027:ロストファントム・前
25年前のゼーレンガーデン世界大会優勝者『スカイフィッシュ』のプレイヤーは、スーツ姿で護衛付きの高級車から降りると、万感の想いで会場を見上げた。
──ここまで長かった……
あの日。
師でありライバルでもあるロストファントムの最後の言葉に従って、マフィアの魔の手を逃れた。
仲間達と一緒に追っ手を搔い潜りながら情報を集めて、地下組織のように息を潜め機会を伺う日々。
最後には、暴走した兵器を別の兵器に乗り込んで止めたりもして、どうにかゲーム業界の裏に巣食う巨悪を倒す事ができた。
……その間、ロストファントムは一度も存在を現さなかった。
警察に表彰されて、時の人のようになって。
どうしてもロストファントムが心配だから、その知名度を利用するような形で色んな機関に捜索を協力してもらって。
解体されたゼーレンガーデンの運営会社のデータを確認して。
その結果、ロストファントムの接続アドレスが、空欄になっているのを知った。
ありえなかった。
だってそれじゃあ、外部から接続していない、まるでゲームの中に存在していたかのようで。
でも、調べれば調べる程に、出てくる情報はそれを後押しするかのよう。
ログイン履歴はメンテナンス以外常時。休憩と言うモノを取っていない。寝たきりの点滴生活だろうと脳に過剰な負荷がかかるからそんな事は許されない、不可能だ。
逆にゲーム内から外部ネットワークをハッキングのように参照していた痕跡が出てくる始末。
まるで本当に、存在しない幻影だったかのように。
マフィアに向けた一切の躊躇いも迷いも無いブラフの山には、安全圏というモノすら見当たらない。
彼は一体どこの誰だったのか……
戦いの後始末にそれなりの年月をかけながら、ふと思い出すのは師でありライバルでもあるロストファントムとの最後の試合。
……決着がついていない、最後の試合。
スカイフィッシュは、アレを自分の勝利だとは思っていない。
あの瞬間、自分はきっと負けていた。
それを自分の勝利に挿げ替えられてしまった。
そしてそのまま、別れもお礼も言えずに、ゼーレンガーデン自体が消えてしまった。
だからこんなに、後味の悪さと未練だけが残っている。
戦いの後始末にそれなりの年月をかけている間に、他のゲーム会社から思考加速システムを用いたゲームがいくつか出てきた。
法も整備されて、世の中に安全になったという意識が根付いた。
そろそろいいんじゃないか、と仲間が言った。
忙しい合間に色んなゲームをやったけれど、どこにもロストファントムはいなかった。
もう一度、貴方に会いたい。
決勝戦を、やり直したい。
事情と思いの丈をありったけ訴えながら、クラウドファンディングで資金を募り、同時に人材も募った。
賛同してくれた人々が大勢協力してくれた。
英雄のネームバリューがあるからか、様々な国でニュースにもなった。
もしも生きているなら、きっと届く。
もしも死んでいるなら……
もしも、貴方が本当に幻影だったなら……これを区切りに、諦める。
権利を買い取り、データを貰い受け、グラフィック等を最新のモノにリメイクした『ゼーレンガーデン2』
一年経たない内に企画する世界大会。
祈るような気持ちで参加応募を確認した。
そして……いた。
キャラクター名:ロストファントム
所属:リワンダーアーク
勝率100%の伝説が大きすぎて、誰も成りすましができなかったその名前。
本人だろうか?
