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片道異世界特急『リワンダーアーク』  作者: 島 恵奈華


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014:三船 道行 -魔法使いの船・前-



 勉強って大事だな。


 超巨大な魔法のランプみたいなモノを見ながら、俺はそんな事を考えていた。


 ちょっと前の俺なら、慌てふためいて補助AI達にヘルプをかけて一から十までおんぶに抱っこだっただろう。

 だが、きちんと運営マニュアルを読み込んだ今の俺は、そう簡単には動じない。

 こういう時の対策も、マニュアルにはしっかりと書いてあった。


 予習の力っていうのは、こういう事だ。

 いずれ必要な知識を頭に入れておいて、必要な時に思い出して使う力。

 理科だの数学だのどこで使うんだよって学校に通っていた頃は思っていたけど、そういう事じゃない。

 どんなに興味の薄い内容でも頭に叩き込んで、使う時に思い出す。その訓練をしていたんだなって今なら思う。


 ありがとう、義務教育。

 心の中で故郷に礼を言いながら、とりあえず防御のシールド魔法を展開。

 それから対応に必要な画面を開く。

 ……ついでに、まだちょっと不安だから、マニュアルも念の為開いておく。どこに必要な情報があるかすぐにわかるから、予習は無駄にはなってないぞ。


 そして補助AI達を招集。


「はぁーい」

「お呼びと聞いて」

「どないしたん?」

「なぁにぃ~?」

「医療車、異常無し」

「なんじゃい」

「何かありましテ?」


「未確認移動物体発見した」


 招集した補助AI達に状況を告げると、即、表情を引き締めて各位が必要なデータを収集する。


「またゴッツイのぅ、外壁はコーティング付きの魔術強化セラミック。コーティングはおそらくドラゴン素材由来じゃな」

「外周に魔石の極大結晶を160個確認。そこからシールドを展開してイマス。火器の類は目視できませんワ」

「生体スキャン、弾かれました。強固なセキュリティを確認」

「ネットワークへの干渉は無いよぉ」

「バイナリ領域に微量の干渉有。あちらからもスキャンされている可能性が高いでござる」

「感情値『警戒』と『興味』を確認や。『悪意・敵意』の感情値は今の所検出されとらんで」


 ふんふん。

 機関車両のシステムも、赤警告は吐いていない。

 つまりは、容赦なく攻撃をぶっ放してくる様子は無い。


「……お互いに、相手の様子を伺ってる状態、かな」


 スポンサーポジションの魔王さんと聖女さんからは、外とのやりとりや行き先については『全面的に任せる』と言ってもらっている。

 つまり、あの未確認移動物体とどんな関係になるかは、俺が判断するって事だ。


 ……敵意も無いみたいだし、友好的に『こんにちは』でいいんじゃないかな。


「とりあえず、敵じゃないですアピールするか」


 マニュアルに曰く、こっちに敵意が無い事を示す場合は……


 機関車両の外交システム。

 完全リアルタイム翻訳システムを未確認移動物体方向へ拡大展開。

 それから、こっちの『敵対したくないでーす』っていう気持ちを、車体の周りに展開……これ、見た目は変わらないらしいけど、漫画だったら周りにふわ~って花とか咲くような表現されるんじゃないかな。


 下準備が出来たので、外交用スピーカーのスイッチをオン。


「はじめまして。こちらは片道異世界特急『リワンダーアーク』。主に観光と救助を目的に運行しています。そちらへ危害を加えるつもりはありません」


 さて、どうなるかなー……と思ったら、返事はすぐに来た。


『どうも御丁寧に。そして、はじめまして。我々は『叡智の箱舟』。魔法・魔術・魔導の研究、そして担い手の育成と独立支援を行っております。こちらも、危害を加えるつもりはございません』

 

 ものすごく穏やかなお爺ちゃんの声だった。

 これなら穏便にバイバイできるかな。


 ……と、思ったらまだ続きがあった。


『我々は知の探究者として、そちらの機体に使われている技術に大いなる興味関心がございます。つきましては、是非とも、是非にも皆様を賓客として御招待し、機体を見学・解析する機会を与えていただきたいと、是が非でも希望する所存でございます!』


 お爺ちゃん?

 なんか早口になって『是非』って三回も言った。


「……感情値『興味』『好奇心』、跳ね上がったで」

「これ知ってるよぉ。自ジャンルの未知を前にした時のオタク!」


 バァクの断定に俺は苦笑いする。


 まぁ、悪意が無いならいいんじゃないか?

