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片道異世界特急『リワンダーアーク』  作者: 島 恵奈華


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21/29

021:忠実な囚人の話


「いけません」


 宮廷魔術師団の一員である男性、ハハルス・クロスソードは、もはや口癖のようになりつつある言葉を口にした。


「なんでだよオッサン。この俺がやれって言ってるんだからやれよ!」


 間髪入れずに返ってくるのは理由にもなっていない癇癪。

 子供か。


 もう何度目かもわからない吐きながら、定型句となりつつある注意を始める。


「……殿下、これまで何度も説明しておりますが。『黄金の楔』は唯一無二のアーティファクトであり、国の切り札なのです。気になるから、等という短絡的な理由で使うモノでは……」

「あーうるさいうるさいうるさい! いいからやれ! 命令だぞ!」


 子供か。


 ハハルスはうんざりとした顔を隠しもせずに頭を抱えた。


 無茶な我儘を言うこの王子。もう17才なのだが。来年成人なのだが。どうしてここまで聞き分けが無いのだろう。ハハルスは既に50に届きかけているが、17の頃はこんなにも聞き分けが無かっただろうか。

 ハハルスは所属する国に忠誠を捧げている。その国を治める現王は、王としては平凡だ。際立った賢君ではないが国を傾けるような事もしない。

 そんな王から、どうしてこんな愚物が生まれてしまったのか。


 王妃が出産で命を落とし、唯一の王子であった事が良くなかったのだろうか。

 国教により、王族は跡取りがいるならば側室や再婚を認められていない。これは過去に跡継ぎ問題で国が荒れた事に起因する。

 故にこの王子はよほどのことが無ければ王になる事が決まっている。

 それをこの王子は、生来怠惰な質なのだろう、己の良いようにしか解釈しなかったのだ。


 すなわち、自分は何をしてもいいのだ。と。


「宮廷魔術師団は陛下の命令にのみ従います。殿下の命令には従いません」

「俺は未来の王だぞ!」

「今は違います」


 そして未来永劫違っていてほしい。

 これは宮廷魔術師団全員の総意だ。


 王とて、何もしていないわけではない。

 側近や騎士団、そして宮廷魔術師団からも、この愚物の悪評は余すことなく陛下に奏上されている。今日もまた一件増えるだろう。


 息子の素行があまりにも悪いので、王はとうとう諦めて王子の王位継承権を剥奪しようと動きだした。


 だが、そこに別の愚か者達が待ったをかけたのだ。


 愚かな王の方が自分の思い通りに動かせると思っている輩が、それなりの数で徒党を組んで剥奪に否を唱えた。


 馬鹿か。

 ハハルスは思う。

 馬鹿に馬鹿を足すな。


 思いつきと気分と欲望で権力を振りかざす愚か者を、本当に思い通りにできると言うのなら今すぐやっていただきたい。大人しくさせていただきたい。わざと放置している? そんなわけあるか。アレを大人しくさせられたら、それだけで国中の重鎮の尊敬を一身に集めて国王からの覚えもめでたくなり将来は明るくなるんだぞ。

