004:三船 道行
「で、ニーサン。これからの列車の運営方針は?」
「う、運営方針?」
サゥマンダーは「せやで」と胸を張って頷いた。
「本来管理AIがあるはずの所におるのニーサンやし、列車に乗ってる唯一のヒトがニーサンやし。現状どうあがいてもニーサンがこの列車の責任者やねん」
「えー……君らはそれでいいの?」
「ええも何も。ワイらAIはヒト優先するようにできとるから、ニーサン差し置くのは無理筋やで」
うんうん、と一斉に頷く七体のAI。
……そりゃそうだよな。故意じゃなくても、俺が引っ張って連れ出したようなものなんだし。
そう考えて、連れ出した元の場所……あの格納庫の事をふと思い出した。
「……元の世界では死んでるから帰るわけにもいかないし、目的とか行きたい場所とかは無いんだけどさ」
そうぽつりぽつりこぼしながら、画面を操作して二枚のスクリーンショットを表示した。
──敬礼して見送ってくれた格納庫の人たちと、上空から見えた新しい街。
「おっ! 整備部に、閣下とそのお付きやないか! エエ写真やね!」
「閣下って、このお爺ちゃん?」
「せやで。国のトップ、めっちゃ偉い人や。引退したばっかやけど」
「あー、やっぱり偉い人だったのか……」
やっぱりなと苦笑いしながら、俺は補助AI達に俺が慌てて出発した時の様子を話した。
あんなに怪しい状況だったのに、こんなにイイ笑顔で送り出してくれた事。
だからきっと、あの人たちはこの列車が大好きだったんだろうって事を。
「だから俺は……あの人たちに顔向けできないような事はしたくない」
それは方針でも、ましてや目標や目的ですらない、ただのルールのようなものだけど。今の俺には、それしか頭に浮かんでこなかった。
異世界へ走り去って二度と戻ってこない列車。
本当に何の得にもならない、ただただ好意と厚意だけで送り出してくれたあの人たちの想いを無下にしたくない。
……死んで機関車に生まれ変わった今の俺には、それしか無いから。
それを聞いた補助AI達は、何かを納得したみたいに微笑んで頷いた。
そしてサゥマンダーが口を開く。
「ええね。じゃあニーサンに、ひとつ昔話をしたるわ」
「昔話?」
「この画像に写っとる閣下のお話」
むかーしむかし、と話し始めたサゥマンダー。まだそこまで昔ではありません、と訂正したマンドラゴンを黙殺して語られたのは、移民先を探していた旅路の事。
「誰にも迷惑かからんように、誰もいない且つ安定した世界を探しとったけど、そう上手くはいかんくて」
何年も旅をしていて様々な世界に行った。
その中には、色んな事情から、乗車を希望する者がいた。
「でもな、閣下は全部拒否したんよ。何十人規模だろうと、たった一人二人だろうと、全部」
閣下は公平に、自らの民を優先した。
世界を超える移民という前代未聞の状況下。前例が無いから慎重にならざるを得ず。将来の不安や危険の種になる可能性を片っ端から潰したのだと。
それがとても冷酷に見えたとしても。
「そういう日はね、しょんぼりしながら一人で酒飲むんよ閣下は。『悔しいなぁ、悔しいなぁ』言うて」
「……それ俺に言っていいの?」
「本人から許可出とるねん。『私がいなくなった後、何かの役に立ちそうなら話していいよ』て」
いなくなったというか、いない場所に出たというのが正しいんだけどな……まぁ、もう会えないという意味では一緒か。
何台もの列車に何億という同胞を乗せていた。
旅先で多少会話をする程度ならともかく、閉鎖空間に長期間受け入れられるかは話が別。
どうしたってアウェイだから居心地も悪いだろうし、その不満から争いになるかもしれない。列車内で内乱なんて、目も当てられない。
「せやけど、今なら出来るんかなて」
「……ああ、それは確かに」
今の俺達には、ひとつの世界の人類の存亡なんてかかっているわけじゃない。
それなら、気の向くままに乗客を受け入れて、どこかへ送るもよし、そのまま暮らしてもらってもよし、なんて気紛れな事をしても……いやもちろん相手は選ばないといけないだろうけど……そういうことをしたって、いいんじゃないだろうか。
「そうせいて言っとるわけとちゃうよ? けど、この列車はどのみち乗客に魔力貰って走るもんやから誰か乗せんとあかんし。今は空っぽで国だの何だのてシガラミもあらへん。そんでニーサンが無下にしとうないて言うた相手の後悔がこんな感じやねん。なんか見えてくるんとちゃうかなて」
「うん……」
「まあ、このままゆるっと流して、燃料が切れた所を墓場にしたい言うならワイらも殉じるだけやけど」
「いや、そこは殉じないでケツ叩いてくれ」
死にたくないで飛び出したのにそんな終わり方は、それこそ顔向けできないじゃないか。