 面白そうだし。


「こちらが拒否することを強要しないとお約束頂けるのであれば、お受けします」

『しませんとも! お約束いたします! ではどうぞ!』


 いそいそって感じにあちらさんのシールドが消えた。

 着地誘導なのだろう、甲板の一部に光の柱が立ったのでそこへ閃路を伸ばす。今回はホームはいらないかな。車輪の部分も見たいかもしれないし。


「友好的でよかったな」


 俺がそう言うと、サゥマンダーがどこからかハンカチを取り出して目元を拭うフリをした。


「くぅ……ニーサン立派になって、トカゲは嬉しいで」

「それは何目線のセリフなんだよ」


 ここまで、お手間おかけしました。



 * * *



 艶のある白い船の甲板は、南国の宮殿の庭みたいに整えられていた。


 無事、そこに停車した俺達は、あっという間に三角帽子の青いローブ集団に取り囲まれた。

 わかりやすい魔法使いの集団だ。

 老人から子供まで、全員がほとんど同じ格好をしている。


 代表で挨拶をしてくれたさっきの声のお爺ちゃんは学園長と名乗った。


 どうやらこの船は寮付き研究所の側面が強いけれど、小・中・高・大と全部揃った寄宿学校のような感じでもあるらしい。

 つまり揃いの衣装は制服か。



 軽く話し合って、二泊三日程、この船に滞在する事になった。



 小さな世界とも言えるこの列車は、小型化の技術が素晴らしいとかなんとかで、色んな分野の参考になるから希望者全員じっくり見たいらしい。


 その代わり、繊維用の作物の種や魔石の類、そして衣類を融通してもらえることになった。

 魔王さんと聖女さんも、これでようやく縫い合わせたシーツから卒業だ。


 その魔王さんと聖女さんは、異文化コミュニケーションに興味津々で喜んだ。

 もらった制服に着替えた二人が出てくると、三角帽子達からどよめきが沸き上がる。

 なんでも……明らかに魔力が高すぎるそうだ。

 こんなすごい船の魔法使い達にそう言われるって本当どうなってるんだ。


 そう思ったのは魔法使い達も同じだったようで、二泊三日の見学ついでに軽く検査してもらう事になった。

 ……大丈夫かな。

 血とか髪の毛とか要求されたら断らないんじゃないだろうか、この二人。

 心配なので、ぬいぐるみみたいなバァクの子機が着く事になったから、まぁ大丈夫だろう。



 俺の方も、気分は完全にサーカスの座長だ。


 何かする、何か見せる度に歓声が上がる。

 入れ替わり、立ち代わり、色んな学生や教授がやってきては質問をしてメモを取る。


 あ、車輪の間は、ちょっと怖いな……屋根の上は、まぁ大丈夫か? 落ちないでくださいよ。


 冷凍冷蔵車は立ち入り禁止。

 寝台車は使っていない区画の一部を見学に開放。

 食堂車はご自由に。


 中でも医療車見学のリアクションはすごかった。

 マンドラゴンが一番重要な医薬品として作り置きしていたエリクサーとエリクシルを見て、教授が何人かひっくり返った。

 確か……エリクサーが魔法の薬で、エリクシルは俺が知らない薬液に封入したナノマシンだって話だ。

 エリクサーは100%魔力から作っているから副作用がすごいらしいけど、ナノマシンのエリクシルはこの前回収した金属から製造したらしい。

 マンドラゴンは、とある教授に懇願されて、大量の薬草とエリクシル・エリクサーを交換していた。

 その薬草で、副作用の少ないエリクサーが作れるらしい。感情に乏しいマンドラゴンが嬉しそうにしていたから良いモノだったんだろう。

 なお、交換してもらえた教授は咽び泣いていた。温度差。



 ところで。

 俺の中の魔法使いのイメージは、『なんでも魔法でなんとかしようとする職業』っていう感じのモノだった。


 この魔導列車は科学技術と魔法技術の集合体だから、異世界ではそんなことも無いのかなと思っていたのだが。

 どうやらこの船の魔法使い達は、俺の元のイメージのままの魔法使いであったらしい。


 エリクシルのナノマシンに目を剥いていたのもそうだけど。

 工作車の製造ラインは完全に小学生の社会科見学の様相だった。


 それこそ工作車の必需品工場は、列車の子供達の勉強用にガラス張りの通路が用意されている。

 その通路にやってきた魔法使い達は、子供も大人も年寄りも、揃いも揃ってべったりとガラスに張り付いてあんぐりと口を開けっぱなし。錬金術やゴーレムを研究している魔法使いはガシャガシャ動く機械を見てそこから動かなくなっていた。


 なんていうか、このタイプの魔法使いって……本当に全部魔法で賄おうとするんだよな。なんでなんだろう?

 材料も魔法で用意して、道具も魔法で具現化させて、魔法で動かして、完成したら製品以外は全部消えるぜブラボー! みたいな感じだ。マジックショーかな?


 そんな感じだから、魔法で動かす機械の部分をどうこうするっていう発想が今までなかったし、魔法無しで機械がどこまでの事が出来るのかなんて考えた事もなかったらしい。


「それは……盲点だった」

「あんなに小さい細工が、あんなに力強く同じ動きを繰り返している」

「早い。あれほど早く動かしても壊れない」

「あそこはどうなって……中が、中が見たい」

「えっ、今何が起きて、はぁあ?」

「そこに魔法を? そこだけでいいのか? だってあっちは?」

「模型が欲しい……設計図も欲しい……いっそあれが欲しい……」


 消灯時間が来ても帰ろうとしない魔法使い達は、最終的にドヤ顔が隠し切れないヤドゥカニーに子供向けの機械模型を作ってもらってようやっと自室に帰って行った。

 明日は紙の束を持ってくるので、魔導機械系の書籍を印刷する手はずになっている。それで妥協してくれて本当によかった。俺達が居なくなったあとの翻訳は、まぁ頑張ってくれ。


 なお、似たような事はクィンビビーの貨物車でも繰り広げられていた。



 そしてもうひとつ、思いがけない盛り上がりを見せたモノがあった。


 農耕車、の、外側だ。


 遭難していた神様達が書いてくれた安全祈願のおまじない。

 なんだかコレに一部の魔法使い達が釘付けになっていた。


 それも、他の車両みたいに『知りたい!』っていう熱狂があるわけじゃない。

『こんなところでこんな良い物を見られるなんて!』っていう、観光客に似た感じの感動だ。


『えっと……それに何かありました?』

「いえいえ! どうぞお気になさらず!」


 気になるけど教えてもらえない。

 なんだろう? たぶん神様が書いてくれたものだから、宗教的な何かなのかな。

 わざわざ植木鉢とか水槽とか持ってきて拝むヒトもいたから、御利益があるのかもしれない。そういうの門外漢だから全然わからないけど。




 そんな感じで、魔法研究船での一日目は過ぎていった。





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