 今、こうして暴走が野放しになっている時点で輩の思惑通りに進む未来などないのだ。


 輩の言い分はこうだ。


『まだ致命的な事はしていないのから。改善の機会を与えるべきだ』


 馬鹿か。

 ハハルスは思う。


 致命的な事は致命的だから致命的なのだ。

 こっちはそれを未然に防ごうとしているんだぞ、と。




 最近王子が御執心なのは、国で保管しているアーティファクト。


『黄金の楔』


 これはかつて初代国王が神から賜ったモノと言われている。

『国の危機に使うように』という言葉と共に、だ。


 見た目はそのまま黄金で作られた楔。

 これを召喚の魔法陣の中央に配置すると、本来呼べないはずの存在を呼び出す事ができるらしい。


 この世界における召喚魔法とは、一種の契約だ。

 願いと供物を用意して問いかけ、その願いにふさわしい存在が、その供物に納得して応じれば、そこで初めて呼び出す事ができる。


 だが『黄金の楔』はその理を無視するモノだ。

 願いにふさわしい、あるいは余剰に強大な存在でさえも。

 供物を用意せずとも構わずに。

 強制的にこちらの世界へ引きずり出す事ができる。


 それは確かに切り札となりえるだろう。

 だが、召喚魔法に詳しいモノからすれば、あまりにも危険なモノだ。


 供物も無しに無理矢理連れてこられた強大な存在が、大人しくこちらの言う事を聞く道理などないのだから。


 だからこそ、ハハルスは『黄金の楔』なんて絶対に使いたくないのだ。


 それを王子は。

 あのバカな王子は。


『どんなモノが出てくるのか見てみたい』などというふざけた理由で使わせようとする。


 ハハルスは宮廷魔術師団の中で、最も召喚魔法に秀でた魔術師だ。

 それはつまり、この国でも最も召喚魔法に秀でた魔術師と言う事だ。

 だから王子はハハルスに使わせようとする。


 いい加減にしてほしい。


 そんなことをすれば致命的なのだ。

 国を亡ぼすような存在が出てきたら、それはまさしく致命的。

 王子の継承権どころの騒ぎではない。

 そもそも継承する国が消え失せるかどうかという話になるのだ。




 今日も王子はきっぱり切り捨てたハハルスの言葉に怒り狂い「クビにしてやるからな!」と言い捨てて帰って行った。


 それで王子が王位継承権剥奪になるのなら、本気でクビにしてもらって構わないのだが。

 宮廷魔術師団にまで上り詰めただけの実力があれば、どこへ行こうとどうとだって生きていける。

 アレが国の王となった方が命が危ないのだ。というかアレが王になったら最近ちょっと揺らいできた忠義が蒸発する。

 割と本気で。



 * * *



 ──駄目だ。



 荒れ狂う魔力の嵐を必死に制御しながら歯を食いしばりながら、ハハルスが思うのはそんな言葉。



 見つめる魔法陣の中央には黄金色の楔。


 儀式場を見下ろすバルコニーには、さっきまでニヤニヤと嗤っていた、今は腰を抜かした王子の姿。


 共に儀式を行っていた部下達は、全員魔力の嵐に吹き飛ばされ壁際で伏している。



 これほどの愚か者だというのはわかっていた。

 だが、国のアーティファクトは厳重な警備下にある。いかに王子といえども、王の許可無しには持ち出せない。

 だから大丈夫だと思っていた。


 それを持ち出してきたのだから答えはひとつ。

 馬鹿な輩が、警備に手下を送り込んで王子を通した!


 その結果がコレだ。


 100日に一度の、宮廷召喚魔術師による守護獣交代の儀。

 その召喚の魔法陣へ、『黄金の楔』が王子の手によって投げ込まれた。


 この儀式場へ王子を入れたのも同じ輩の仕業だろう。



 ハハルスは、深く深呼吸して覚悟を決める。




 一度走り出した儀式は止められない。


 ならばせめて、呼び出されるモノにある程度の方向性をつけなければならない。




 守護獣召喚のための供物はアーティファクトによって無効とされた。

 願いは王子の『享楽』に差し替えられている。

『黄金の楔』は、その手を世界の外へと伸ばしてしまっている。


 ハハルスは宮廷魔術師団の中で、最も召喚魔法に秀でた魔術師だ。

 それはつまり、この国でも最も召喚魔法に秀でた魔術師と言う事だ。


 その才は『望み通りの対象を呼び出す事ができる』、それに特化している。


 魔力の嵐に、己の魔力を流し込む。

 抗わない。

 そのまま共に回す。


 上書きするにはアーティファクトを凌駕しなければならない、そんなモノは存在しない。

 止められないモノを、妨げようとしてはならない。

 流れに乗り、その流れをわずかにズラす。

 出来る事はその程度だ。

『幸福』にズラすには王子の欲が穢れすぎていて不可能だった。


 せめて、無秩序な『享楽』ではなく、何かしらの法則を──



「……来る!」



 対象は抗っている。

 それはそうだろう、無理矢理引っ張っているのだから。

 それを強制させるアーティファクトの、なんと愚かな事か!


 ハハルスは知っている。

 召喚術を愛している。

 召喚術は、絆が、信頼関係が、何よりも大切なモノだと理解している。


 だからこそ、『黄金の楔』なんて絶対に使いたくなかったのに。


 こんなアーティファクトで、何かを救うことなどできるものか!




