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020:乗客コミュニケーション -文明の利器編①-


 それはどこの世界にも属さない、便宜上、狭間と呼ばれる概念での事。

 狭間には時間の流れも無いのですが、片道異世界特急『リワンダーアーク』と呼ばれる魔導列車は調整可能な固有の時間を持っています。

 その中での、ある日の事です。


 しゅっぽしゅっぽと走るその列車の食堂車にて。

 たった四名の乗客一同が、ひとつのテーブルを囲んでおりました。


 テーブルの上には四つの端末、そして小さなバクのぬいぐるみのようなモノ。


 端末というのは、どこぞの世界の日本で『スマホ』等と略して呼ばれるモノに近い物体です。

 これを作った世界での商品名や通称などもあるにはあるのですが。ちょっと商標とかその他諸々の権利の関係があるので、列車を管理するAI達はそれを呼ぶことができず。結果としてその世界から離れた今は『端末』という呼び方が正式名称となってしまったのでした。


 ぐるりテーブルを囲んでいるのは、そんな事情は露知らぬ面々。


 一人目。

 どこぞの世界から乗車した、魔王。

 魔王らしいのは見た目と力の強大さと口調だけという彼は、魔王っぽくない少年のような好奇心に満ちた目でテーブルの上の端末を見ています。


 二人目。

 どこぞの世界から乗車した、聖女。

 見た目や言動は聖女そのものなのですが少々肉食系の気がある彼女は、『楽しそうな魔王様かわいい』と書いてあるようなニコニコ顔で座っています。


 三人目。

 厳密に言えば、一柱。

 先日適当な狭間から無造作に乗り込んできた、ニワトリの神。

 彼は『実に興味深い』といった様子で目の前の端末をしげしげと眺めています。


 四人目。

 魔法使いの船から乗車した、魔法使いの少女。ティール。

 彼女は『どうしてこの面子にアタシが混ざってるんだろう?』という内心が滲み出ているような遠い目をして、椅子に座ってぷるぷるしています。

 彼女の使い魔の虹色にメタリックなキューブは、そんな彼女を慰めているつもりなのか、彼女の肩に座って短い棒状の手で肩をなでなでしています。

 なお、使い魔の名前は見た目の四角さのインパクトが強すぎて、そのまま『キューブ』となりました。


 全員揃って落ち着いたのを見計らって、テーブルの上の小さなバクのぬいぐるみがぴょこんと立ち上がりました。


『はぁい。皆、今日は集まってくれてありがとぉ』


 話し始めたのは、寝台車管理補助AIのバァクです。

 バァクは前の旅で小さい子供達と接する機会が多かったので、ホログラム投影の他に、物理干渉が可能なボディを持っています。そのひとつがこのぬいぐるみです。寝台車のテーブルへは、クィンビビーのドローンに連れてきてもらいました。


『今日は皆に端末を配布するから。コレがどういうモノなのかと、使い方を説明するねぇ』


 まず始まったのは、ちょっとしたお勉強の時間。



 この端末というモノは、そもそも一番最初は、遠くにいるヒトとお話をするためのモノでした。


 昔々、列車を作ったヒト達の世界で発明された、離れた相手と会話をするための魔法。

 それはやがて『離れたところへ行き来する魔法』と『常時設置して好きな時に発動し離れた相手と会話する魔法陣』とに分岐しました。


 その魔法陣の方が、携帯するため紙に書いたり、それをより丈夫にするために金属板へ刻んだりして、小さく持ち運びされるように進化していきます。


 やがて魔導機械が発達し、機械の中の処理だけで魔法を発動できるようになると、『離れた相手と会話するための魔導機械』が作られました。

 魔法陣だけでも話はできて安価ではあるのですが、機械に組み込む事で、音量・音質の調整ができたり、通話相手を登録して簡単に選ぶことができたり、相手からの呼びかけに応答できなかった時に機械が対応してくれたり、それらの送受信を履歴として残す事ができたり、というように便利な機能がとても増えたのです。


 これがその世界における一番最初の端末でした。


 どこでもお話ができるのは便利なので、端末はどこへでも持ち運ばれる必需品のようになりました。


 そうして使っていると『どこでもお話はできるけれど、どこでも声を出していいわけではない』というジレンマが出てきました。ヒトが増えた社会では、そういう事がままあります。

