耕用・牧畜用の作業機械も無いから作りたいねぇ~」
「植物繊維が採れたら布類も補充したいなぁ」
「そも製造ラインも最低限しかないからのぉ。乗客用の工具も準備しときたいわい」
こうやって並べると、本当に空っぽだったんだな……
一度に全部は無理だろうけど、ある程度困らないくらいには採取できればいいんだけど。
「あ、ニーサン。そろそろ朝の放送の時間やで」
「あーそうだったそうだった」
乗客が来たから、定時車内放送も始まるんだった。
ポーンって感じのお知らせ音を流してから、スピーカーをオンにする。
《御乗車の皆さま、おはようございます。列車内標準時刻にて6時をお知らせいたします。当列車、片道異世界特急『リワンダーアーク』は運行に支障無し。次の世界への到着は本日7時32分を予定しております》
えーっとそれから……確か、崩壊跡地に行く場合のセリフがあったはずだ。アナウンスのマニュアルを確認する。
《なお、到着予定世界は崩壊跡地となります。安全が確認されるまでドアは開きませんのでご了承ください》
言い終えて、マイクを切って、深呼吸。
「どうでしたかサゥマンダーパイセン」
「グーやで、グー!」
グッとサムズアップしてくれるデフォルメ爬虫類。
このサゥマンダーのテンションに、俺は割とガチ目に助かっていたりする。
その後、列車は特に何事も無く、定刻通りに崩壊世界へ突入した。
《まもなく、列車が到着いたします。時空の切り替えと重力調整により揺れが発生する可能性がございますので、お立ちのお客様はお近くの手摺等にお掴まり下さい》
このフェードインの時のアナウンスが一番大変だ。
車内と、突入先の世界と、両方へ同時にお知らせをしないといけない。
こまめにマイクを切り替えながら、定型文を読み上げる。
システム的なあれそれがオートで動いてくれてないと、俺はパンクしてたかもしれん。
《閃路接続。フェードイン開始》
目前に迫った紺色の球体のような世界へ、フェードインで突入。
と、同時に黄色の警告ランプが点灯した。
《……方角の概念の喪失を確認。えー……駅ホームは暫定的に北を定義し……南北へ展開しました。当列車は暫定方角の、南東側よりホームへ到着いたします》
つらつらと読み上げながら、俺は内心で冷や汗をかいていた。
なんだよ方角の概念の喪失って。
どういう状況なんだよ……って、世界の崩壊か。
そうして抉じ開けた入口をくぐった先は……一面濃紺の世界だった。
まず目につくのは、周囲に浮かぶ濃紺の金属。
全部が三角形と細長い棒状をしているそれらは、小さい物は小さなネジくらい、大きい物は……故郷の電波塔なんかより大きいんじゃないだろうか。
どういう代物なのか知識が無いからさっぱりわからないが、あちこしが割れたり抉れたりしているから、瓦礫ではあるんだと思う。
それが無数に。
薄暗い空間に浮いている。
そう、薄暗いんだ。
瓦礫の隙間から見える空には、太陽も月も星も見えないのに。完全な真っ暗闇にはならずに、静かな紺色の空で金属片を浮かび上がらせている。
そして遥か下方には……地面は無い、黒々とした紺色の液体が波打っていた。
あれを海と呼んでいいんだろうか。
液溜まり、って言った方が正しいような感じがする。
ナニかを長く放置しすぎて、液化して落ちたのが溜まったような。そんな印象だ。
そんな、陽が落ちた直後のような静かな世界を、ヘッドライトを灯したリワンダーアークが閃路を敷きながら走って行く。
閃路の先には、事前に展開していたホームが待っていた。
そのホームに、異質な赤が見える。
──炎だ。
この金属まみれの濃紺に似つかわしくない。
遊牧民のような衣装を着て、ヤギのような動物に荷車を引かせた一団が。
