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019:三船 道行 -ニワトリヒッチハイク-


「じゃ、今回のミーティングはここまで」

「おつかれさまデス……時に管理者サマ。参考までにお伺いしたいのですケド。管理者サマはコチラにいらっしゃる前に恋人等いらした事はございましテ?」

「俺?」

「あ、また始まったぁ」

「出よったぞ、お嬢のコイバナ病が」

「病?」

「病?」

「マンドラゴンとペンギニーは座ってぇな。ソッチの業務とは関係あらへんから」

「ビビーはねぇ~、恋のお話が好きなんだよぉ~」

「へぇ~」

「で、どうなんですノ?」

「まぁ学生時代には人並に片思いもしたけどなぁ。それだけ。生憎と恋人まで行った相手はいなかったよ」

「あら、意外ですワ。管理者サマ優しいお方なのニ」

「全力でモブだったからな。そういう対象として見てもらえた事が無かったって事……自分で言ってて悲しくなってきたな」

「ダイジョーブやって! これからエエ出会いがあるかもしれへんやろ?」

「今の俺、機関車なんだけど?」

「ソコがイイ! というお方もいらっしゃるかもしれなくってヨ!」

「特殊性癖にも程があるだろ……」


「ところで、今のお話は他の方に参考として伝えてもよろしくテ?」

「ん-、何の参考にもならんと思うけど……俺の名前出さなきゃ別にいいよ」

「ありがとうございマス」



 * * *



 ティールの生活に問題が無いか確認するため、二、三日を目安に狭間を流し運転していた時、それはやって来た。



 ──未確認漂流神発見



「なんて?」


 つい最近の未確認移動物体もどうかと思ったのに。

 今度はなんだって?


 未確認の、神?


 確認する間もなく知覚範囲ギリギリ辺りで線路に乗り出した人影のようなモノが見えたから、俺は慌てて列車の速度を落とした。

 急いで補助AI達に召集をかける。


「……どう思う?」

「どうもなにも」

「ヒッチハイクだよねぇ、アレ」


 そう、ヒッチハイクだった。


 線路に乗りだしているのは、ゴツい数珠玉みたいな長い首飾りを身に着けて、それなりに草臥れた麻の旅装に身を包む……サングラスをかけたデカいニワトリだった。


 厳密には、ニワトリそのまんまではない。


 身体の形が、割と人に寄っている。

 ボディビルダーみたいな逆三角形のマッチョ体系。

 でも頭はニワトリそのモノで立派なクチバシと鶏冠があるし、腰の後には尾羽がふっさふさ、ズボンの裾から覗く足は靴を履いていなくてニワトリっぽい足をしている。膝は逆関節ではなさそうだけど。


 そんなニワトリ男が、両の翼の先で『乗せて!』と書かれた木の板を頭上に掲げている。


「……あーいうのは、割とよくいる感じ?」

「おらんおらん」


 いないのか。……そりゃそうか。

 だってヒッチハイクって事は、誰かが乗り物で通る前提の行為だもんな?


 ……なんであのニワトリ男は、俺達が通る事を知ってるんだ?


「サゥマンダー、あちらさんの感情値は?」

「えーっと……興味! 関心! 好奇心! 好意!」


 めっちゃフレンドリー!


「悪意なんて欠片もあらへんよ」

「んー……それならいいか」


 神様らしいからなぁ。無視して祟られてもイヤだし。


 のろのろと進んでいた列車を、ニワトリヒッチハイカーの手前で止める。

 ニワトリ男は嬉しそうにピョンと跳ねると、いそいそと寝台車の入口へ駈け込んで来た。



 * * *



「改めましてご挨拶を。吾輩は『コケ・コッコー神』と申します。とある世界で生まれしニワトリの神でございます。以降、お見知りおきを」


 いそいそとエントランスへやってきた魔王さんと聖女さんも、順に神様へ自己紹介をして握手を交わした。

「魔王だ」「聖女です」「ニワトリの神ですぞ」と続く自己紹介は、あまりにもシュールだった。

 なお、新入りのティールは「へぇ、ニワトリの……神様ぁ!?」と、綺麗な二度見を決めていた。サゥマンダーが「素質あるで!」と褒め称えた。何の素質だ。


『……で、コケ・コッコー神様は、どこでこの列車の事知ったんです?』


 色々話したそうなニワトリ神に、とりあえず訊いておきたいことを訊く。


「吾輩がこちらを訪ねた理由ですな? それは旧友の紹介によるものでございますぞ」

『旧友?』

「よほど時の流れの異なる地に寄っていたりなどしなければ、最近の事かと思うのですが……空と海しかない世界にて、大きなクジラの神にお会いしておられましょう?」


 お会いしておられます。


 俺は虹がかかったヤシの木付きの島みたいなクジラの神様の記念写真をホログラムとして開いた。


「おお! ここですここです! いやぁ、我が旧友は相変わらずサービス精神旺盛な背中ですなぁ!」


 あれってサービスだったのか。


「こちらの旧友が吾輩に長々と三日くらいかかる自慢話を飛ばしてきまして。要約すれば『面白い汽車が来た』というだけの事だったのですが」


 滞在四時間くらいだったのに、何を三日も話続ける事があったんだ。


「まぁ、あの旧友は面倒くさがりなくせに話が長い事などいつもの事です。いつもの事なのでいつも通り半分聞き流しておりましたが、珍しく最後の最後に『その列車に乗ったらどうか』と提案が添えられておりまして」


