015:三船 道行 -魔法使いの船・後-
魔法研究船『叡智の箱舟』での二日目の朝。
俺は学園長さんから思いがけない相談を受けた。
『巣立ちの儀式、ですか?』
「ええ。もしよろしければ、ですが」
学園長さん曰く。
この船を学園長さんが作って以来、今まで何人もの才能のありそうな子供たちを受け入れ、そして同じくらいの数を旅立たせてきた。
その受け入れと旅立ちには、あるルールがある。
「私は、運命の研究を専門にしておりましてな」
運命を研究していた在りし日の学園長は、ひとつの疑問に辿り着いた。
運命というモノは、どうしたって所属する世界に縛られ、左右されるモノである。
ならば世界の外、あらゆるシガラミの存在しない狭間においてならば、その運命とはどうなるのだろうか?
気になった学園長は、勢いのままこの船を作り、世界を飛び出した。
「いやあの頃は若かった」
『若気の至りで済ませるレベルじゃない気もしますけど』
そうして飛び出した学園長は、船内で定期的に運命を見る儀式を行い、その儀式が示したモノを迎えに行って船に乗せた。
「きちんと同意はとっておりますので、誘拐はしておりません。御安心くだされ」
『そーですかー……』
そうして研究の傍ら、見込みのあるモノを弟子として学ばせつつ、学園長は一人前になったモノ達の将来についても手を打った。
将来……進路……それこそまさに、運命の出番である。
「環境の良さそうな世界を訪れた際、移住ができそうならば『巣立ちの儀式』を行います」
簡単に言えば『今この船の中に、この世界に一人前として住まうべきモノはいるか』を確認する儀式らしい。
誰かが残るべきと出たり、誰の名前も出なかったり。
その世界のなにかしらの神に指名される場合もある。
指名されなくても反応する場合もある。
それは上位存在の有無に関係なく様々らしい。
つまりは、学園長による運命の実験だ。
……弟子の人生を実験台にするとか、結構エグい気がするのは俺の考えすぎか?
『それを、うちでもやりたいと』
「はい。小さく駆け出しながらも、しっかりとヒトが生きていける世界のようですから」
この学園長には、昨日の時点で『ぜひ参考に』と請われて、俺達の境遇をざっくりとだけど話していた。あれも今思えば『研究している運命の参考に』ってことだったんだろうな。
それを聞いた上でこういう提案をしてくるって事は、手塩にかけて育てた弟子がひとり立ちするのにちょうどいいと思えるくらいの場所ではあるってことだろう。
それはシンプルに嬉しい。
でも、いいのか?
補助AI達に軽くどう思うか訊いてみる。
皆が言うには、物資不足は改善されつつあるし、食料も問題なくなったから、大丈夫じゃない? という返事が返ってきた。
……それならまぁ、断る理由もあんまりない、のかな。
『こちらは別に良いですけど……本人が嫌がったらやめてあげてくださいね?』
「それはもちろんですとも。それはそれで、運命のひとつですからな」
運命って何だろう。
だんだん運命がゲシュタルト崩壊を起こしながらも承諾すると、学園長は嬉しそうに礼を言っていそいそと儀式の準備を始めた。
何人かの助手と一緒に、列車の横に巨大で複雑な魔法陣が書かれた。
その荘厳さに息を飲む。
金粉銀粉混じりの赤い塗料で書かれた記号と文字の集合体って、なかなかに圧があるな。
そして魔法陣の外周沿いに、色んな小物と大量の蝋燭が次々と並べなれていく。
小物のほとんどはアクセサリーか? あ、でも糸とか鋏とかもあるな。何に使うのかわからない道具もある。
そして最後の仕上げと言わんばかりに。
魔法陣の中央へ、穴あきチーズの親玉みたいな形の柱の上に巨大な卵を乗せたような純白の像が置かれた。
……え、それ何?
