022:三船 道行 -異能-
「これはひどい」
新入りのハハルスさんが、言い放ったのは、そんな一言だった。
* * *
「ハハルスと申します。どうぞお見知りおきを」
「道化は道化だ、よろしく!」
とっても真面目そうな高位の魔術師って感じの中年男性ハハルスさんと、上から下まで全身肌が全く見えないピエロ服に笑顔の仮面っていう年齢性別不明な道化さん。
なかなか、両極端な二人が来たと思う。
乗客との挨拶を済ませて、部屋の用意ができるまで食堂車で一休みしている間。
どうしてこの列車を呼ぶような事になったのか、よければ教えて欲しいと訊けば、『特に隠す事でもない』と一通りの流れを教えてくれた。
『……え、それ、ハハルスさんは何も悪くないのでは?』
「悪くないということはない。もっと私に力と技量があれば、道化様を巻き込む事はなかったのは確かなのだから」
「いやぁ、道化目線は確かにそうなんだけどさ? お国のヒト達から見たら冤罪もイイトコだと思うよ?」
『だよね!?』
一方の言い分だけを鵜呑みにする形にはなるけど、聞いた分にはあまりにも王子がクズで王様がへっぽこだった。
まぁ、この感想は俺と道化さんの胸の内にひとまずしまっておく事にする。
当人のハハルスさんは色々思うところがあるのか複雑そうな顔をしていたし、他の面子は政治や陰謀なんてモノとはほぼほぼ無縁な顔ぶればかり。特に盛り上がる事も無い。
ハハルスさんのためにも、残された王様や同僚の方々は大変だろうけど頑張ってほしいなと思うばかりだ。
身の上話をしてもらったのだからこちらも……と言う感じで、雑談混じりに乗客が各々自己紹介と経緯を話す。
俺もついでに、経緯とこれまでの道程を話す。
一通りの話を聞くと、ハハルスさんは片手で顔をおさえて俯いてしまった。
「これはひどい」
『えっ、何が!?』
何かまずい事があったか?
なお、一緒に聞いていた道化は腹を抱えて床に転がりゲラゲラ笑っている。そんなに面白い事も無かったと思うけど?
『えっと……気になる事があったら、どうぞ遠慮しないでほしい』
「……私は新参者だが、よろしいので?」
『そういうの気にしないんで、どうぞどうぞ』
俺が勧めると、ハハルスさんは魔王さんと聖女さんを見て言った。
「まずそちらのお二人。それほど強大な魔力を身に宿していながら、今までそれを扱う訓練を何もしてきていないとは……よくぞこれまで無事だったものだ」
「デスヨネー、アタシもつい昨日それ聞いてびっくりしちゃった」
ハハ、とティールが乾いた笑いをこぼした。昨日の端末講習会の後に何かあったらしい。
そういえば、『叡智の箱舟』で魔王さんと聖女さんの魔力を検査してもらった結果だが、『計測不能』の判定が出たんだとか。
魔力計測の魔導具を作っていた魔法使いがひっくり返ったらしい。
俺達は、あの船で何人ひっくりかえしたんだろうな。
「なんかアタシが魔法教える流れになってるんですけど……宮廷魔術師なんてスゴイヒトなら、ハハルスさんが教えた方がいいんじゃ?」
「いや、私は召喚術に特化しすぎていて、他の魔法がひとつも使えんのだ。お嬢さんは見た所、魔力は少ないが扱いが丁寧で緻密そうだ。貴女の方が向いている」
「ヒェエー」
俺はそのあたり完全に門外漢なんで、頑張ってほしい。
他人事みたいにそう思っていたら……ハハルスさんの視線が今度は機関車両の方角、つまりは俺に向いた。
「次に、管理者殿」
『え、俺?』
「そう貴殿だ。これまでの話を聞くに、管理者殿には望みの縁を引き寄せる類の『異能』があるものと思われる」
『異能』
ファンタジーで聞くような話になって、俺はいまいち現実味がわかなかった。
『……『異能』ってなんですか?』
「『異能』とは、召喚対象から聞く限り『ユニークスキル』だの『固有魔法』だのと世界によって呼び方は異なるらしいが……簡単に言えば『魔法と似て非なるモノ』だ」
なるほど、わからん。
サゥマンダーが沈黙した俺に変わって『スンマセン。ニーサンは魔法のない世界の出身なんで、詳しく説明お願いできますか』と言ってくれた。お手数おかけします。
ハハルスさんは渋い顔で頷いてから、少し悩んで言葉を続ける。
