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002:Re


 護衛を引き連れた老齢の男が格納庫へ入ると、作業員達は皆一斉に敬礼をした。

 微笑んで頷き、作業を続けて欲しい旨を伝えれば彼らはまた手元へ意識を戻す。


 大型魔導列車の車体が並ぶ格納庫は、光源が十分にあっても影が多く、独特の空気に満ちていた。


 老人は目を細めて、ゆっくりと杖をついて歩きながら車体を眺める。


 ここは使命を成し遂げた車両の格納庫だ。

 そして老人も、ようやく役目を終えて、その節目としてここへ来た。


「解体はいつからだったかな?」

「来月です。M01のみ博物館へ寄贈して、後は希望予約者に一部の部品を贈る他は資材に戻します」

「そうか……」


 老人も、その護衛も、作業員達も、皆が万感の想いで車両を見上げた。

 万が一があれば使う事もあるかもしれないとしばらく保管していたが、ここまでくればもう大丈夫だろう。

 そうなれば、この車両はあまりにも維持費がかさみすぎる。

 解体となるのは当然の流れだった。


「感慨深いものだね……」

「ははっ、当の本人達はケロッとして次の任務に就きましたけどね」

「ああ、車両の管理AI達は優秀なだけあって大型運送船への適応も早かったね、実に助かっているよ」

「ありがとうございます。閣下にそう仰っていただけると開発も喜びます」

「もう引退したんだけどねぇ」


 これまでの日々を、そしてここでの日々を思い返せば、胸の中は幸福感に包まれる。

 明日がどうなるかもわからない状況だったなんて、生まれたばかりの子供たちには大人になっても信じられないだろう。


 そんな、穏やかな空気が流れた時だった──



《警告、『Wander Ark M03』がスケジュールに無い再起動を開始しています》



 格納庫に流れた機械音声のアナウンス。


 M03は、ちょうど今、老人が真横に立っている車両だ。

 護衛の動きは早かった。

 老人を該当の車体から、しかし他の車体に近づき過ぎない位置へと下げて武器を構える。



 直後、M03の車体魔導ラインにキラリと虹色の光が走る。



 老人は信じられない想いでそれを見ていた。


 それは何年も前の完成起動式典にて、皆で嬉し泣きをしながら見た光だった。

 そして二度と見られないはずの光だった。


「M03再起動しました!」

「管理AIに確認しろ! 担当!」

「してます……返答来ました。M03担当含め、元Wander Ark管理AIは車両への干渉を否定! 権限も放棄状態のままです! ネットワーク管理AIからもM03へのオンライン干渉は無しと確認報告が来ています!」

