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片道異世界特急『リワンダーアーク』  作者: 島 恵奈華


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11/29

011:三船 道行 -緊急事態発生-



 ── カン カン カン カン



 世界の狭間を旅する片道異世界特急『リワンダーアーク』は、システムがオートで展開した踏切で一時停止していた。


 ──列車が、踏切で、停止していた。



「……逆じゃね?」

「んなこと言うても、相手に踏切の概念があるとは限らへんやん」


 なるほど?

 相手が『なんだこれ』って停止しなかったら、こっちと衝突するのか。

 確かにそれならこっちが停止した方がいい。



 ── カン カン カン カン



 けたたましい音を鳴らす遮断機。


(……そういえば、反対側の遮断機が見えないな)


 その答えはすぐにやってきた。

 一体何が通るのかと待っていると、視界、右の方向から何かが近づいてくる。


 ぬぅっと、あっという間に視界を埋め尽くすほどに大きくなったソレは、巨大な竜のような形をしていた。


 翼がでかくてバサバサ飛ぶタイプじゃない。

 蛇みたいに細長い、水と縁がありそうなやつ。


 それの、とんでもなくデカイのが踏切を横断し始めた。


 ……デカイ、デカすぎる。

 この巨体が通るから、反対側の遮断機は遠くて見えなかっただけだ。

 列車なんて一口でいけそうな竜の頭が、呆然とする俺のカメラアイを横切ろうとする。


「……デッッッッッカ」


 一瞬、竜はピタリと止まって、とんでもなく大きな目がこっちをじろじろと眺めた。

 ……が、すぐに興味を失って前進していった。


 頭の次は、当然体がやってくる。


 深海魚みたいに透けている体は、中に内臓ではなく無数の宇宙が見えた。


「神が世界そのものなタイプやね」

「スケールでかいなぁ……」


 世界の外の狭間には、大きい小さいの概念も無いらしいけど。

 こうやって大きく感じるという事は、あっちとこっちは、あっちが大きく見える因果だってことらしい。

 単純に質量的な事でもなく、その辺は専門家に語らせると長ーい話になるんだとか。

 周りに浮いてる世界とかも、大きかったり小さかったり色々だもんな。でもフェードインすればちゃんと広大な世界なんだから、とんでもない話だと思う。


「……魔王さんと聖女さんも、今頃窓から見てビックリしてるかな」

「かもしれんね」


 寝台車の個室には窓があって、普通の電車の車窓みたいに外の景色が見える。

 内包している部屋は膨大な数になるんだけど、寝台車の側面には個室景観用のカメラアイが何個もついていて、それぞれが対応する区画の部屋の窓に映像を届けているんだと。

 だから窓というより映像に近いのかな? 開けられないらしいし。

 サゥマンダーは『せやから駅弁は降りて買ってもらわなあかんね!』って言ってたけど、気にするところはそこじゃない。そもそも誰が売ってくれるんだ、駅弁。


 そんな事をとりとめなく考えている間に、宇宙ドラゴンの通過が完了した。


 遮断機が上がったので、また徐々に加速して再出発。


 のんびり速度を上げながら、横目で遠ざかる宇宙ドラゴンを見送った。



 ──……その、見送っていた龍が、急にのたうちまわるまでは。



「えっ」


 飛沫のように半透明の体から吹き出したのは、銀河の欠片。



 ──まずい!



 本能か、直感か、俺は咄嗟に『緊急加速システム』に拳を叩きつけた!


 ガッン! と車輪に繋がる主連棒が切り替わる感覚。

 瞬発でフルスロットルに反応を上げた魔力炉。

 瘴気と浄気を大量に噴き出しながら、車体の魔力ラインに真っ赤な光が走る。

 左右ずらりと並んだ車輪を覆うように、魔法陣が輝いた。


 加速は強引で乱暴だ。

 車内の重力制御がオートじゃなかったら絶対にやっちゃいけない瞬発力で列車は最高速度に乗った。


「オワァッ!?」

「何事でござるか!」


「さっき横切った竜が何かに食われた!」


 驚くサゥマンダーと飛んできたペンギニーに端的に告げながら、俺はカメラアイを注視する。


 あんなに大きかった竜が、ずるずるとナニかの中に消えていく。

 アレはなんだ!?


 拡大……拡大……拡大……ピントが合う。


 ソレは俺の知っている生き物の形をしていなかった。

 強いて表現するのなら、『溶けて捻じくれた消波ブロックの集合体』


「捕食者!」

「あかん! 逃げて正解や!」


 ソレにピントが合ったから、気付いてしまった。

 ソレが目も無いのに、こっちを見ている事に気付いてしまった!