 なので、文字だけでやりとりが出来るメール機能が追加されました。


 これはいい。

 誰もが思います。


 どこでも持ち歩くモノは、それなりにたくさんあります。

 そしてこの端末は魔導機械なので、それらの代わりとなる色んな機能を詰め込もうと思えば詰め込めるのです。


 魔導機械を作る会社は、こぞって機能を追加し、誰が一番人気な端末メーカーになれるかを競い始めました。


 大きな計算も素早く行ってくれる電卓機能。

 簡易な治癒魔法が発動できる応急手当機能。

 手帳代わりのカレンダーと予定表機能。

 危険から身を守る簡易シールド魔法を展開する防御機能。

 いつでも思い出を残せるカメラ機能。

 好きな曲や歌をいつでも聴ける音楽再生機能。

 詠唱無しで簡易なバフをかけられる補助魔法機能。

 ちょっとした暇をつぶせるゲーム機能。

 等々。

 等々。


 どこかの会社が追加した機能は、やや遅れますが他の会社も真似をします。

 そうして世界中の皆でアイデアを出し合うかのようにして、端末はどんどん多機能で手放せない便利なツールとなっていったのでした。



『それが、コレでーす』


 色々詰め込み過ぎて、最初の目的がなんだったかわからなくなってしまったような魔導機械。それが端末です。


 魔王と聖女とニワトリ神は「おおー」と立派な城でも見上げているかのような反応をしました。詳しい仕組みとかは全然わかりませんでしたけど、これが長い年月で改良され続けた凄いモノだという事は伝わったのです。