「そもそも魔法とは、ヒトが魔力を扱うための手順である。本来ならば成しえない事を可能にする力。それを制御し、操り、望みの事象を起こすための手順、法則、決まり事。世界によって呼び名や法則が違う事もあるが、それが魔法だ」
俺は音声だけの参加だから見えていないだろうけど、うんうんと頷いた。
それは前に聞いた事がある。
物理法則を無視できる、それが魔力で、魔法だ。
「だが『異能』は、その魔法の法則をさらに無視するモノ。手順、法則、決まり事、そういった準備や技術を経る事無く、一足飛びに魔法のような事象を起こす」
『……魔法より不思議なモノって事です?』
「その認識でいい。そういった『異能』は、魔法よりもさらに担い手は少なく、希少な存在だ。故に、詳しい事はよくわかっていない」
はぁ。
なんとなくはわかったけれど、自分がその異能持ちだと言われてもまったくピンと来ない。
『つまり俺は……『望んだ世界に行ける異能』をいつのまにか持ってて、気付かずに使っていた、と?』
「そういうことだ」
『それって何かマズイ事ある? 今の俺の状態だと、ピッタリな能力って感じもするけど』
「大いにマズイ。今の貴殿の状態だからこそマズイ」
ハハルスさんは溜息をひとつ吐いた。
「よくよく覚えておきたまえ。何かしらの縁を『引く』と言う事は、必ず『反動』が返るものなのだ」
『……ゴムみたいな?』
「ゴムがわからんが、弓の弦を引けば反動で戻るだろう? アレと同じだ」
うん、それならわかる。
「『良い縁』を引けば、反動で『悪縁』がやってくる。召喚術ならば悪縁を避けるか逃がすかするために何かしらの手を打つモノだ。供物などもそれにあたる」
『……代償を支払った負担でもう悪い事起きてますよー。だから良い事だけ来てくださーい。って感じです?』
「そういう感じだ。理解が早くてなにより」
ハハルスさんは満足そうに頷いた。
「先程の話の中で、世界を喰らう捕食者に追われ、その後に魔人と邂逅したと言ったな? 恐らくは、それが溜まりに溜まった反動の悪縁だろう。確かに魔人は捕食者を倒したやもしれぬが、邂逅とは即ちひとつの縁の形。名前という呼び水こそ無いが、それは逆に『協力を要請できない』という事でもある」
──小童に用は無い
最後にかけられた魔人からの言葉。
あれはもしかして……『お前ら程度を相手にする敵は大して強くなさそうでつまらないだろうから、お前らに呼ばれるのはイヤだ』って事だったんだろうか。
ということは……?
『……もしかして、いつかどこかで、あの魔人が敵になるかもしれない?』
「可能性のひとつではあるが」
うわぁああああ……
勘弁してくれ、勝てる気も逃げられる気もしないって。
「……まあ、過ぎた事はもうどうしようもない。肝心なのは、今後どうするか、だ」
『……はい』
確かに、嘆いたところでどうしようもない。
あそこで出会った事を、無かった事にはできないんだ。
「私はある程度縁の状態が感知できる。管理者殿の縁は、今はグワングワンと振り子のように揺れ動きやすくなっている状態だ。これをなんとかしなければならない」
『……なんとかできるんです?』
「できる。……とはいえ貴殿が船頭であるのなら、異能の封印は好ましくないだろう。危機的状況に対応するためにも、ここにその能力は必要だ」
それはそうだ。
出発してからずっと、この引きの良さには助けられてきた。
これが偶然じゃないってわかったなら、なおさら今後の安全の為にも手放したくはない。
「となれば、管理者殿が制御できるよう訓練せねばならない」
『訓練』
俺は頭を抱えた。
『えっと……それって、今まで魔法と関わりの無かった上にヒトの体じゃなくなってる俺でもできますかね?』
「……………………できなくは、無い、のでは?」
とっても無理寄りに難しいんですね、わかりました。
揃って頭を抱えていると、笑い転げていた道化さんがひょいと起き上がった。
「そーいうことなら、道化が一肌脱ぎましょうかねぇ」
そう言いながら、壁に向かって歩くと……
「ん-と、これがいいかな? よーいしょっと」
なんて軽い掛け声と共に、道化さんの姿が消えた。
『えっ、道化さん!? どこに』
『ハイハイ、ちょっくらお邪魔しますよっと』
『おわぁああっ!?』
次の瞬間、道化さんは俺の真後ろに現れた。
デジタルな仮想空間である、俺の、真後ろに! 現れた!