篝火を掲げて、こちらに手を振っていた。
* * *
「こんな感じでどうだ?」
「どれどれ……完璧ですとも。こちらもお願いできますかな?」
「これなら百でも千でも大丈夫だ」
「おお、頼もしや」
「やはり若いと違いますなぁ」
民族衣装の一団は、うっかり迷い込んだと同時に魔力切れを起こして、どこにも行けずに立ち往生していたらしい。
普段は辿り着いたところで新しい世界を育てて、その世界が立派に育って力を蓄えたらまた出発するのだとか。
……それって神様なんじゃ? と思ったけど、ほけほけ笑うお年寄り達は自分からはその単語を出さなかったから黙っておいた。
ほら、正体を口にしたら力を失う~みたいな伝説もたまにあるし。そうなっちゃったら申し訳ないし。
シーツで作ったローブを着た魔王さんと聖女さんにお願いして、占い師が使ってそうな水晶玉に魔力を籠めてもらっている。
そしてその間に
「うむ、実によい大地。そして水と大気の循環じゃ。これならば良い作物がそだちますぞ……ふんぬっ」
「わぁ~、すごぉ~い。早回し映像みたぁ~い」
「ほっほっほっほっほ」
見返りとして、彼らは農耕車に畑を作ってくれた。
しかも、これだけ魔力が使い放題ならかなり好き放題できるらしくて。あっという間に収穫可能なところまで育ててもらえるオマケ付き。
そんなに大盤振る舞いしてもらっていいのかな、と思ったけど、提供した魔力量を考えればむしろ足りないくらいなのだとか。
だからって、乗ってるヤギみたいなのもらうわけにいかないしな。
お互いwin-winだったって事で良いんだと思う。
《採取3番チーム帰還しますワ。周辺の方、お気をつけテ!》
一気に忙しくなったのはクィンビビーだ。
こんなに周囲に金属片が浮いているのだから、これを利用しない手はない。
格納庫の屋根の一部が上にスライドして巨大な出入り口となり、採取ドローンがひっきりなしに飛び出しては金属片を掴んで戻ってくる。大きなものはその場でカットしたりもしているようだ。
それはまさしく食料を集める蜂のよう。
というか、ドローンの一部が黄色と黒に塗られていたり、触覚みたいなアンテナが二本ピョンと伸びてたり、作業アームが六本だったり、意図的に蜂っぽくされてるんだよな。
そして補助AIもそうだけど、いちいちカワイイんだよ。
なんだろう、見てると故郷のゆるキャラを思い出す。
そんなゆるキャラドローン達は、農耕車にも飛ばされていた。
不思議パワーであっという間に収穫期になった作物をせっせと収穫しているのだ。
蜂っぽい小さなドローンがトマトっぽい実を抱えてピロピロ飛ぶのはまるで絵本の世界だ。
ペンギニーはその作物のリスト化。
ヤドゥカニーも、マンドラゴンも、手に入った物資で出来る範囲の必需品製作に入っている。
そんな状況なんだが。
俺は……なんだか何をする気分にもなれなくて、ぼーっとしていた。
無事に到着して、停車中は割とすることが無い。
だからまぁ、問題ないっちゃないんだけど……なんとなく、マイクもオフにして、俺は頭を空っぽにしていた。
カメラアイに映るのは、どこを見渡しても濃紺ばかり。
嫌いな色じゃない。
別に汚く見えるわけでもないのに、なんだろう。
気が滅入る、気がする。
視界一面。
壊れたモノ。壊れたモノ。壊れたモノ……
「……廃墟苦手なら、あんま見ぃひん方がええで? 好み分かれるやろ」
どうにもテンションが上がらない所に、サゥマンダーがやってきた。
「いや……廃墟写真とかは割と好きな方だったはずなんだけど。なんだろう、今日は気分じゃないのかな」
自分の声がぼそぼそとして張りが無いのがわかる。