 ── パ リン




 軽やかな、境界を越えた音。


 陣の上には、細身の道化衣装が一人。



 魔力はまだ回っている。

 一体では終わらない、複数召喚。

 しかし一体の区切りには到達している。


 ハハルスは今度こそ魔法を止めるために魔力を注ぎ込んだ。


『黄金の楔』が抗う。

 道化が振り向く。

 笑顔の仮面。



 ── バ ギッ



 痛々しい音と共に、『黄金の楔』が砕けた。


 何をしたのか、見えなかった。

 ハハルスは察する。

 今この場においては、あの道化が最も強い。



 その時、重厚な儀式場の扉がぶち破られた。


「クロスソード殿!」


 騎士隊。

 信頼できる部隊だ。


 ちょうどいい。


「儀式場ごと封印を!」


 騎士が息を飲む。

 手には囚人用の魔力封印具。


 それを使えと言っているんだ!


「早く!」


 躊躇いは一瞬だった。


 発動する封印具。


 魔法陣に

 道化に

 そしてハハルスに


 絡みついて全てを鎮める呪いの鎖。



 魔力を使い過ぎたハハルスの意識は、体が倒れるのと共に暗闇へと沈んでいった。



 * * *



 ──罪人:ハハルス・クロスソード


 アーティファクト『黄金の楔』を用いた儀式にて、貴き王族の命を危険に晒した罪。

 国の宝であるアーティファクト『黄金の楔』を損なった罪。


 以上二つの重罪により流刑に処す──






 牢獄で目覚めてすぐに看守から告げられたのはそんな罪状だった。


 『黄金の楔』が壊れた事に慌てた首謀者達は、ハハルスが気絶している間に罪を被せて裁判まで済ませたらしい。

 死罪とならなかったのは、アーティファクトを盗んだ本人ではないとみなされたからだろう。

 持ち出して儀式の間へ向かう道中で散々王子が自慢して歩いていたので、そこは誤魔化しようが無かったのだと看守が教えてくれた。


 まぁ、死罪でないだけ上出来だ。


 あとは、今度こそ割と致命的な事を王子がしでかしたから、この刑ひとつで王位継承権が剥奪されれば……



「『かくして、馬鹿王子が王位を継ぐことはなくなり、国の危機は回避されました。めでたしめでたし』ってかぁ? バッカバカしい、クソくだらねぇ神器ですこと! 巻き込まれた道化はたまったもんじゃございませんけどぉー!?」



 考えていた事とと大体同じ事を罵倒付きでまくし立てられて、ハハルスはそちらへ目をやった。


 同じ檻の中で、木板の手枷だけのハハルスとは違い、封印の術式ごと簀巻きにされているのは例の道化だ。



「まったくよぉー! どー落とし前付けてくださるんですかって訊いてんだよおらぁー!?」



 笑顔の仮面に実によく似合う白々しい喧しさ。


 ハハルスはその道化に近づき、横に膝をついて……深く深く、頭を床に擦り付けた。


「召喚してしまい、誠に申し訳なかった」

「ほ?」


 道化は驚き、唯一自由に動く首を傾げた。


「お前さんが謝るの? 首謀者があの王子なのは神器の願いで把握してっけど?」

「それでも、私が願いの方向性を逸らした結果として貴方が呼ばれている。ならば、私にも半分責任はある。許してくれとは言えない。だが、どうかこの世界には手を出さないでくれまいか。何か望む事があれば、私が可能なだけ叶えさせてもらうので、どうか」