 なるほど、それで来ちゃった、と。


「実際にこうして訪ねてみて、なるほど旧友の目は確かだと感心しているところでございます。小さいながら機能的に整った移動式の世界。それでいて遊び心を失わないディティール。いやはや芸術の域ですな。吾輩の目的にも合致しておりますので、是非一員として加えていただきたく」


 やけに腰が低い言動でこっちを褒めちぎるニワトリ神だ。

 相変わらず悪意の感情は皆無らしいから、これが素のヒト……神? ニワトリ? なんだろうけど。


「その目的とは?」

「よくぞ訊いてくださいました!」


 俺が『訊いていいのかな』と躊躇ってる間にズバッと言った魔王さん。

 ……こう、警戒しているとかじゃない。魔王さんはあんまり表情が動かないヒトなんだけど……目が好奇心でキラキラしている。横で聖女さんも同じ目をしている。


 コケ・コッコー神は喜んでバサァアアッと羽ばたいた。


「実は吾輩、ニワトリの神の中でも少々特殊でして。『ニワトリを拡散する』事こそが役割、存在理由なのでございます!」


 こっちはそもそも普通のニワトリの神の役割を知らないんだけどな。

 それでも神様の口から『ニワトリを拡散する』なんてSNSみたいな文言が出てくるとは思わなかった。


「拡散……とは、具体的にどのような事を?」

「よーくぞ訊いてくださいました!」


 聖女さんの問いに、再びバサァアアッと羽ばたくコケ・コッコー神。

 サゥマンダーより数倍ウザいタイプのオーバーリアクション。


「簡単に申せば『ニワトリが存在しない世界へニワトリを持ち込み定着・生息させる』、コレです! ニワトリという概念と存在を、世界へ植え付けると言ってもよろしいですな! 御覧の通り、吾輩は異世界を旅する神ですので。日々新しい世界へ赴いてはニワトリが不在であればニワトリを入植させておるのです!」


 なるほど?

 コケ・コッコー当神は砂漠に木を植えるようなつもりなのかもしれない。


 ……ただ、俺はどうしても心に浮かぶ言葉があった。


『……外来種テロでは?』

「ハッハッハ、それはアレですな、世界環境のバランス調整ができないヒトが生み出した言葉ですな」


 ニワトリの神は、子供に言い聞かせるような声色で俺に説明を始めた。


「神というモノは世界を管理する側に立つ事が多い存在。故に、神の所業というモノは、すなわち自然の理とイコールなのです。ヒトは自然を自然のままに、壊さぬようにしようとして『外来種』という言葉を作った。しかし吾輩は神なのです。即ち吾輩の所業は自然の理。自然の流れなのですから、『外来種』と言う言葉は適応されませんな?」


 ものすごく言いくるめられようとしている気がするのは気のせいかな。


「なぁに、管理している神に否と言われれば無理強いはしておりませぬ。これでも軽く6000年以上は活動しておりまして、その間大きな問題になった事はございませんぞ」

『それなら……まぁ?』

「まぁ時折ニワトリが世界の覇権を取ってしまうことはありましたがな! それはそれでまた、自然の摂理!」

『それ本当に問題ないんですかね!?』


 ツッコミが、ツッコミが足りない。

 だが、ことこのニワトリ神相手では補助AI達の助力は望めなかった。

 だって皆は、そういう環境バランス調整とかをヒトから命令される立場だからな。そのへんの正否を判断する事はできないんだ。


『まぁ、うん……でも、言いたい事はわかりました。そのニワトリを寄付してまわる活動をするのに色んな世界に行くわけだけど、俺達も色んな世界に行くわけだから、ちょうどいいから同行したい、と』

「そういうことですぞ。旅をしていると、屋根のある住居というのがいかに貴重なモノか思い知らされると言いますか……これが存在理由なので止めることはできませんし止める気も無いのですが、それはそれとして雨風の当たらぬ室内で寝たいなとは思うのです。食事もあればなお良し」