「ヤバイヤバイヤバイ!」



 ──非常事態宣言

 ──六重シールド魔法展開



 最も重要な赤いシステムを起動。

 車体に光の輪が六つ重なり、列車全体が攻撃を弾く防御魔法に包まれる。


 それと同時に、ペンギニーが捕食者と呼んだソレが、銀河の残骸をうち捨ててこっちに向かってきた。


 捕食者から、目に見えない糸のようなナニかがこっちへ向かって放射状に射出される。


 アレは俺が世界を探す時に伸びたモノと同じモノだ。


 つまりアレに掴まれば、シールド関係なく問答無用で乗り込まれる!


 こちらを探して伸びてくる縁の糸。

 閃路を曲げて進路を操作し、紙一重で何とかかわした。

 くっそ! 機関車にジェットコースターみたいな動きさせやがって! 車じゃねーんだぞ!?


「何事じゃ!」

「どうなさったの!?」


 非常事態宣言を受けて全補助AIが駆け付けるが、生憎俺に余裕が無い!


「サゥマンダー! 説明とアナウンス代わってくれ!」

「了解やで!」



 ──《緊急事態発生! 緊急事態発生! 当車両は現在、世界を食べる捕食者に狙われとる! 乗員は速やかに担当配置へ! 乗客は今おる所から動かんで、固定されてる家具にしっかり掴まっとってなぁ!》



 アナウンスがイコール説明代わり。

 事態を把握した補助AI達は、各位が自分の車両のカメラアイで捕食者を確認しデータを取り始めた。


「捕食者を確認。過去の生体スキャンログに該当データ無し」

「随分デカイのぉ! 構成要素は半分以上が石灰と金属、それとガラス質が多めじゃ。おそらく物理は通ると判断する!」

「ネットワーク干渉無いよぉ」

「バイナリ侵食は今の所観測されておらぬ」


 報告が上がりながらも、俺と捕食者との鬼ごっこは続いている。

 縁の糸がどんどん増えてるんだよ! 勘弁してくれ!

 ぐちゃぐちゃにのたうつカオスな消波ブロックモドキが、体の一部を伸ばしたり縮めたりしながら追いかけてくるのは、なかなか精神にクる。


「姐さん、『ストライカー』とかあらへんよね?」

「あるわけございませんでショウ!?」

「『Sシリーズ』も『ストライカー』も金属だけでは製造できんぞ!」

「どのみちSシリーズ管理AIが無ければ運用できぬでござる」

「物理的な防衛は管轄外だから完全に忘れてたよぉ!」


 操縦の合間に聞こえる会話から察するに、本来なら俺が転生しているMシリーズとは別の、こういう事態に対応できるSシリーズがあるらしい。

 でも俺はそれを連れて来られなかったから、このメンツでどうにかするしかない!


 と、そこへVIP客室からのスポンサー緊急回線が開いた。


『ミチユキ、何か我らにできる事はあるか?』


 地獄で仏ならぬ狭間の魔王様!


「魔王さん! 後ろから追いかけて来てる捕食者を倒せたりしないか!?」

『……しばし待て』

「外を観測するなら展望室おいでぇ~」


 バロメッツィの誘導で、魔王さんが車内を駆け抜ける。

 そう長くかからずに農耕車の展望室に到着した魔王さんは、声にならない呻き声のような物を喉から出してからこう言った。


『…………結論から言うぞ。できなくはない。おそらくは倒せる』

「すごい! けど何か引っかかってる?」

『消し飛ばすだけならば問題無いのだ。ただ……おそらく周辺の世界も大量に巻き込んで諸共に消し飛ばす』

「そぉぉぉぉれはちょっとどうかなー!?」


 あんまりな結論に、俺も補助AI達も一斉に頭を抱えた。


『……すまぬ。我も聖女も、今まで『戦闘』と呼べる行為を行った事が無いのだ』

「魔王なのに!?」

『追い詰められた危機感で力が暴発することを『戦闘』とは呼ばぬであろう?』

「それはそう!」

『我とて己の故郷の維持に尽力した身。無関係とはいえ、余所の世界を軽々しく吹き飛ばしたくはない。故に、我の攻撃は最後の手段にするべきだ』


 最終兵器が過ぎるぜ魔王さん!