「馬鹿な! じゃあなんで再起動してんだ!? 魂が無い体みたいなもんだぞ!?」


 混乱する作業員達。

 警戒を緩めない護衛達。

 だが老人は、『魂が無い体』という言葉から、周囲が聞いたら呆れられるような真実に一足飛びで辿り着いた。


「……魂が、入った?」



《警告、『Wander Ark M03』へ、格納中の他Mシリーズ魔力貯蔵タンクから魔力移譲が開始されます》



 M03の側面に魔法陣が浮かび上がる。

 そしてそれに応じるように、ずらり並んだ他Mシリーズにも同一の陣が輝いた。

 解体まで現状維持とされていたタンクの貯蔵魔力が、全てM03のタンクに集められていく。


 老人はかつての立場上知っていた。

 それは、有事の際に他車両からフォローを行うための互助装置だ。


 管理AIの不在により拒否が無かっただけかもしれないが、彼の眼には、まるで兄弟車両達がM03に全てを託し、送り出す手助けをしているかのように映った。



《警告、『Wander Ark M03』がオートメンテナンスを開始しています》



 格納してそれなりの年月が経っている。

 相応にくたびれた様相の車体が、組み込まれたリカバリーの自動魔法で蘇っていく。


 煙突のついた、蒸気機関車らしい輪郭。

 マリンブルーの車体と森林のような緑の屋根が、艶を取り戻して輝いた。

 車体表面に走る魔力ラインは安定稼働を示す白と黒の二色で落ち着いている。


「……信じられない」

「シ、システムオールグリーン。管理AIが取り外し済みな事を除けば、完全に正常稼働です」



《警告、『Wander Ark M03』がフェードアウトシステムを起動開始》



「どこへ行く気だ……」

「ど、どうします!? 破壊して止めますか?!」


「行かせてやりなさい」


 静かに告げた老人の声に、その場の者たちが勢いよく振り返る。


「閣下!?」

「大丈夫。責任は私がとろう」

「し、しかし……万が一外部からの干渉だったら」

「もう『余所』なんてありはしないのに?」


 どこか面白がっていそうな疑問符に、作業員達は反論も浮かばず口を閉じた。

 言葉を発した当人の目が、あまりにも少年のようにキラキラと輝いていた事もある。



「我々は異世界への移住という一世一代の大仕事を成し遂げた」



 老人は護衛を制して一歩前へ出る。

 Mシリーズに武装は無い。線路に沿ってしか動かない機関車の側面にはそれほどの危険は無い。



 かつての世界は、故郷は滅びに瀕した。


 それは星ひとつという単位ではない。

 宇宙が、その外側さえも丸ごと滅びてしまう、そんなどうしようもない世界の終わり。


 手の施しようがないとわかった時点で、各国はそれぞれが異世界へ避難するための移民船を用意した。

 このWander Arkシリーズは、老人が当代のトップを務めた国の物。


 世界からの脱出こそ各国が互いに技術提供を行い世界が一丸となって協力したものの、まとまりがあるようで無かった国々は、脱出後は各々が理想の世界を求めてそれぞれ別々に旅立っていった。

 老人の国は、故郷の環境に近く、知的生命体が存在せず、最低一万年以上の安定が見込める世界を探した。

 だからこの入植地には、隣国という物が無い。スパイの存在はありえない。敵性存在感知レーダーも反応していない。


 じゃあ今のM03の状態はなんだと訊かれたら、それはさっぱりわからないのだけど。



「最大の功労者であるWander Ark達が、兄弟を一人だけでも旅立たせたいと言うのなら、そのくらい、許してやってもいいじゃないか」



 様々な異世界を渡り歩いて、色んなものをたくさん見てきた。

 常識どころか、文化や法則がまるで違う世界をいくつも見てきた。


 その中で思い知ったのは、不思議は、不可思議は、思っているより身近で簡単に起こりえるのだという事。


 奇跡はいつだって、こちらが手を取るのを待っている。


 ……それはつまり、こちらがチャンスを逃してしまえば、奇跡は起こらないという事だ。



「もしかしたら、どこかの世界で我々のような誰かが、脱出の機会を求めているのかもしれない」



 幾人かが息を飲んだ。


 世界が終わると知った、その恐怖を知っている。

 新たな世界で命を繋げられると知った、その喜びを知っている。



 ──もしも誰かが、M03を呼んでいるのなら。



「無数の世界のどこかで、我々と同じ災害に見舞われている誰かが助かるのなら、解体予定の車両を一台寄付するくらいなんてことないだろう?」



 戦車が暴走しているならともかく、武装の無い機関車なのだし。



《『Wander Ark M03』の管理AIが既定数の車両接続を申請》



「……許可する」

「チーフ!?」

「農耕車の解体費だけ馬鹿みたいに高いから他車両の資材分とトントンくらいになるだろ。……責任取っていただけるんですよね?」

「任せといてよ」


 管理AIを名乗る何かが何なのか、気にならないと言えば嘘になる。

 技術者としては、原因不明のエラーとして確保し、徹底的に調べなければいけない場面なのだろう。

 けれど、誰もが老人の判断を信じた。

 異世界移民という偉業を成した指導者の直感を信じたのだ。

 こういったイレギュラーに相対した時、何度も何度もそれに助けられたから。


 主任の許可を受けて、格納庫のシステムが大きく動く。

 M03の後部空間を開けて、寝台車、冷蔵冷凍車、食堂車、農耕車、医療車、工作車、貨物車……その他、異世界移民に必要とされた規定で定められている車両が他の格納庫から召喚され連結されていく。