 ハハルスは頭を下げたまま動かない。


 道化はそんなハハルスをしばし眺めて、やれやれといった雰囲気で息を吐いた。


「……いいだろう。条件付きで許してやろう」

「条件?」

「そう、条件」


 道化は高らかに宣言する。



「お前が、道化を元あった場所へ戻す事」



 道化はふざけた白々しさを消して言う。


「お前たちは、道化の根幹を連れてきてしまった」

「道化は同胞と共に在らねばならない」

「道化が共にあらねば、52の同胞は身動きが取れなくなる」

「責任を気にするのならば、お前が責任を取って返せ」


 道化が言う事は最もだった。


 願いが終われば返す。

 それは召喚術の基本である。


 ただ、『黄金の楔』はその基本さえ無視してしまうというだけ。

 既に『黄金の楔』は失われて、道化の元居た世界がどこなのかさえ、わからなくなってしまっているというだけ。


 だが……



「承知しました」



 どうせ流刑だし、ちょうどいいとハハルスは思う。


 親も妻子もいない身の上。

 人間関係など、王に宮廷魔術師となったモノが忠誠の証として揃いで賜る『クロスソード』の名と、職場の同僚くらいだ。


 国から出されるのならば、いっそ世界からいなくなった方が、後腐れもないだろう。



 躊躇わずに答えたハハルスに、道化はケラリとひとつ笑った。


「うん、いいお返事。なら契約は成立だ。道化も召喚されたモノとして、できるだけ手助けはしようじゃないか」

「ありがとうございます」


 ハハルスは知っている。

 召喚術は、絆が、信頼関係が、何よりも大切なモノだと理解している。

 ハハルスの誠実は道化に届き、忠実であるが故に忠義を捨てる。

 ただそれだけの事。



「道化の居場所は『パンドラボックス』の『秩序領域』だ。よろしく頼むよ、相棒殿」

「……相棒などと、よろしいので?」

「運命共同体だろぉ?」

「では、ありがたく」



 * * *



 かくして、忠実な囚人の刑が執行される日がやってきた。


 流刑である。


 城の裏手の海に、ハハルスと道化、そして王と神官、さらにはハハルスの同僚や騎士達が形式通りにズラリ出揃った。


 だが、通常の流刑と違った点がいくつかあった。


 ひとつは、今回の一件の元凶たる王子が、ニヤニヤと嗤いながら現地へ見物にやってきている事。


 そしてもうひとつは


「……では、此度の刑に置いて。罪人:ハハルス・クロスソードへ、これまでの献身に伴なう王からの慈悲として、罪人当人が行う魔術により異世界へ渡る事を許します」

「はぁあ?」


 情状酌量の余地として、王はハハルスの願いを聞いてくれた。

 優秀な召喚術士は、自らの力でもって異世界へと去る事を望んだのだ。


 これに不満の声を上げたのは王子であった。


「なんだよそれ。俺はコイツが無様に泣き喚きながら追い出されるのを見に来たんだぞ? そんなつまらない事許さねぇからな!」


 流刑に王子の許しなど必要ない。

 そもそも、これだけの事をしでかしておいて、何の反省もしていないのか。


 ハハルスは王を見る。

 王は苦し気な顔で目を伏せた。



 それでハハルスは理解した。

 王は、この刑を持ってしても王子に廃嫡の王命を下す踏ん切りは付けられなかったのだ、と。

 馬鹿な輩を一喝し、黙らせることはできなかったのだと。



「なんとまぁ」


 呆れたような道化の声で、ハハルスも踏ん切りがついた。


 木板の手枷がついたまま、ハハルスは詠唱を開始する。

 足元に、魔法陣が展開される。

 王子がまだ駄々をこねているが、完全に無視した。


 呼びよせないので供物はない。

 ただハハルスと道化が行くべき世界へ繋ぐだけ。


 願いを籠める。



 どうか、道化の居場所へ繋がりますよう。

 だが、アーティファクトが無い今、そこへ直接繋ぐ事は難しいだろう。

 なれば……どうか道化の居場所へ辿り着く事が出来る場所へ繋がりますよう。



 願いは籠められ、魔法陣が輝き……そしてぐにゃりと形を変えて、光の格子模様を地面に描いた。




 ──《まもなく、列車が到着いたします》




 虚空から、男の声がした。


 ハハルスは、術が完全に己の手を離れた事を知る。




 ──《停車要請地点を確認。周辺を一時的に置換します》




 光の格子を埋めるかのように、砂浜に石畳が敷かれた。

 王が、騎士たちが、同僚が騒めく。



 本来なら、繋いだ世界にこちらが引っ張られる。

 世界へ向かうのだから当然だ。


 だがこれは。


 縁を繋いだ世界の方がこちらへ向かって来ている!