わからない。
実際に相対するまで、確証が持てない。
今回はアドレスが空欄にはなっていない。正真正銘、外部機器からの接続だ。
そして前大会では無記名だった所属に『リワンダーアーク』という知らない団体名が入っている。調べても出てこない。
わからないけれど……すぐにわかる。
前回優勝者のスカイフィッシュは今大会には参加しない。
優勝したモノだけが挑戦権を得られる、チャンピォンの扱いだ。
本物なら、余裕で勝ち上がってくるだろう。だから、すぐにわかる。
──長かった……
予選は終わり、今日は大会の本選だ。
会場は全天候型のドーム。今日は天気が良いから、表彰の時には天井を開けられるだろう。
ロストファントムは予選を勝ち上がった。
ゲーム内勝率100%のままで。
誰もが期待に胸を躍らせている。
筆頭はスカイフィッシュだ。
あれから25年。
スカイフィッシュは、もう守ってもらわないといけない子供じゃない。
四十を超えたばかりの体は、皺だって目立ち始めた。
それでも、あの頃のようにワクワクが止まらない。
微笑みを浮かべ、待ち構えていた記者のインタビューに答えながら、スカイフィッシュはゆっくりと会場へ入っていった。
* * *
──《決まった! 決まりました!! 優勝は『ロストファントム』です!!!》
怒号のような歓声が響く巨大ドーム。
観客の視線を集める中央の巨大スクリーンには、『ゼーレン・ガーデン2』のロゴが青の炎に燃えている。
──《さぁ、ついにこの時がやってまいりました! 会場の皆様、配信をご覧になっている皆様、今大会は、このために開催されたと言っても過言ではありません》
実況を担当する仲間の一人の声には、既に涙が滲んでいる。
──《現運営会社名誉会長にして、前大会優勝者! コアショット率90%オーバーは健在! 天空スナイパー、『スカイフィッシュ』!》
悲鳴のような歓声を浴びながら、スクリーンに、アクアマリンをベースカラーとした機体が映る。
『スカイフィッシュ』と呼ばれた機体は、多少の調整は加えたモノの、超軽量タイプのパーツにヒレのような飛行ユニットを備えたスピード型であるのは変わりない。
右手にはショートブレード、左手には狙撃タイプの銃を持っている。
──《そして今大会優勝者! 帰って来た勝率100%! ……帰ってきたでいいんだよな!? バーストブースター、『ロストファントム』!》
再度、割れるような歓声が沸き上がり、スクリーンに黒紫に染められた機体が映った。
こちらもそうだ。
耐久性重視の軽量パーツをメインに組み、瞬間加速を重視したブースターを各所に配置しているのは変わらない。
武装は伸縮自在の銃剣が付いた二丁拳銃。
両者が戦場フィールドの『ガーデン』に配置される。
あらかじめ決められていたガーデンは、崩れかけた廃ビルが折り重なる『文明跡地』
それはまさしくあの日の再現だった。
当時をリアルタイムで見ていたモノも、動画等で知ったモノも、息を飲んで見守る開戦前。
ロストファントムは、ここまで一言も発しなかった。
大会中も、その前も、誰に声をかけられようと、ゲーム内のアイコンを使うだけで、一言も発しなかった。
カウントダウンが始まるまでのインターバル。
それはゲーム側が環境を最善に整えるまでのロード時間であり、対戦者達の煽り合いの場でもある。
スカイフィッシュが、祈るような気持ちで口を開く。
『ロストファントムさん……今日こそ、僕が勝ったらあなたの事を教えてください』
歳を重ねた男の声が、スカイフィッシュから響く。
そして……
『お坊ちゃんはいつになったらネットリテラシーを理解するんだ? 25年経つんだろ? お前いくつだよ』
それに応えたのは、少しガサついた若い男の声。
呆れたような悪態。
聞き間違えるはずがない!
カウントダウン。
帰ってきた。
3
あの人が帰ってきた!