途中まで巨大魔法陣と蝋燭なんて王道ファンタジーしていたのに、急に現代アートに舵切られても心が追い付かない。
でも周りの魔法使い達は何も気にせず儀式が始まった。
補助AI達も何も言わない。
だから……これは、たぶん、俺があまりにも魔法に馴染が無いのが原因なんだと思う。たぶん。
学園長の長い長い詠唱が始まる。
詠唱が進むにつれて、魔法陣に魔力が集まって外周を回り始めた。
図形が、文字が、輝き始める。
中央な穴あきチーズの親玉みたいな柱が、そのボコボコあいた穴から細い光を発し始めた。
……ごめん。大真面目なんだろうけど、かなりシュールに見える。
異世界ギャップとは、感性の違いとは、こんなにも深刻なモノなんだな。
相手が真面目にしている事をうっかり笑ってしまったりしたら、ものすごく失礼だ。関係にヒビが入るかもしれない。
今後は、ちょっと気を引き締めないといけないな。
俺は改めて覚悟を決めた。
──パキッ
オブジェ頂上の卵型にヒビが入る。
ヒビは徐々に大きくなり、全体がひび割れて……
ああ、もしかして何か生まれるのか? と思った瞬間に砕け散った。
ザワッと騒めき、よく見ようと乗り出す魔法使い達。
ナニかが生まれた。
かつて卵型のオブジェがあった、そこには──
──虹色の光沢を持つ、メタリックなキューブが!
……え、何アレ?
何もわからなくて周囲の魔法使いを見る。
魔法使い達も動揺していた。
つまり、俺の知らないこの船のモノってわけじゃないらしい。
ちょっとほっとしていると、手のひらサイズのキューブがカッと目を開いた。
──虹色の光沢を持つ、メタリックなキューブが目を開いた!
……え、アレ何???
何もわからなくて周囲の魔法使いを見る。
魔法使い達も動揺していた。
つまり、俺の知らないイキモノってわけじゃないらしい。
判断がつかない内に、キューブの底面に短い棒みたいな足がにょきっと生えて、穴あきチーズの親玉の上から転がり落ち、ててててててててーっと歩き出した。
──虹色の光沢を持つ、メタリックなキューブが歩き出した!
キューブは迷わず一方向へ向かって進む。
魔法使い達は動揺したまま、それでもキューブに道を開けた。
波が引くように左右に分かれる三角帽子達には目もくれずにキューブは進み……そして、一人の女の子の前で足を止めた。
「……えっ、ア、アタシ!?」
キューブは同意するかのように、追加で生えた棒みたいな手でキューブの上の面を帽子みたいに持ち上げた。
……ひと昔前のアスキーアートよろしく『ハーイ』って空耳が聞こえたのは俺だけなんだろうな。
キューブが嬉しそうに女の子に跳びついて、女の子が慌てながらもそれを受け止めると、学園長は満足そうに微笑んで頷いた。
「決まりじゃ。今回の運命に選ばれしは『ティール・レーヴァン』!」
おいでおいでと学園長に手招かれて、キューブを手に載せた女の子はおずおずと前に出てくる。
「さてティールよ、この運命を選ぶかどうか、決めるのはお主じゃ。どうする?」
ティールと呼ばれた女の子は、見上げていた学園長の顔から、手元のキューブに視線を落とし、そして俺の……リワンダーアークの方を見た。
そして力強く、「うん」とひとつ頷いた。
「行きます! アタシ、この運命を選びます!」
会場が、歓声に沸いた。
* * *
「ティ、ティール・レーヴァンです。これからよろしくお願いします!」
ちょっと緊張した感じのティールがやってきたのは、儀式の熱狂がある程度落ち着いた後だった。
他の魔法使い達は大きくわけて、時間がもったいないとばかりに列車の見学に戻るモノと、学園長と一緒に儀式場であーでもないこーでもないと意見を交わすモノの二つに分かれている。
そのどちらとも違う、ティールの友人っぽい女の子達は、少し下がったところから彼女を見守っている。
ティールはそこそこ容姿が整った可愛い子だった。派手さはあんまりない、純朴そうな感じ。年はたぶん10代後半くらいかな。
青いメッシュの入った長い黒髪を一つに束ねている。その黒髪も、カラスの濡れ羽色って感じで、光の加減で青緑の光沢が出る不思議な色合いをしていた。
『うん、よろしく。俺はこの列車の管理人をしてる……三船 道行。道行が名前で、三船が姓ね。……で、まず確認しておきたいんだけど……俺達って『片道異世界特急』なんだよね。この船にまた来れるかどうかわからないけど、それでも大丈夫?』