ああ、よくないな……こんなザマじゃアナウンスだって締まらないのに。
サゥマンダーは、そんな覇気の無い俺の顔をにゅうっと覗き込んだ。
「ニーサン、疲れとるんとちゃうか?」
「……機関車なのに?」
転生してから、疲労を感じたことはない。
眠気も、食欲もそうだ。
ヒトではなくなったから、当たり前だと思う。
なのに
「心の疲労は別やろ」
ヒトでもないAIがそんなことを言う。
「短い間にぎょーさん色んなことあったやろ? ここらで一服いれてもええんちゃう? ……ほい」
そう言って、サゥマンダーは湯気の立つ液体の入った白いカップを差し出してきた。
焦げ茶色の液体から、甘い香りが漂ってくる。
「え……なんで、ここ機械の、コンピューターの中なのに」
「今のニーサンのヒトの姿がフルダイブVRゲームの応用みたいやから、そこから飲食物のデータ引っ張ってきたんや。これなら飲めるかな思て」
カップを受け取ると、手にじんわりと熱を感じた。
分厚いマグカップ越しの、ゆっくりとした温かさ。
カカオの香り。
ふーふーと息を吹きかけて、そっと口をつける。
やわらかい甘み。
ミルクの入ったココアの味が、喉を流れて、腹の中がじんわりと温かくなる……それと同時に、涙がボロッと出てきた。
「ぅ、わっ……え、ゴメン……なんで? なんか入ってたコレ?」
「なんも入れとらんて、普通のココアのデータや」
ただのココアで、なんでこんなことになるんだ。
軽く混乱している俺を、サゥマンダーが優しい目で観察している。
「やっぱ疲れとったんよ、ニーサン」
全然そんな自覚は無かったんだけど。
一度決壊した涙腺は、なかなか止まってくれない。
……トラックの事故だった。
死にたくなかった。
俺はまだ、生きていたかった。
知らない世界。
ヒトでなくなった体。
もう、帰れない。
いつかこの列車で、故郷に行ったりできるかなとも思った。
でも、かつて生きていた事が『訪問』にカウントされるなら。
もう、二度と故郷には帰れない。
「死にたく、なかったっ!」
「うん、せやね」
片道なんだ、どうあがいても。
たまたま続きを掴めただけで、振り返っても、戻れない。
二度と前には、戻れない。
寄り添ってくれるサゥマンダーの鱗は、撫でるととてもツヤツヤスベスベしていて、信じられないくらいあたたかい。
一瞬、ペンギニーがちらりと顔を出したけれど。
サゥマンダーがひらりと手を振ったら、すぐに引っ込んだ。
死んで、やさしい世界に来た俺は、自分の意思で走り出した。
もう戻れない。
たくさんたくさんもらったモノと一緒に、新しく、生きて行く。
滅びて死んだ世界の中で
俺は長い事、泣き続けた。
* * *
《じゃあそろそろ行きます。お野菜、ありがとうございました!》
「いやいや、こちらこそありがとう」
「達者でなぁ」
「頑張るんじゃぞー」
「ありがとうございました」
「世話になったな」
最終的には農耕車に安全祈願のおまじないまで描いてくれた暫定神様達に見送られて、俺達は出発した。
なんならどこかへ送りましょうか? と提案したが、まだやる事があるらしくてそれは断られた。
何もなくなった空を、すっきりとした気持ちで走る。
クィンビビーは本当に頑張って、浮いていた金属を根こそぎ回収してきたらしい。
貨物車ってそんなに入るの? と心配だったが、農耕車程でないにせよ内包空間はかなり広いので余裕だそうだ。毎度思うが、技術がすごい。
俺は、最後に撮らせてもらった記念写真をちらっと見て、それから前を向いた。
──紺色の世界跡地で、赤い松明に照らされた暖かい写真。
こうやって、ひとつひとつ思い出を積み重ねていくのが、今からとても楽しみだ。