2
何度も何度も夢に見た
1
決勝戦を、もう一度。
──《GO!》
開始と同時、思考加速。
1フレームも無い間にスカイフィッシュの早撃ち。
だが、着弾する場には既に誰もいない。
想定内。
飛行ユニット起動。
加速と同時に、倍以上の加速で並んだロストファントムとの斬り合いが始まった。
手の内を知っている動き。
息を吐く間も無い攻防。
間違いない。
このヒトだ。
声を交わし、武器を交えれば、もう疑いようも無い。
『今まで……今までどこにいたんですか!?』
ずっとずっと探していたのに。
心配したのに。
死すら覚悟したのに。
こんな何事も無かったような声色で、ケロリとして現れるなんて。
『悪かったよ。だが不可抗力だ。オレにとっちゃ、あの世界大会から今日まで、二月も経ってねぇんだよ』
返された言葉に、一瞬思考が捻じれた。
そんな馬鹿な。
間違いなく、25年の年月は経過している。
まさか、ずっと意識不明だったとでも言うのか。
ログイン履歴を鑑みれば、脳への負担を考えれば、おかしくは……
そんな思考を察したのだろう。
思考加速者同士の会話を実況が翻訳した頃に、スカイフィッシュとロストファントムはどちらからともなく距離を取り、思考加速を切った。
『これが本当に最後だろうからな、教えてやるよ。とはいえ、信じられるような話でもないだろうが……』
最後。
嫌な単語にスカイフィッシュが狼狽えるのも構わず、ロストファントムは言葉を続ける。
『オレはな、異世界の幽霊だ』
ロストファントムは語る。
彼の歩んだ、数奇な運命を。
『お前との決勝戦で、まーた不本意にも強制BANだ。だが今回ようやく変化があった。リワンダーアークっつう、ファンタジーな列車に拾ってもらえたよ。おかげでなんとか戻ってこられた。……オレにとっちゃ一瞬だったのに、こっちじゃ25年も経ってたけどな』
それはまさしく与太話。妄想の類のような内容だった。
けれど……
『……信じます。あなたは、僕に嘘をついたことは一度も無かったから』
スカイフィッシュは信じた。
今まで見聞きした証拠、そして強さ、その全てに説明がついたから。
だというのに、ロストファントムはうんざりした雰囲気を隠そうともしなかった。
『声は相応に老けてんのにピュアッピュア加減は健在かよ。詐欺とか引っかかってねぇだろうな?』
『引っかかってませんよ! 僕をなんだと……ちょっと待ってください? さっきの話……あなたもしかして、僕のことアニメの主人公だと思ってたんですか!?』
『今でも思ってる』
『改めてください!!』
なんてことだ。
羞恥から乱暴に狙撃。
回避から思考加速、再びの激戦。
語られた事実の衝撃とか、色んな感情まで丸ごと吹き飛んだ。
実況が何かを叫んでいるのも、とっくに意識の後ろに置き去りだ。
音なんて、機体の駆動音以外は耳に入らない。
そも加速した思考には、ヒトが話す言葉なんて遅すぎて言葉として認識できない。
没入する感覚。
それはまさしく夢中。
──そして、夢には終わりがやってくる。
試合は終盤。
両者、ゲージは残り僅か。
一瞬の間合いの差。
スカイフィッシュの銃と剣。
どちらも絶妙にやりにくい僅かな隙間に、ブーストで滑り込んだロストファントム。
銃剣が、スカイフィッシュのメインコアを狙う。
──だが、スカイフィッシュは銃身でそれを受け止めた。
再戦まで、25年だ。
忙しかったけれど、その間、ゲームをしなかったわけじゃない。
──間髪入れずに、剣を繰り出す。
もう一度、この戦いのために、指摘されていた苦手を克服した。
相手も25年分強くなっていると思って訓練を重ねていた。
──だが、そこには既にロストファントムはいない。
スカイフィッシュの銃身を支点に、即座に対応し回避したロストファントム。
コントロールの難しい、ブースターのバーストによる瞬間加速。
彼の、得意技。
敵機は直上。
加速している思考でも追いつけない速度が出ているはずなのに。
──ロストファントムは精密なコントロールで、スカイフィッシュのメインコアを穿った。
その判断力、思考力、対応力の違いを、まざまざと見せつけられて、スカイフィッシュは墜ちる。
25年、ロストファントムは一瞬だったと言っていた。
ならばその分、追いつけたと、あわよくば追い越したのではないかと思った。
間違いだった。
ロストファントムは言った。
幽霊になってから、ずっとずっと、百年以上もVRゲームをしながら彷徨ってきたと。
つまり彼は、百年以上ずっとずっと戦い続けてきたと言う事だ。
絶対的な経験の差。
前大会の時点で、25年後の自分よりも遥かに上にいたという事実を噛みしめながら。
スカイフィッシュは、満足そうな、しかし悔しそうな顔をして。
自分の視界に表示された『You Lose』の文字を見つめていた。