 対照的に、ティールは両手で顔を覆っていました。

 ティールは魔法関係の研究機関からやってきたのです。

 この四名の中で、誰よりも端末の凄さを理解してしまったのです。


 彼女の乗っていた魔法使いの船は、こと魔法に関しては素晴らしいモノでした。

 魔法だけならば、この列車よりもずっとずっと先を行っています。機械の技術無しでこの列車と似たような異世界航行の機能を持っているのですから、それは明白です。


 ですが、こと機械に関してはこの列車の足元にも及びません。

 機械の中の処理だけで魔法が発動するとか、意味がわかりません。

 だって彼女にとって、『遠くのヒトと話をする魔導具』というのは、まさしく『紙や金属に遠隔会話の魔法陣を刻んだモノ』だったのですから。


 別にどっちが良いとか悪いとかの話ではありません。

 ただ、ティールは『どうしてこの話を聞いているのがアタシなんだろう』と思ってしまうだけです。

 故郷の船の、あのヒトやあの教授なんかが聞けば、それはそれは喜んだだろうと思ってしまうだけです。

 別にこれもまたひとつの運命なので、彼女が気に病む事など何一つないのですが。生来ついつい周りを気にしいな性質の彼女は気にしてしまうのです。苦労人です。



『じゃ、実際に操作してみようか!』


 バァクの一声で、四名が恐る恐る自分の前の端末を手に取りました。


『まずは起動スイッチの押し方からねぇ』


 誤動作を防ぐために、ちょっと長押ししないと起動しません。

 とても薄い板の側面についているとても小さいスイッチなので、うっかり壊してしまわないよう各々力加減を確かめながら起動しました。


 生き物がゆっくり目覚めるように、端末もゆっくり起動します。


 そこからバァクの指示通りに使用者登録と個人設定を済ませ、画面の見方や基本的な操作方法を教わります。


「……力も入れずに触れているだけなのだがな。この、ガラスの向こうでスイスイと絵が動くのは、不思議だ」

「これがカメラ機能ですわね。魔王様、こちら向いてくださいませ」

「え、待って、本当にポンって触っただけで支援魔法がかかった。何で??」

「この予定表とやらは便利ですなぁ」


 わいのわいのと賑やかに、端末講習会は進みます。


「そういえば、ミチユキさんは講習会いないけど、大丈夫なの?」

『管理人さんは元々これに近いモノがあった世界のヒトだから。オイラが何も説明しなくても理解してたから大丈夫』

「へぇ、そうなんだ」


 機関車両管理AI兼管理人の道行は、自分のいるデジタルな場所にくつろぎ空間ができた事もあり、『バーチャルスマホ』と呼べるようなモノを用意して使うようになりました。

 操縦スペースの大量の画面にプライベートなモノを混ぜるのは、ちょっと気が引けたようですね。

 処理する場所は同じなので、単純に気分と操作性の問題です。



 さて、そんな風にティールが諸事情でちょっと気にしている道行へ意識が向いた時でした。


 ティールの肩に乗っていたキューブが、ぴょんと肩から降りて、ティールの手元へ向かい、ティールが持っていた端末を……食べました。


『えっ』

「おい」

「あら」

「おや」

「ちょっ! ええーっ!? 何っ!? キューブ! ペッしなさい! ペッ!」


 モグモグはしませんでした。丸飲みです。

 パクリとくわえて、シュルンと吸い込み、ズムンと音がしたと思ったら、もう端末は跡形もありませんでした。

 キューブはけろりとしています。


『……口あったんだ?』

「アタシも今知った! っていうか大きさおかしいでしょ!? 端末アンタより大きかったじゃない! なんで飲み込んで大きさ変わんないのよー!?」


 突然の事にうろたえる面々。

 当のキューブは、慌てる事も苦しがる事も無く、何かを考えるかのようにしばし静かに立っていた……と思った次の瞬間。


『『キューブ』と呼び掛けて、『メニュー画面を開いて』と言ってみましょう』


 キューブから、知らない女性の案内音声が響きました。


 凍り付くテーブルの空気。


 最初に立ち直ったのはバァクです。


『……今の、これから教えようとしてた音声操作のガイダンスだねぇ』


 バァクはティールの方を向いて『言われた通りに言ってみて?』と首を傾げます。


 ティールは、恐る恐る言いました。


「えっと……キューブ、メニュー画面を開いて?」


 次の瞬間、キューブが変形しました。

 身体のサイズが端末と同じになり、端末と同じように広い面にディスプレイが映し出され、そこには端末と同じようにアプリのアイコンが並ぶメニュー画面。

 端末と違うところと言えば、起動スイッチが無いこと、画面の上の方にキューブの目が、そして下部にキューブの棒のような足が生えていて自立している事くらいでしょうか。


 ティールは恐る恐る先ほどと同じように画面に触れました。タップもしてみました。

 キューブは端末として、問題なく動作しました。


 優秀で柔軟なAIであるバァクは、その様子を見て頷きました。


『合体しただけで、大丈夫そうだね!』

「なんでー!? なんでアタシの端末だけこんなことになっちゃったの!? なんでアタシの使い魔は機械と合体なんてしちゃったのー!?」


 運命とは不思議なモノです。


 念のためにとキューブを抱えて医療車に駆け込んだティールでしたが、『異常無し』『端末分離不可』のスキャン結果を返されて、しおしおと食堂車に戻ってきたのでした。



 * * *



 さて、そんな感じで何事も無く賑やかに進む端末講座。


 そこへ、ポーン……と音がして、車内放送がかかり、機関車両管理をしている道行の声が聞こえてきました。



《御乗車の皆様へお知らせいたします。先程、予期しない世界の補足を確認しました。当車両リワンダーアークが検索を行っていないため、世界の側からの干渉となります》



 予期しない世界の補足。

 それは列車が行き先を探していないにも関わらず、どこかの世界が行き先の候補に勝手に上がって来た現象を指します。

 ようは、特定の世界に呼ばれている、引っ張られている状況です。



《当車両は、救援要請の可能性を鑑みて、該当世界をそのまま目的地として確定します。危険性が高いと判断した場合、即時離脱いたしますのでご安心ください。到着予定時刻は、明日の13時27分を予定しております》



 そのまま誘因に応じる旨を伝えると、放送は終了しました。


「ふむ、明日の昼ならばそう焦る事もあるまい」

「このまま続けても大丈夫そうですね」

『そーだね、今日の予定分はあとちょっとだし、やりきっちゃおうか』

「承知しましたぞ」

「えっ、えっ、続けるの? ってか皆、すごい普通に流した?」


 初めてのお知らせ放送にうろたえるティール。

 そんなティールを安心させるように、魔王は落ち着いた様子でひとつ頷きます。


「ミチユキは、危ない時は危ないと言うからな。あの内容ならば問題なかろう」

「ええ……そういうもの?」

「そういうものだ。おそらく、この列車ではこれが日常になる」

「そ、そっか」


 こういうもの、と言われてティールもなんとか飲み込んだ様子。

 そんなやりとりを見ていたニワトリの神様は、ぺしりと羽を打ち合わせてひとつ提案をしました。


「不安でしたら、何かしていた方が気も紛れましょうぞ。見た所、ティール殿は緻密な魔法の操作に秀でている御様子。この端末講習が済みましたら、そちらの魔王様と聖女様に、魔法の指南などされてはいかがですかな?」

「あら、教えていただけると嬉しいですわ!」

『そうだねぇ、オイラ達AIは魔法に関してはヒトに教えられないし』

「うむ、是非頼みたい」

「え、え、ア、アタシでいいの?」

「他におらぬ」

「あぅあぁ~」




 わいわいと、ほのぼのと、乗客達のひとときは過ぎていくのでした。





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