 ティールもそうだったけど、色んな世界を移動するのが目的なら、確かにこの列車は破格の環境なんだよな。異世界歴の浅い俺でもそれはわかる。


 理解されたとわかったのだろう、コケ・コッコー神は何故か商売人を思わせる揉み手(羽?)をしながらにこやかに笑った。


「いかがでしょう。今、吾輩を仲間にすれば! なんと養鶏スターターセットが無料でついてまいりますぞ! 手が足りないというのであれば、吾輩が世話をいたします! 健康なニワトリと美味しい卵が食べ放題!」

『賛成!』

『賛成』


 間髪入れずに上がった賛同の声。

 それは意外にも、俺のすぐ傍、補助AIの内二体から発せられた。


『卵やで卵ぉ! 栄養豊富な食材の筆頭! 健康で豊かな食生活のお供や! 一パック大特価どころの騒ぎやないでぇ! 農耕車で養鶏して毎日新鮮な卵が手に入るのが農耕車の理想形なんや!』

『初めて聞いたよぉ~?』

『もちろん鶏肉も欲しいでぇ! 煮てヨシ! 焼いてヨシ! 蒸してヨシ! ジューシーからヘルシーまで網羅できる鶏肉! オーブン丸焼き料理を見た時の子供の笑顔がワイは大好きなんや!』

『サゥマンダーの言うように健康管理においてもそうですが。薬品精製の観点からもある程度の鶏卵の確保を希望します。今後訪れる世界にて、未知の病原体と遭遇する可能性は常に考慮しておくべきと判断します』


『ああなったサゥマンダーとマンドラゴンはダメじゃ』

『補助AIの二大健康オタクだもんねぇ』

『オタクというか、それが職務ですモノ。ある程度は仕方ありませんワ』


 荒ぶるサゥマンダーとペンギニー。

 その声は余す事なく乗客の揃ったエントランスに響き渡っていて、コケ・コッコー神はドヤ顔で頷いていた。

 ちなみに魔王さんと聖女さんは『へぇ~』って顔をして、ティールは熱量に少し引いていた。


 そして俺は、予想外に沈黙している冷蔵冷凍車担当に目をやった。


『……ペンギニーは卵が欲しいとは言わないんだな?』

『拙者の役目はあくまで在庫管理故。食材食品を何にどう使うのかという点においてはまったくの門外漢でござる』

『ああ、そういう……』


 ペンギニーは、本業セキュリティエージェントだもんな。


『まぁ、拙者が食材の補充について進言する事があるとすれば、サゥマンダーから『卵の在庫ゼロの場合警告を出せ』という申請が出ていた場合──……管理者殿。卵の在庫がゼロでござる。早急に卵を入手する手はずを整えるべきかと』

『サゥマンダー!』


 アイツ! 卵欲しさにリアルタイムで申請出しやがった!


 いや別にな? 俺は反対するつもりは無いよ?

 卵と鶏肉があったら料理の幅は間違いなく広がるしお菓子だって色々作れるようになる、そしたら皆喜ぶだろ。


 ただ、さ……


『コケ・コッコーさん的には、ニワトリさばいて目の前で卵だの鶏肉だの食べられるのはいいんですか?』


 あなたどう見てもニワトリじゃん。


「一向に構いませんぞ。吾輩は拡散が目的であって、繁栄は二の次。いえもちろん繁栄すれば嬉しいですが。それが野の生き物としての繁栄であろうと、家禽としての繁栄であろうと、そこにこだわりはございません」


 こだわりは無いんだ?

 なら、俺がどうこう言うことは無いかな……


「なんでしたら、ニワトリの上手なシメ方さばき方から最高の調理法まで伝授いたしますぞ! 本職のシェフの方がいらっしゃるまで、食堂にて腕を奮ってもよろしい!」

『あなたニワトリの神様なんですよね!?』


 なんで俺がこんなに神様のメンタルの心配してるんだ。


 もう本神がいいって言うならいいよ。結局はそれが全てだ。俺がどうこう言う事じゃない。


『……わかりました。こちらもニワトリがもらえるのはありがたいんで。先に乗っていた皆さんと険悪にならなければ問題ないです。御乗車ありがとうございます』

「おお! こちらこそありがたい! 皆様、これからよろしくお願いいたしますぞ!」


 こうして、リワンダーアークに一風変わったニワトリの神様が乗客として加わったのだった。




『じゃあコケ・コッコーさん。お部屋決めよっかぁ』

「部屋。ふむ、なんならニワトリ達と共に農耕車とやらで小屋住まいでも構わないと思っておりましたが……いや、ヘイトを集めるのは本意ではない。ぜひお願いしますぞ」

『うん? じゃあ希望を教えてねぇ』

「そうですな……草を編んだモノが床に敷かれている環境が好みなのですが。床に座ると落ち着くもので」

『んー、畳でいい?』

「おお! 是非に!」

『畳あるのか……』



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