016:ティール・レーヴァン
アタシの名前はティール・レーヴァン。
これは、どこかの世界でアタシを拾った学園長がつけてくれた名前。
拾われた時、アタシはまだ赤ちゃんだったって聞いた。
だからパパの事もママの事も、アタシはなんにも覚えていない。
でも、寂しくなんてなかったよ。同じような境遇の子もこの船にはたくさんいたし。
でも、アタシは体のつくりでちょっと他とは違っている事があった。
アタシはカラスの鳥人なんだって学園長が教えてくれた。
でも、他の鳥人は皆背中に鳥そっくりの翼があるのに、アタシにはそれが無い。
代わりに、肩甲骨あたりにオーブが一つずつ、球体の半分だけ出るようにして埋まってる。
普段はそれだけ。
飛びたい時に、黒っぽい青色をした半透明のガラス片みたいな羽が、翼の形に具現化する。
魔法の翼。
翼がこんな風になっている鳥人は他にいない。
『着替えとか楽そうでいいな』って羨ましがられる事もあるけど、アタシは普通の翼がよかった。めちゃくちゃ肩凝るし。
ここじゃ、変に悪目立ちするんだもの。
無遠慮にオーブに触ろうとしてきたり。それ、一応アタシの体の一部なんだからね!?
酷いのになると『オーブと羽を解剖させろ』なんて言う奴もいた。
断固拒否したら『碌な魔力も無いんだからそれくらい役に立てよ』って罵倒してくるの。一体何様のつもりなの!?
……そう、アタシの体のつくりがちょっと他とは違っている事の二つ目。
アタシは、この船に乗っているモノの中でも、群を抜いて魔力が低い。
簡単な初級魔法がせいぜいで、中級なんて使ったらすぐ息切れしちゃう。……本当なら、魔法で身を立てるんじゃなくて、ちょっと魔法を便利に使いながら他の道を探した方がいい。そんなレベル。
……ねぇ学園長。アタシ本当に、学園長が言う運命に選ばれてこの船に乗っているんだよね?
アイツらが言うみたいに、学園長の同情で乗せてもらってるんじゃないんだよね?
時々不安になるけど、でもアイツらの思い通りになるのは絶対にイヤだから、出来る事を頑張るようにして過ごしてた。
アタシの研究テーマは
『魔法概念の世界を超えた事による影響』と
『アカシックレコードの探索』
大本の力はほとんと同じモノのはずなのに、どうして世界によって魔法の構造が違うのか。
世界によって魔法の構造は違うのに、異世界へ行った時にその魔法が使えたり使えなかったりする、その原因はなんなのか。
そして、そういった事も全て記されているはずのアカシックレコードは、一体どこに存在しているモノなのか。
……これは、全部建前なんだ。
アタシは結局、アタシの事が知りたい。
アタシの生まれた世界は、もうどこなのかわからないらしいから。
無数にある世界の中からそれを見つけるなんて、無理な事だってわかってる。
でも、その為にアイツらに身体を好きにさせるなんて、絶対に冗談じゃない!
いつかどこかの世界で、アタシと同じ体の作りをしたヒトを見つけるなら、それでいい。アタシはこの船では、ちょっと珍しかったってだけ。
いつかどこかでアカシックレコードを見つけたなら、きっとそこにはアタシが他とは違う理由が書いてある。
だから、アタシは得意な薬草栽培でたくさん鉢植えを作って、どこかの世界に行くたびに外へ出してみては影響を観測するなんていう地味な作業で、今日もお茶を濁すんだ。
その薬草を、薬学を専門にしている教授に提供して、協力しているってことで、ここにいてもいい理由を作ってる。
そんなある日、『叡智の箱舟』に変なヒトたちが来た。
学園長は『汽車』って言ってた。
石炭を燃やしてその火で水を沸かして走る乗り物。
形がそれによく似ていて、でも魔力で走ってる。そんなチグハグな乗り物。
使われてる魔法とかその他の技術もココとは全然違うって、船は大騒ぎになった。
凄い教授も一般の生徒も、皆群がっちゃって甲板がヒトだかり。おかげで面倒な奴らも出払って、中は静かでいいけどね。
アタシはあんまり興味が無かったから、最後の日にちょっとだけ見られればいいかなって思ってた。
……思ってたんだけど、いつも薬草を渡してる教授がギャン泣きしながら薬瓶抱えて部屋に駆け込むのを見ちゃった。
え、アレ大丈夫?