『っ、不正アクセス? しかし、この識別コード……』
『じょ、冗談やろ!? なんで前M03管理AIと同アドレスのログインがおるん!?』
混乱する補助AI達。
俺もどうしたらいいのかわからなくて硬直したままだ。
そんな俺の目を、道化さんはずずいっと覗き込んだ。
接触しそうなほどに近づく笑顔の仮面。
……でもおかしい。
この仮面、目の部分に穴があいていない。
これじゃあ被っている当人は前が見えないはずだ。
そうやって、俺が仮面に意識を取られていると。
道化さんの姿が、一瞬ブレた。
ブレて、一瞬俺に見えた。
『ふんふん……なーるほど、こういう感じ。それならこっちの方がいいんじゃないかな』
あくまでも何でもないような軽いノリで呟きながら、道化さんは次にズラズラ並んだ画面の方を見る。
また姿がブレる。
今度は、崩れて、画面の集合体みたいになって、また元に戻る。それを何度も何度も繰り返す。
『待て待て待て! アドレスどないなっとんねん!』
『なんじゃこりゃあ!』
『うわー! ヤダー! 気持ち悪いぃいいいい!』
『お待ちになっテ、処理ガ』
『……………………』
『凍結処理、権限管轄外、攻撃、不可、アドレスロスト、攻撃、不可、凍結、不可』
『うわぁ~……』
ギャーギャーとパニックになっている中。
俺は、転生直後に頻繁に感じた本能みたいな直感みたいなモノが列車の側から新しく書き込まれているのを感じていた。
──異能操作デバイスマネージャ:インストール開始
──インストール完了済
──管理AI固有特殊機能:異能:異世界絞込検索:連動完了
──セットアップ
──操作権限:管理AI単独固定
──UI同期完了
──リアルタイム因果演算開始
・
・
・
『……ホイ、こんな感じでどーよ?』
道化さんの言葉で、ハッと我に返る。
促されるまま見てみると、大量の画面の中に、初めて見るモノがひとつあった。
『異世界絞込検索機能』、そんなタイトルの画面には、オンとオフの切り替えボタン。
そして丸いメーターのようなモノがひとつあって、右が『良縁』、左が『悪縁』。中央上がゼロ。今はやや『悪縁』寄りに針が傾いている。
『……すっげぇわかりやすい』
『だろー?』
『え、ありがとうございます? でもどうやって??』
『道化はこういうの得意なのよ』
ヒラヒラと手を振った道化さんは、頭を抱えてコロコロ転がる補助AI達にちょっと笑いながら、来た時と同じくらいの軽さで消えていった。
「はいお待ちどー」
「……お帰りなさいませ道化様。何をなさったので?」
「AI達の聞いたことの無いが聞こえてきたが?」
するりと何事もなかったかのように食堂車に戻った道化さんは、どっかりと椅子に座りながらケロリと言う。
「無い筋肉動かすよりプログラム制御の方が楽で早かったから。認識させてシステムいじってきた」
「……つまり?」
「修行しなくても、もう制御できる」
「なるほど」
こっちは何もなるほどじゃないんだけどな。
ハハルスさんはちょっとしょっぱい顔はしているけど、特に突っ込まず飲み込むことにしたらしい。俺もそうしたい。
とりあえず、新しい画面を見ながら、作った本人に色々聞いてみる事にする。
『えっと……この良縁と悪縁のゲージが、今どっちに偏ってるかって事ですよね?』
「そ。」
『……思ったより悪縁に寄ってないな』
「それは道化と相棒を乗せたからかな」
「我々を乗せた事で、何か?」
「ようは人助けをしたんだよ、彼は。『徳を積む』って言ったりするでしょ? 道化と相棒を乗せた事は、魔人と会った後のイイ事を全部じゃないにしてもソコソコ相殺するくらいには徳になったってことだね」
特に道化がね。と道化さんは言う。
……ああ、そっか。
『もしかして、俺の絞り込みで、道化さんの故郷にも行ける?』
「余裕で行ける。だから前払い報酬だけでもそこそこの徳になった。でも、まだやめた方がいい」
『えっと、それは何故?』
道化さんは、少し言葉を選ぶみたいに天井を見た。
「道化の在るべき居場所は『パンドラボックス』それは言ったね?」
『聞きましたね』
「あそこは本来、決まった存在しか入れない」
立ち入り禁止の世界なのか。
「それを抉じ開けて入ると……たぶん反動で破滅する」
『は、破滅?』
「破滅。あそこは入りたいと思って入ると、とんでもない代償が必要になる場所なんだ。さっき相棒が言っただろう? 引いたら反動がある。その反動は、道化を戻すだけでは相殺しきれない。何も対策せずに入れば、弓を引くどころか、引きちぎってしまう」
道化さんは肩を竦めた。
「道化は『使い手を楽しませるためのモノ』だ。だから相棒やキミたちが破滅するのは望まない。でも、同胞の為にも、道化のためにも、戻りたい」