顔を上げる。
カメラアイに映るのは、無数の世界が浮かぶ狭間。
「……うん、平和に運行できるのが第一だけど。もしも異世界に連れて行く事で、助けられる人がいるなら助けたいな。突発でも、部屋を一つ提供するくらいなんてことないだろ?」
「もちろんだよぉ」
のんびりとしたバァクの返事。
そしてヤドゥカニーが渋い声で俺に問いかける。
「腹ぁ決まったか?」
「うん。最終的な目的地は特に無し。やんごとなき事情で世界から出たい人達を乗せながら旅をしよう。俺達や、先客と上手くやってくれるなら、基本は来るもの拒まず去るもの追わずで」
「もしもニーサンがヒトに戻れて、どっか定住したくなったらどないする?」
「それはそうなった時に考える!」
現状、そんな日が来るかどうかもわからないしな。
機関車生にすっかり馴染んだら、ヒトの体への未練とか無くなるかもしれないし。
機会があってもその時どう思うかは、その時になってみないとわからん。
画面に写るスクリーンショットを見る。
車両と補助AI達、大事に使わせてもらいます……そう改めて決意した所で、ひとつ思い出した。
「そういえば……出発前に、なんかガリガリされてたな」
「ガリガリ?」
「閣下さんが、車体の横を杖で……あ、この辺」
カメラアイを操作して、車両の該当箇所を画面に映した。
マリンブルーの車体に、白で書かれた『Wander Ark』の文字。
そして、その頭に刻まれた『Re』の文字。
── Re Wander Ark
「……これって車名?」
「せやで、ワンダーアークが列車の名前やねん。……けど、改名されとるね」
閣下はロマンチストやから、とサゥマンダーは笑った。
「『リワンダーアーク』……これって、消えないようにできるかな」
「出来るはずやで。どこぞの世界で厄除けのおまじない書いてもろたM01はオートメンテナンスでも消えへんかったし」
機関車のシステムを操作して、Reの文字を消さないように固定する。
「……じゃあ、そういうわけで。『ワンダーアーク』改め、『リワンダーアーク』運行します! よろしくお願いします!」
自己紹介の時のように、補助AI達がやんややんやと拍手をくれた。
もう一度、と──
許してもらえた俺達は、気ままな放浪の旅に出る。
どんな場所に行くのか何もわからないけれど、好きな列車の旅だと思えばなんとなくワクワクするから不思議だ。
「よし、せやったら方針が決まったところで、ニーサンにさっそく提言や」
「え、何?」
「魔力補給せなあかん」
盛り上がっていた空間が水を打ったように静まり返った。
……ちらりと魔力残量を見る。
いくら他車両からかき集めたとはいえ、そもそも引退・格納されていた車両に残っている燃料なんてそう多いわけがない。
そして世界に出入りするフェードイン・フェードアウトはそれなりの魔力を消費するし、なんならこうやって狭間を流しているだけでも魔力は少しずつだか目減りする。
──魔力エネルギー残量:9%
「乗客数ゼロだよ」
やめてください、畳みかけないでくださいバァクさん。
乗客から魔力を補給する仕様で乗客ゼロって事は、イコール補給が見込めないって事くらい新人の俺でもわかりますから。
「ニーサン、ここはいっちょ気合入れて魔力に溢れた世界を引くしかあらへんで」
「いや、突入先の世界はランダムなんだろ? 気合入れたってどこに出るかは運次第なんじゃないのか?」
そう訊くと、サゥマンダーはイヤイヤと手をひらひら振った。
「ある程度の取捨選択はできるんやで。というか今ニーサンが座っとる管理AIメイン業務のひとつは、行き先の絞り込みやねん」
「あ、そうなの?」
きょとんとする俺に、サゥマンダーは年上の兄貴分のように優しく説明してくれた。
「あのなニーサン。世界がちゃうて言うのは、物理法則もまるっと違う場合があんねん。環境の違いどころやない、知識も技術も何もかもが通用せぇへん所がそこらへんにゴロゴロしとるんや。そんなところ完全ランダムで引き当ててみぃ? 入った瞬間消し飛ぶで」
「怖」
「せやからこうやってカメラアイで面白そーなカタチ見かけたからて、そこにほいほい飛び込むのは絶対にあかん」
「わかった、肝に銘じる」
宇宙に浮かぶ惑星どころの違いじゃない。
法則や概念から違う世界だってたくさんある。
そういうところは興味本位で覗いちゃいけない。
身体も、精神も、無事で済む保証が何一つ無いから。
異世界を旅するということは、大前提としてそういう事に気を付けないといけないと、俺は学んだ。
「でもそうなると……いくら世界が無限にあるって言っても、安全な世界ってそう都合よく近くには無いんじゃないのか?」