「あ、それは大丈夫、です。卒業生は、皆、この船と時々行き来が出来る扉をもらうから」
『あ、そうなんだ』
なら安心、かな。
……扉ってどんなだろう。まさか本当にドアそのものを担いで来るんだろうか。
俺が明後日の心配をしていると、今度はティールの方が自信無さげに目を泳がせた。
「えっと……アタシの方こそ、乗っても大丈夫ですか? その……アタシ、他の皆と比べて、平均半分以下の魔力しか持ってないから……」
尻すぼみな声が「初級魔法しか使えなくて……」と俯きながら最後に付け足す。
後ろの友人達が「ダイジョーブ! 魔力操作はスゴイから!」「薬草の方アピールして!」「空も飛べるでしょ!」と囁き声で叫んでいるのがなんとも微笑ましい。
魔法使いで魔力が少ないっていうのは、やっぱりコンプレックスだったりするのかね。
『魔力量とかはこっちは気にしないよ。他の乗客と程よい関係を築いてくれればそれで』
「え、でも、この乗り物って魔力で動いてます、よね?」
おお、さすが魔法使い。それはわかるのか。
『そうなんだけど……うちに乗ってる魔王さんと聖女さん、いただろ? あの二人だけで、必要な魔力全部賄って余裕まであるんだよね』
俺がそういうと、ティールとその友人含めた周りの魔法使いが全員『信じらんねぇ』みたいな顔になった。ドン引きだよ、ドン引き。乗車した時にバァクが散々叫んでたけど、どれだけあの二人がヤバイかがわかる。
『逆に、今はヒトも少ないから暇を持て余さないかが心配かな』
内包空間は広いけど、限られた空間ではある。
娯楽関係はバーチャル内に詰め込んでる仕様だから、それに馴染めないと本当にやる事無くなるかもしれないんだよ。
そういう心配を口にすると、ティールはふるふると首を横に振った。
「大丈夫です。自分の研究もありますし、ずっと移動するなら研究内容にとっても願ったり叶ったりなんで」
ティールが言うには、この船はそうそう頻繁には他の世界に立ち寄らないらしい。それこそ月単位で漂うだけの期間もあるとか。
なるほど、それならこの列車の方が頻度は高いかもな。
『……ちなみに何を研究してるの?』
「『魔法概念の世界を超えた事による影響』と『アカシックレコードの探索』です」
ごめん、わからん。
『……ごめん、俺は魔法使いじゃないからあんまりピンとこないけど。まぁ何か探すなら移動してる方が都合がいいんだなって事はわかった』
「……ハイ、ソレデイイデス」
ちょっと尊敬レベルが下がった気がする。
切ない。
俺のそんな内心を余所に、とりあえず話はまとまったと見たのだろう。
バァクがティールの前にホログラムを投影した。
『はいはい、それじゃお部屋の準備の話をするよ。オイラは寝台車管理補助AIのバァク、よろしくね』
「わっ、あっ、よ、よろしくおねがいします!」
一瞬ティールの緊張がぶり返す。が、ゆるキャラな見た目をしているからだろう、次の瞬間には肩の力が抜けていた。
『ティールさんは運営に必須な何かをお願いする予定は今の所無いから、ひとまず一般ルームに案内することになるよぉ。その際、何か希望はあるかなぁ?』
「え、ええっと……」
『なんでもいいよぉ。言うだけならタダだから、とりあえず遠慮せずに欲しいモノ全部言ってみてぇ』
軽い雰囲気のバァクに軽く言われて、ティールは少し遠慮を引っ込めたらしい雰囲気が出た。
「じゃ、じゃあ……温室と、研究室が欲しい、かな」
『研究室は大きな机と棚がいっぱいのイメージでいい?』
「う、うん!」
『オッケー。手作りアロマを趣味にしてたヒトの部屋が丁度よさそうだから、そこ見てみよっかぁ』
バァクに案内されて、ティールは友人も一緒に部屋の下見に行った。
備え付けの家具も含めて、部屋は彼女のお気に召したらしい。
時間ごと封印していたとはいえ、一応全体の清掃を入れるとの事。
その間に、というか出発までに、ティールは引っ越しの荷物をまとめる事になる。
突貫だなぁ。
友人達と一緒に嬉しそうに荷物をまとめに戻っていったティールに、クィンビビーの部下のドローンが何機か着いて行った。
なんというか、若いなぁって思う。
きゃぴきゃぴしてる感じ。……死語かなこれ。
微笑ましい気持ちになりながら、俺は昨日に引き続き知識欲が爆発している魔法使い達の相手に戻った。