ちょっと心配になったから、暖かいお茶を淹れて教授の所に持って行ったの。
そのままちょっと話を聞いたんだけど。
教授は、自分の理想の薬に一番近いモノが急に目の前に出てきて、それを薬草と交換でもらう事が出来て。ものすごく嬉しかったし、ものすごく奇跡みたいな巡りあわせに心から感謝してたんだけど。どうして自分はまだそこに到達していないのか、どうしてそれを作ったのが自分ではないのか、とも考えちゃったらしくて。
嬉しさと悔しさとでグチャグチャになっちゃったんだって。
……凄い教授でも、そんな風に考えるんだ。
アタシは、その変な乗り物に少しだけ興味が沸いた。
だから、二日目はちょっと甲板に出てみたの。
遠目にもツヤツヤなのが分かる乗り物は、思ってたよりもカッコよかった。
でも……学園長先生が急に『巣立ちの儀式』を始めちゃって、それどころじゃなくなった。
『巣立ちの儀式』をするってことは、誰かがこの船を卒業するかもしれないって事。
甲板には、アタシと仲のいい子もいれば、アタシが魔法を教えた年下の後輩もいる。
もしかしたら、その中の誰かが明日にでも卒業しちゃうかもしれない!
アタシはドキドキしながら、ちょっと遠くで儀式を見ていた。
大きな魔法陣の真ん中の、運命の通り道が開けられてる柱。
その上の卵。
儀式で誰かが選ばれるなら、あの卵から生き物が生まれる。
それは卒業生の使い魔であり、卒業生に巣立ちを伝える役割を持つ。
儀式は成功。
卵は──割れた。
みんな固唾を飲んで目を凝らした。
卵があった所に見えたのは……
──虹色の光沢を持つ、メタリックなキューブが!
……え、何アレ?
どう見ても生き物じゃないじゃない!
あんなの見た事が無い。
それはアタシよりずっと長生きしてるヒト達も同じだったみたいで、皆ざわざわし始めた。
そうしたら、あのキューブ。
パチッて目を開けて、棒みたいな足で立ち上がった!
見えるわよ! 目は良いのよ! 鳥人だから!
ってか気のせいじゃなかったら、あのキューブこっち見てるのよ!!
──虹色の光沢を持つ、メタリックなキューブが歩き出した!
待ってウソでしょ!?
なんで真っ直ぐこっちに来るの!?
まさか
まさかよね!?
アタシの前にいる誰かよね!?
……アタシの前にいたヒトは全員左右に分かれてアタシだけが残った。
「……えっ、ア、アタシ!?」
「決まりじゃ。今回の運命に選ばれしは『ティール・レーヴァン』!」
ウソでしょー!?
* * *
少し考えたけど、アタシは、この『列車』に乗ってひとり立ちすることにした。
今みたいに、魔法を極める気もないのに、ちょっと後ろめたいような不安な気持ちで船に乗っているくらいなら、列車の旅の方がきっと合ってる。
色んな世界で自分のルーツを探したいから、今まで船を降りて固定の世界に行くつもりがなかったわけで。それなら、色んな世界を旅するこの列車は、すごくアタシ向きじゃない?
暮らしていく環境も申し分ないみたいだし。
これが前向きな理由。
後ろ向きな理由は……きっと船に残ったら、今まで以上に変な奴扱いされるのが目に見えてたから。
だって、明らかに変わってる列車世界への選定儀式で、生き物っぽくない使い魔を引くなんて、前代未聞の珍事だもの!
絶対に色々言われる!
絶対に変な目で見られる!
これ以上の珍獣扱いなんて冗談じゃない!
……それに、この列車のヒトって、今は魔王さんと聖女さんしかいないんだって。
わかる?
とんでもなく魔力が天井知らずな魔王さんと聖女さんよ?
列車の管理人……ようするにこっちの学園長的な立場のミチユキさんは元は一般人だったらしいけど、一回死んで機関車になっちゃった? とかいう意味わかんない状態だし。
それ以外は、『エーアイ』とかいう、体の無い使い魔みたいな存在なんだって。
その一員になるのよ。
そのメンバーの一員に加わるのよ。
……ねぇ、アタシって、ものすごく普通じゃない?
これから一緒に過ごすヒト達に大変失礼なのは重々承知の上なんだけど!
このメンバーなら胸張って言える!
アタシ! 普通だわ!!