 二両目から順にオートメンテナンスが適応され、マリンブルーとフォレストグリーンの列車が完成した。


「……懐かしいな」


 M03は、すっかり在りし日の姿を取り戻した。


 それなりに長い年月、これに乗って過ごしていた。

 理想とする世界は、そう簡単には見つからなくて。

 列車の旅の最中に生まれた命もあった。同じように、死んだ命もあった。流れゆく人々の営みを支え続けた、流星のような小さな世界。

 長い長い旅の間、Wander Arkは確かに彼らの第二の故郷だった。


 そして、第三の故郷に根付いた今、役目を終えるはずだった。



「いきなさい」



 老人が、杖の金属部でガツリと車体の表面を削る。


 側面部の車名、『Wander Ark M03』の頭に、『Re』の文字を。



 もう一度、と──



「お前の旅路が幸多いものとなることを祈っているよ」



 ガコン、と、重い音を立てて車両が前進を始める。



「警告切ります」

「正面開けろ! ぶち破られるぞ!」



 ガラガラと音を立てて開かれる格納庫の扉。

 差し込む陽の光に目を細める。

 広がる青空。

 心地良い風。

 絶好の、出立日和だ。



 M03は徐々に速度を上げながら、格納庫から出立する。



 見送る者達は、皆自然と敬礼をしていた。


 何故行くのか、何処へ行くのか、何もわからないけれど。

 自分たちの最高傑作は、きっとどこかで誰かを救うのだと信じて疑わない、誇りに満ちた表情で。



 ──深く軽やかに響く、汽笛が鳴る。



 別れの挨拶のような音と共に、煙突から黒煙が吹きあがった。

 高濃度の魔力反応の残滓。

 それを中和するために、車体の下部から白い浄気が溢れ出す。


 格納庫前の敷地で途切れている線路を延長するように、半透明の光の線路が組み上げられた。

 道無き世界と世界の狭間を自由に進むための魔法。閃路敷設。


 天に向かって、角度をつけて伸びたそれをM03が駆け上がる。

 木を超えて、屋根を超えて、もっともっと高い空へ。


「あんな風に空を走ってたんですね」


 小さくなっていく車体を見ながら、誰かがぽつりと呟いた。

 長く一緒にいたけれど、いつも中に乗っていたから、こんな風に見上げるのは初めての事だった。


 M03は、Wander Arkは片道異世界特急だ。

 故郷を捨てて、新天地を探すための移民船。復路は必要なかった。

 よって行き来を想定していない、戻る機能が無い、ただただ見知らぬ新天地へ向かうだけ。


 だから、もうM03とは二度と会えない。

 二度とここへは帰ってこない。



 ──二度目の汽笛。



 空高く上がったM03には、ようやく安定したばかりの真新しい街並みが見えている事だろう。

 Wander Arkの終点駅であり、Re Wander ArkとなったM03の始発駅。


 きっと汽笛はその街に響いただろう。

 そして耳に馴染んだその音に、誰もが空を見上げただろう。



 先頭の機関車両の先端。円柱状になったその先端の丸い部分に魔法陣が力強く輝く。


 魔力が凝縮される。


 進行先の空間が歪む。

 渦を巻いて、空がトンネルのように開かれる。



 ──世界からの、フェードアウト



 Re Wander Ark M03は、真っ直ぐに、速度を落とすことなく、世界の外へ駆け抜けていった──



 * * *



「……さぁ、今夜は徹夜だぞお前ら」

「ですよねー」

「知ってた」

「絶対原因わかんないやつだよこれ」

「閣下もですよ。各種関係者への連絡お願いしますね」

「わかっているとも……ああ、原因究明は魂関係に詳しい術士に協力を要請した方がいいと思うよ」

「ありがとうございます。閣下も、できるだけ穏便に済ませたいならさっさと記者会見開いた方がいいですよ」

「やっぱり?」

「判断下した英雄の口から説明するのが一番納得できますからね」

「あとはM03の部品予約してた人たちに閣下が直接詫びの品配ればいいんじゃないです?」

「引退したのになぁ」

「引退してるのに責任取るとか言っちゃうからでしょうが」


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