 ──《閃路接続。フェードイン開始。南西より、片道異世界特急『リワンダーアーク』が到着いたします》




 石畳の上に、梯子を横たえたような光の線。

 その線が、空へと延びる。


 延びた先、その空が、凄まじい魔力の渦と共にグワッと口を開けた。


「っ、攻撃魔法! 詠唱!」


 騎士隊長の命令。

 それを聞いた道化が、板の手枷を軽々と引きちぎって肉迫し、命令を発した騎士隊長をぽーんと遠くの砂浜へ放り投げた。


「やめときな。アレは道化と相棒のお迎えだ!」


 指揮者を投げ飛ばされた騎士は即座に武器を道化へ向ける。

 しかし、斬りかかるのは躊躇われた。

 遠くで起き上がる騎士隊長は明らかに加減されていて、危害を加える意思が見えない。

 しかもアーティファクトで呼ばれた得体のしれない召喚だ。そも危害を加えるべきなのかがわからない。


 迷っていると、甲高いような、腹に響くような、低い笛にも似た音が鳴り響いた。



 空の穴から、金属で出来た馬車を連ねたようなモノが現れ、走ってくる。



 円柱型の先頭には煙突が付いていて、そこから黒煙を吐き出しながら。足元の車輪に白煙を纏わせて。

 前方の下部についた三角の檻のようなモノは、立ちはだかるモノを全て薙ぎ倒しそうだ。


 壁は海の青。

 屋根は森の緑。

 煌めく白と黒の線。


 それは光の線をなぞるようにして、風と共に走り寄り。

 ゆっくりと速度を落として、ハハルスの前で止まった。




 ──《到着時刻、予定より遅延無し。片道異世界特急『リワンダーアーク』が到着いたしました》




 プシュッと風が抜けるような音を立てて、たくさん並んだ扉の内の一つが開く。


 現れたのは、やたらと魔力が高い黒髪の男。


「異世界行きを希望したのは誰だ?」


 誰よりも早く返事をしたのは道化だった。


「はいはーい! 道化と相棒ですよっと!」


 取り囲む騎士を、助走無しの垂直飛びで跳び越えて。

 道化はハハルスの肩を叩きながら手を上げる。


 黒髪の男はひとつ頷き、ひとつ問う。


「これは片道異世界特急だ。様々な世界を渡る乗り物だが、出発すれば二度とこの世界には戻れない。それでも乗るか?」


「望むところ」

「オッケーオッケー!」


「では乗れ」


 道化は嬉々として黒髪の男が場所を開けた所から乗り込んだ。


 そしてハハルスは、一度立ち止まり振り返った。



「陛下。『クロスソード』の名、お返し申し上げる」

「っ、それは」

「お返し申し上げる」



 それは静かで、しかしとても力強い言葉だった。

 覚悟、決意、責任、そして失望と決別が込められた言葉だった。


 その言葉を受けた王は、強い悔恨に拳を握りしめて俯く。

 だが、もう遅いのだ。


「……では、師団長、皆、今までお世話になりました。どうか息災で」


 忠実な男の、簡潔な別れの言葉に、関わりの深かったモノ達は敬礼でもってそれに応えた。

 本来、罪人に向けてはならない敬礼であった。


 それでようやく、ようやく遅すぎる踏ん切りがついたのだろう。


 ハハルスが乗り込むのと同時に、王の叫ぶような声が上がる。



「今、この時をもって! 我が息子の王位継承権を剥奪し、廃嫡とする! これは王命だ!」

「え……なっ、はぁあ!?」



 青天の霹靂といったような元王子の悲鳴。

 だが、ハハルスは振り返らない。

 ハハルスにはもう遅すぎたのだ。

 他のモノには、どうだろう? まだ彼らに忠義はあるのだろうか。

 だがハハルスは、既にそれを慮る立場ですらないのだ。


 唐突に全てを失った元王子は散々喚き脅し叫んでいたが、王の変わらぬ態度に決して覆らぬと理解したのだろう。


「み、認められるかよ、ふざけるなよ、こんな……そ、そうだ! なら! 俺もその乗り物で異世界に行くよ! ただの平民になるより、よっぽど楽そうだ!」


 乗客の間から垣間見える乗り物の内装が、見た事の無い煌びやかで豪華なモノだったから。

 元王子は下卑た笑みを浮かべて入口へと駆け寄った。


 だが、その体は海の青色の車体に触れる事すらできず、光の膜のようなモノに弾かれる。




 ──《当該車両は、乗客及び車両に『悪意』を持つモノは乗車できません》




 再び風の抜けるような音を立てて、扉が閉じる。


 耳障りな元王子の声も、何も聞こえなくなった。




 不思議な乗り物は走り出す。

 光の道を駆け上がり、空を走り、そして世界から立ち去った。



 忠実なるハハルスは、二度と、戻らない。




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