「そもそも今いる狭間に距離て概念はあらへんよ」
法則や概念の外が狭間。
そこに物理的な距離という物は無い。
「世界の近さは因果や縁や。あとは強い想い入れ。そういうモノで異世界は近くなる、らしい」
「らしい」
「ワイかて専門家ちゃうもん」
それはそうだ。
ああでもそれなら、よくある異世界転生物でゲームや小説っぽい世界に行ったり、知識が通用する世界に行くのも、なんとなくだが納得はできた。
俺がこうやって機関車に転生したのも、縁とか想い入れの結果なんだろう。
「どうしてもふわっとした選定になりよるから、100%望みの世界に行くわけやあらへん。逆に何かの因果にこっちが引っ張られる事だってある。こっちの希望と解釈違いの世界を御用意されることもある。ランダムて表現されるのはそのせいやねん」
それでも! とサゥマンダーはビシィッと指を一本立てた。
「それでもピックアップガチャくらいにはなるんや!」
「ソシャゲあるんだ?」
「あるよー、やる?」
「後にせぇ! 後に!」
荒ぶるサゥマンダーの言う通りにシステムを操作すると、一つの画面が拡大表示された。
──予定到着時刻:未確定
「さぁニーサン、魔力補給ピックアップガチャのお時間や。一番ええのは魔力の高いヒトが何人か乗ってくれることやけど。マナに満ちた世界やったら周辺環境から吸い込む事も可能やで。どっちかを引くんや」
「引くんやって言われても、やり方がわからんのだが?」
「前の旅の管理AIが言うには『とにかく念じる』だけらしいで?」
「ふわっとしている!」
「ちなM16管理AIは謎の儀式を編み出してワイら補助AIと輪になって踊っとったし、M37管理AIは毎回オリジナル曲を作って車内に流しとった」
「……ツッコミどころ多いけど、そのMなんちゃらって車体番号?」
「せやで」
「この機関車は何番?」
「M03やね」
「先代のM03管理AIさんはどうやって念じてたの?」
「専用のテキストデータ作って希望をみっっっっっっっっしり書き込んどったよ」
「怪文書か?」
何の参考にもなりゃしない。
……というか、ずっと思ってたけど、この機関車作った世界。AIの技術がやたら高くないか? 人間と遜色なさすぎるだろう。『念じる』事が出来るのもそうだし、やたら個性が濃いの何なんだ。
困惑する俺だったが補助AI達は早く早くとせかしてくる。
ええい、もう破れかぶれだ!
パンッ! と柏手を打った俺はそのまま腹から声を出した。
「魔力が高くて異世界に行きたい人! あるいは魔力がやたら豊富な世界! お願いします!!」
ぶわっと車体前方へ、見えない糸のような物が何本も放射状に伸びた感覚がした。
そのまま念じ続ける。
俺は声に出した方が集中が続く気がしたから、そのまま希望をぶつぶつと念仏みたいに呟き続けた。
そうしていると、見えない糸の一本が、どこかに引っかかってピンと張った気がした。釣り糸に、魚がかかった時のような感覚。
「なんか来た!」
「それがヒットや! ニーサン筋がええで!」
一度掴んでしまえば、あとはシステムがオートで動いた。
──補足世界簡易観測:
──突入可能
──存在可能
──生存可能
──縁:接続開始
──対象世界との因果を計測・・・
──予定到着時刻:列車内標準時刻15時37分
列車内標準時刻を確認する。
今は13時04分だ。
「思ったより時間かかるんだな」
「引っかかった世界との因果が遠いと時間かかるんやて」
「へぇ」
とりあえず上手くいったようでほっとしていると、補助AI達がやれやれみたいな感じでもぞもぞ動きだした。
「では、ワタクシ達も持ち場へ戻りますワ」
「あ、そうなの?」
「余裕があれば覗きに来ることもあるがな、そうでなければワシらはミーティング以外は基本持ち場に籠りきりじゃ」
そうなのか。
ずっとこのワイワイガヤガヤした状態なのかと思っていたから肩透かし気分だ。
まぁでも、一人旅が好きだった俺は、ちょいちょい一人になりたい気分の時があるしな。
「ワイはちょくちょく顔見に来るで。他のメンツも定期ミーティングは顔出すし、ニーサンが呼べばすぐ飛んでくるからな」
「うん、わかった」
それなら大丈夫だ。
そう思って頷いて見せると、サゥマンダーはイイ笑顔を浮かべて俺にテキストデータを渡してきた。
「ほんならこれ、宿題な」
「えっ」
データを開くと、そこには列車や駅でよく聞くアナウンスっぽい台詞がズラズラと並んでいた。
「……これ俺が言うの?」
「他に誰がおんねん。音声アナウンスも管理AIの大事な仕事やから、ある程度頭に入れて、練習しといてな?」
「マジかー」
いやかっこよくて好きだけどね? 列車のアナウンス。
でもまさか、自分で言う日がくるとは思わなかったなぁ……