だから、とカラフルな手袋はハハルスさんを指した。
「だから道化は、相棒を相棒と認めた。相棒は、そのへん実にわきまえている。相棒なら、破滅せずに道化をあそこへ戻す手段を見つけられると思ったからね」
「お褒めに預かり恐縮です」
「そういうわけだから、すぐに行こうとしないことだね。ゆっくり手段を見つけてくれればいいさ。同胞の身動きが取れないと言ったって、別に百年二百年でどうにかなるような話でもないから」
なんとも壮大な話だ。
この列車を運行してから、こんな気持ちにばかりなっている気がする。
魔王さんも聖女さんもティールも、関心したような呆れたような顔をしていた。
唯一の例外は、訳知り顔で頷いているニワトリの神様だけだ。
「なるほどなるほど……まぁ確かに、あそこの存在であるのなら百年二百年など大した期間ではございませんでしょうな」
「へぇ、アナタ知ってるの?」
「ええ、まぁ」
「……何の神だっけ?」
「御覧の通りニワトリの神でございますぞ!」
「……なんで御覧の通りのニワトリの神様があそこの事知ってるんでしょうかねぇ?」
「ハッハッハッハッハ。風の噂というモノもございますからなぁ」
「ええー?」
俺達が聞いていてもいいのかわからない会話はやめていただきたい。
と、そこで俺は今更な事に気が付いた。
『そういえば、これって片道異世界特急なんですけど、道化さんが行ったことのある『パンドラボックス』とやらには行けるんですね?』
「む、気付いていなかったのか。それはあくまで『この金属の乗り物が行った事のある場所には二度と行かない』というモノのはずだ。乗客が行ったかどうかは関係ない。少なくとも縁はそう見える」
「なんなら管理者サンの故郷とやらにも、いつか行くかもしれないんじゃないの? 何日後なのか何百年後なのかはわかんないけど」
そうか……そういうモノなのか。
でも、それで期待して浦島太郎みたいに百年後の故郷に行っても困るしな……うん、俺はやっぱり二度と帰れないって思って置く方がよさそうだ。
よくわからないが、色々と解決したところで。
混乱から立ち直ったバァクが声をかけた。
『はーい、お二人とも。部屋の準備がもうすぐ出来るんだけど……身一つだったから簡単な着替えとタオル類を配布するよぉ。リネン室に来てくれる?』
「わかりました」
「いってらっしゃーい」
すくっと立ち上がったハハルスさん。
それを見送る道化さん。
『……いや、道化さんも来るんだよぉ!?』
「えっ!? 何で!?」
『えっ、何でぇ!?』
道化さんとバァクはものすごく驚いた。
いやバァクはともかく、道化さんはなんでだ。
「えっ、まさか道化に道化衣装を脱げって言ってる!? 道化から道化を取ったらどうなると思ってるの!? ただのスマイルが残るだけだよ!? お分かり!?」
わからん。
そんな周囲の内心をお察ししたんだろう。
道化さんは大げさに嘆く身振りをした。
「ヒドイわヒドイわ! どうして誰も道化の事を分かってくれないのよっ! 道化がわからせようとしてないからよね! わかってるわよ!」
『わかっとるんかい!』
「ナイスツッコミ! わかってるからちょっとだけサービスで見せてあげるわよ! ちょっとだけよ! チラリするだけよ! ポロリは無いわよ!」
『いかがわしい店みたいなんやめーや!』
サゥマンダー渾身のツッコミを受け流しながら、道化さんは手袋を取る。
そこには……何も無かった。
「え……ええええええええええええええええ!?」
『え……ええええええええええええええええ!?』
「うーん、管理者さんとお嬢さんからイイリアクション。相棒もあれくらいビックリしてくれてもいいんだよ?」
「異世界から召喚したモノならば、さほど珍しくはありませんでしたので」
「ッカーッ! クールなイケオジはこれだからよぉ!」
「安心なされよ道化殿。魔王殿と聖女殿はこれこの通り、目を見開いて驚いておられますからな!」
「相棒より平然としてたニワトリさんに言われてもね!」
ペラペラと喋りながら、道化さんは仮面を外したり靴を脱いだりして中身が空っぽであることを俺達に見せつけた。
……え、どうやって動いてんだアレ?
肉体が無い。服だけが動いている。
脱いだところは何にも触れないみたいだから、透明人間ってわけでもなさそうだ。
「これでわかったでしょ? 道化から道化衣装脱がそうとしないで? 着替えは道化衣装以外は受け付けませーん! 小汚いから洗えってんなら、道化ごと洗濯機に入るから。丸洗いして」
『そんな機能無いよぉ!』
「何で無いのよぉ!」
着てるヒトごと服を丸洗いする洗濯機なんてどこかの世界にあるんだろうか。……あるのかもしれない。
今回の事で思い知ったが、異世界は本当に何でもアリだ。