* * *
荷物をまとめて最終日。
アタシは、学園長室で最後の挨拶をしていた。
「お世話になりました」
「卒業、おめでとうございます。とはいえ、今生の別れではありません。いつでも遊びにいらっしゃい」
「はい」
卒業生は旅立つ前に挨拶をして、そこでこの船と行き来が可能な扉の魔導具をもらう。鍵の形のキーホルダー。
いつも繋がるわけじゃなくて、一月か二月に一度とか、そんな感じの頻度だけど。それでも心の支えにはなるし、悪意に晒されたら逃げられるっていう保険でもある。
でもまぁ、あのヒト達なら大丈夫かな。
「あと、これもどうぞ」
「え? あ、これ」
扉と一緒に渡されたのは、学園長お手製の魔導具『運命の矢』
小さな矢が薄い円柱状のケースの中に浮いているコレは、例によって学園長が研究の一環で作ったモノ。
なんとこの魔導具、手にしたヒトの『運命の相手』を指し示してくれる凄い逸品!
『運命の相手』っていうのは、そういう事よ。恋愛的な、パートナー的なアレよ。
……アタシだって年頃だもの。欲しかったんだけど、学園長は忙しいから、中々売店に追加が入荷されなくて、結局買えてなかったのよね。
「研究テーマだけ追いかけていると、頭が固くなってしまうモノ。たまにはそれでも眺めて、人生を楽しむといいでしょう」
「えへへ……ありがとうございます!」
礼をして、部屋に戻る。
待ち構えていた友人達に『運命の矢』を見せびらかしながら、アタシは最後のトランクを手に持って。トランクに座っていた四角い使い魔を肩に乗せた。
使い魔の名前は、落ち着いてからじっくり考えてつけるつもり。
他の荷物やたくさんの鉢植えは、蜂の形のゴーレムみたいな子達が先に運んで行ってくれた。本当、ありがたい。
友達と一緒に甲板へ。
そこには、船の仲間が皆いた。
これはアタシでも他でも関係ない。
お見送りは全員でっていう伝統行事。
「お待たせしました!」
『大丈夫、こっちは急いでないから』
優しい言葉に、一安心。
うん、大丈夫。
アタシはきっと、上手くやっていける!
そう思って、手の中の『運命の矢』にちょっと目をやった。
……中の矢が、ほんのり光ってた。
「えっ」
『え?』
恐る恐る、掲げ持つ。
……矢は、間違いなく、先頭の機関車に向かって反応していた。
待って……
ちょっと待って!!??
ケースを手で隠して、バッと振り返る。
そこには、もう全部お察ししちゃった友達と仲間たちのニヤニヤした笑顔!
『えっと? 何かあった?』
「なんでもないから気にしないでー!!!」
なんで!?
なんでよ!?
ひとり立ちってもっと友達とのしっとりした感動のお別れがあるモノじゃないの!?
なんでアタシの時だけこんな旅立ちなのよー!?
機関車に赤い顔を見られたくなくて、アタシは大急ぎで列車のドアに駆け込んだ。
先に乗って、待っていてくれた聖女さんが、驚いた顔でアタシに声をかけてくれる。
「えっと、大丈夫ですか?」
「ダイジョブ……ダイジョブだから……お願い後で全部話すから今はそっとしといてぇ……」
顔が真っ赤なアタシに、何かを察してくれたんだと思う。
聖女さんは微笑んで、オロオロしている魔王さんを連れて少し距離を取ってくれた。
アタシの使い魔も棒みたいな手でアタシを撫でてくれる。
うぅ……優しい。
「ティールー、しっかりねー!」
「元気でやんなさいよー!」
外から聞こえてくる、半笑いの声。
どうにかこうにか呼吸を整えて、アタシはやっと振り返る。
いつの間にか来ていた学園長が、仲の良い友人達が、その後ろの仲間達が、穏やかな笑顔で手を振っていた。
それに、笑って手を振り返す。
アタシ達のお別れを、待っていてくれたんだろう。
ミチユキさんの声が聞こえた。
──『ドアが閉まります、ご注意ください』
プシューッと音がして、ドアが閉まる。
皆の姿が、向こう側になる。
──『片道異世界特急『リワンダーアーク』、発車いたします』
ガコン、と列車が走り出す。
なんだろう……それでようやく、実感が沸いた。
アタシ、本当にひとり立ちするんだ。
切り取られた景色の向こうが、徐々に遠ざかる。
今まで過ごしてきた故郷が遠くなる。
大丈夫、アタシはきっと上手くやれる。
大丈夫、アタシはまた、会いに行ける。
思っていたのとは、ちょっと違う旅立ちだったけど……それでもアタシは、ひとり立ちの第一歩を踏み出したんだ。
……とりあえず、目下のところは、ものすごくイイ笑顔をした聖女さんに、全部お話するところからなんだけど……ね。