『魔力の提供ならばまだまだ余裕だ。いくらでも持って行け』

「そうだろうねぇ! 緊急加速システム使用してるのに魔力が100%から下がらないのなんて初めて見たからねぇ!」


 ヤケクソみたいなバァクによって宣言された『燃料心配無し』の報告と、最終兵器の存在によって、俺は少しだけ余裕を取り戻した。


 長期戦は可能って事だ。

 逃げ続けて相手の消耗を狙う事も出来なくはない。


 ただ……それをするには俺の操縦がワンミスも許されない綱渡りっていう危険が高いし、何より、そもそも相手に疲労の概念があるのか? って話になる。


 魔王さんに力の微調整のぶっつけ本番をしてもらうのはリスクが高すぎる。

 失敗した時に巻き込むのは、世界だ。

 億どころじゃない、無量大数な命や存在を消滅させる事になる。


 それはあんまりだ。


 顔向けが出来なくなるどころの騒ぎじゃない。


 自分達を優先はしたいけど、悪意を向けられたわけでもないその他大勢を簡単に切り捨てられるようにはなりたくないんだ。


 エゴなんだろうけど、それがなんだ!


 俺はエゴを大事に生きていきたいんだ!


「……というか、なんでこっちをまっしぐらで追ってくるんだ!?」

「腹ペコなのではござらんか?」

「そら便宜上捕食者て呼んどるけど!」


「周りにもいっぱい世界はあるだろ!? いや、他の世界に滅びて欲しくないし押し付けたくもないけども!! なんで脇目も振らないんだよ!」

「それは周囲の世界より我々の方が因果的に近いのでござろう」

「因果ってなんなんやろなぁー!」


 まったくだよ!


 サゥマンダーのぼやきに全力で同意する。


 なんなんだよ、因果って!?

 距離の概念が無いって!?



 ……と、ここで一つ思いついた。



「……ってことは、距離の概念を敷けば振り切れるか?」

「おお?」


「この閃路は簡単な単純世界の概念を敷いて、列車が安定して走れるようにするものなんだろ!? 機関車転生の直感でなんとなくわかるぞ!」

「なるほど? 各位、簡易概念拡大展開実行における最適補助AI推薦!」


「バロメッツィ」

「バロメッツィ」

「バロメッツィ」

「バロメッツィ」

「バロメッツィ」

「バロメッツィ」

「バロだねぇ~」


 六体のAIの綺麗に揃った推薦の声。

 そして推薦を受けたバロメッツィ本人の自薦の声。


「ええよ。展開はこっちでやるから、ニーサンは運転に集中してな。ただ、距離の概念ありきって事は、アチラさんの方が早かったら終了やで?」

「魔法で水を大量に出すって出来ないか!?」

「その心は?」

「水は抵抗が強いだろ? 俺達が通るところだけ空けて、それ以外に水を置くんだ。相手の方がでかいから、避けられないだろ!」

「なるほど、ええんちゃう?」

「魔力から水を生み出す魔法は初級中の初級。同時に行けるよぉ~。魔力供給だけよろしくねぇ~」

『よくわからないが、魔力は任せろ』


 バロメッツィの周りに、小さな画面がいくつか開いて、光の輪が数本増えた。


「各位、処理領域一時貸与申請」


「工作車、全生産ラインを一時停止。処理領域99%一時貸与、承認」

「貨物車、全運搬機能を一時停止、保管機能のみ継続稼働。処理領域83%一時貸与、承認」

「医療車、一時貸与不可」

「寝台車、オンラインサーバー一時停止。バロメッツィへ、臨時魔力供給直通パス開通。処理領域51%一時貸与、承認」

「冷蔵冷凍車、一時貸与不可」

「食堂車、一時貸与不可」


 システム的な処理を優先しているからか、補助AIから普段の口調や語尾が消えていた。


 一時貸与を許可した補助AIの周囲にも画面が開いて、光の輪が増えていく。


「魔導処理領域、目標値到達。超多重バイナリ詠唱開始」


 ズ、ン──と、農耕車のあたりに負荷を感じる。


 ヒトだった時には感じた事の無い、物理的な重さとも違う、魔術負荷。

 機関車の魔力炉とも少し違う。魔力炉は魔力をぎゅうぎゅうに圧縮しているのに対して、今バロメッツィがやっているのは長文がビッシリ印刷された紙をどんどこ積み重ねているような感じだ。


 補助AI達の周りの画面と、その外にも、夥しい量の文字が凄まじい速さで上へ上へとスクロールしていく。


 詠唱数の、情報量の重さ。



「発動まで三秒! 開くでぇ!」


「メ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ッ!!」



 多重詠唱が重なりすぎて、ただの羊の鳴き声のようになっているバロメッツィの発動命令。


 ──2


 ──1


 閃路が繋がる先に空間が広がり、視界が一瞬で大量の水に取り囲まれた。


 魔法って、とんでもないな!


 サーフィンの映像でよく見るような、波が覆い被る様子どころじゃない。

 景色は一瞬で海の中だ。

 透明が青くなるほどに大量の水のトンネル。


「うおおおおおおおっ!!」


 バロメッツィは俺の考えを本当に正確に理解したみたいで、水に空いた閃路用の隙間は本当に必要な分しか空いていない。

 針に糸を通すような気持ちで、精密な閃路操作に集中する。思わず声が出る。


 しかもこの水、渦を巻いて後ろに流れている。

 そして俺達が通る穴だけ追い風だ。追い風が渦を巻いている。

 完璧だぜバロメッツィ!


 背後から追ってきていた消波ブロックモドキは、思い切り水流に激突して失速した。


「やったか!?」

「それフラグだよぉ!」

「こっちでもそうなの!?」


 あの捕食者は諦めなかった。

 身体が水流で壊れる事もない。そんなところ消波ブロックらしくなくていいんだぞ!


 波を掻き分けて追って来る捕食者。


 だけど、速さはこっちが上だ。

 徐々にその距離は離れていく。

 これならいける!


 ああでも、今更だけど因果ってこういうので振りきれるのか!?

 ここで距離を取ったところで、後から突然鬼ごっこが再開されそうなのが嫌だ。


 本当なら、迎撃して倒してしまえるのが一番いいんだろうけど……




 ──警告:予期しないフェードイン反応




 赤い警告。


 俺のフェードインシステムは動いていない。


 捕食者の因果に掴まった?

 いいや違う。そんな感触は無かった。断言していい。


 予期しないフェードイン反応


 狭間の事故。

 世界に穴が開く。



 ……これ、故郷で言うところの異世界召喚だ!



「ちょ、待っ!」



 事態は待ってくれやしない。


 がぱりと目の前に穴が開く。


 閃路は既に通っている。

 逃げられない!


 かといって後門は捕食者だ、止まれない!



 ──強制フェードインを検知

 ──緊急存在定義上書

 ──緊急時空調整

 ──緊急重力調整

 ──非常時用閃路上書維持

 ・

 ・

 ・



「きっ、つ……!」


 頭の中に、緊急の処理情報が一気になだれ込んできた。

 思考がそっちに持っていかれる。

 どうするかを考えたいのに、警告が割り込んできて継続できない。


「メェエッ! 超多重バイナリ詠唱中断!」



 掻き消えた水のトンネル。


 抜けた先には知らない世界。


 一気に開けた眼前に広がるのは



 天高く晴れ渡る青空

 そして一面の血の海



 青と赤の、相反する不気味な水平線が、どこまでも続く。



 そして閃路の向かう先に

 ただ一本だけ残ったような、細く高い岩の柱。


 その上に、人影。




「……ほう、珍しい」




 絶対に声が届く距離じゃないのに、しゃがれた男の声が聞こえた。




「郷里が近しい(よしみ)で一度だけ問うてやろう。──貴様は我が前に立ちはだかるか?」


「っ、いいえ!」



 咄嗟にそう叫んだ。


 男は頷き動かなかった。



「ならばそのまま後ろへ抜けろ」



 言われるまま、緊急加速を維持して走る。


 近づいて見えた、岩の上に立つ男の姿。


 ボロボロの赤黒い袴。

 浪人笠で顔は見えない、長い顎鬚が覗いている。


 すらりと伸びた姿勢の良さ。

 その腰には、重そうな刀に、皺だらけの手がかけられて



 ズ ドン! と震えた空気は、追いかけて来た捕食者の巨躯。



 猛り迫る圧倒的な質量は──


 ──しかし男に辿り着く前に崩れ落ちた。


 音も無く、捻じれた消波ブロックみたいな体は細切れで。

 突然電池が切れたみたいに、血の海へと落ちていく。


 いつ抜いたのか、男の手に握られた刀。



「ただのウドか」



 つまらなそうな男の声色。


 盛大に上がる血の海の飛沫。

 遅れて届く波の音。


 緊急加速を切って、閃路を左折し、それを見届ける。


 何がどうなったかなんて、考えるまでもない。

 あんなに恐ろしい捕食者を、あっけなく斬り殺した。


 その男が、ギロリと音がしそうな雰囲気でこっちを見る。



「早う去ね」

「あ、えっと、ありがとうございました。……お、お名前は」

「よせ。名は呼び水。小童に用は無い」



 つまり、名前を知ったらある日突然こんにちはして、斬り捨てられるかもしれないって事?

 勘弁してください。


 慌ててフェードアウトの起動準備を始めると、男の足元に光の円が輝いた。



「ハ ハ  ハ  ハ ハ  ハ!! 来た! 来た! 来たぁ!! 次は誰だ! 何処の誰だ!! どんな強者だ!!」



 それは召喚か何かだったのだろう。

 ヒトが変わったように嗤っていた男は、その光の円と一緒に、元からいなかったかのように消えてしまった。



 ──後には、事態の急展開についていけない俺達だけが残った。



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