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001:三船 道行

 トラックの事故だった。


 なんてベタな……と思いながら、俺はアスファルトに広がる自分の血を眺めている。

 痛みは無い。つまりは痛みが麻痺するくらいに酷い有様だという事だろう。


(死にたくないなぁ……)


 まだ三十路に入ったばかりだよ俺?

 ちょっと早すぎやしないだろうか。

 気ままな独身一人暮らしだったから、誰かを路頭に迷わせる心配が無いのがせめてもの救いか。あーでも親より先に逝くのか……すまんな兄貴、後は任せた。


 流れていく血を目線で追いかけていると、投げ出された俺の荷物が目に入る。


 鞄の口から覗いた、海外列車ツアーのパンフレット。


(旅行……行きたかったなぁ)


 国内旅行は可能な限り飛行機ではなく列車を使う俺が、珍しく飛行機のチケットを取ったのは、海外の寝台列車のツアーに行くため。


 鉄オタを名乗ったり型番覚えてたりするほどじゃあないが、列車の旅が好きだった。北の大地に住んでいながら、広島あたりまで電車で行った時には同僚にドン引きされたっけ。


 海外の寝台列車に憧れて、金を貯めて、ようやく行ける目途が立った所だった。


 せめて、せめてその旅行が終わってから死にたかった。


 手を伸ばす。

 とんでもなく重く感じるのを、どうにか、伸ばして。

 パンフレットを、握りこんだ。


(トラック事故かぁ……)


 どうせトラックなんだから、いっそ異世界転生させてくれやしないだろうか。

 なんか最近流行ってるだろ、そういうの。

 記憶を持ったまま、第二の人生始まるやつ。


 ああでも、剣と魔法の世界も嫌いじゃないけど、どうせなら……列車のある世界がいい。

 乗りそびれた、食堂車があるような、寝台特急に乗りたい。


 若いうちに死ぬ間際。

 そのくらい願ったって……罰は当たらないだろう……



 * * *




 ──再起動



 眠るように途絶えたはずの俺の意識は、『そんな寝言が俺の口から出たような気がした』というよくわからん認識によって覚醒した。


(え、死んだ? 生きてる? どっち?)


 とにかく状況を確認したい──


 そう思った。

 するとそう思った俺の意思に応えるかのように、俺の周囲に虹色の光の線が閃いた。

 光の線で、狭い個室くらいの空間が定義された。そんな風に錯覚した。


 ……そう、錯覚だ。

 俺が人間だから、そう感じるだけ。そう感じる事で、安定するだけ。

 そういうものだと、知らないのに知っているように、頭が勝手に認識する。


(なんだこれ、なんだこれ、俺、今どうなって……)


 パニックになる前に、SFのような大量の半透明の画面が光の線の空間内に現れる。


 ゲージやグラフ。

 常に流れていく文字列。

 英語のようなのに苦手だったはずの俺にも読める。読解に困らない。

 完全リアルタイム翻訳システム。

 異世界の人々と過不足なくコミュニケーションをとるための……


(……異世界?)


 そうだ、俺は死んだんだ。

 ということは……


(本当に異世界転生した!?)


 だがちょっと待て。

 転生したにしては普通の人間の体の感覚が無い。


(体の確認がしたい)


 そう思った途端、半透明の画面が増える。


 いくつかの、カメラアイの映像。

 そして、機関車両の立体的な線画。


 ……機関車両?


 描かれているのは、玩具によくあるようなオールドスタイルな蒸気機関車の形。横倒しにした円柱型の胴体に煙突を付けたようなやつだ。


(……待ってくれ)


 確かに列車の旅が心残りではあった。

 だけどさ。


(列車に乗りたかったんであって! 列車になりたかったわけじゃねーんだよおおおおおおお!)


 人間の体だったら膝をついて崩れ落ちているところだ。

 というか人間が列車になったって、どういうことだ。

 列車って人間の霊が入り込む余地があるのか?

 それに、勝手に頭に入ってくる知識的にも目の前の画面的にも、どう考えても現代日本の列車な感じがしない。


 ……と、焦る俺の視界に一際注意を促してくる赤い光が灯った。



 ──魔力エネルギー残量:2%



 ……魔力、ってことは、これは魔法の世界の列車ってことか。

 いやそれよりも……エネルギー残量ってことは、これは、車で言うところのエンプティランプなのでは……?


(……あと2%しかない!?)


 待ってくれ、燃料が切れたら俺ってどうなるんだ?

 寝るだけならともかく、餓死判定で死んだら洒落にならないんだが!


 誰かー!

 誰かー!!

 お客様の中に魔力をお持ちの方はいらっしゃいませんか!?

 ……というか、お客様いねぇわ。列車だけど止まってるし、機関部だけで、他の車両が連結されてない。

 え、じゃあどこから魔力補給すればいいんだこれ?



 ──魔力提供可能車両一覧



 おろおろと考えていたら、エンプティランプの近くに表示が増えた。



 ──M01

 ──M02

 ──M04

 ──M05

 ──M06

 ──M07

 ──M08

 ──M09

 ──M10

 ──M11

 ・

 ・

 ・

 ・



 ずらりと並んだ番号はなかなかの量だった。

 え、これたぶん車両の型番というか通し番号だよな?

 つまり、俺が入ってる機関車みたいなのが他にもいて、そこからわけてもらって良いってこと?



 ──拒否車両、無し



 マジか。いいんだ? ありがとうございます!



 ──魔力移譲開始



 車体の側面で何か動いてる感じがする。

 いいぞ、思ったより新しい体に慣れるのが早いぞ。

 魔力エネルギー残量もぐいぐい増えていく。


(よしよし、転生して早々の命の危機が遠ざかれば、新しい俺になったこの車体の事をじっくり確認する余裕だって……)



 ──予定解体日まで、あと34日



 ……解……体…………?


 命の危機や車体の事に反応して出てきた情報に、少し余裕が出てきたと思った頭が一瞬で真っ白になる。


(はああああああああああああ!?)


 え、これ廃棄車両なの!?


 待ってくれ!

 待ってくれ!?

 予定不明の死が数十日後に確定になっただけだこれ!

 ダメだ、何度見返しても運行スケジュールにばっちり登録されてやがる!

 やめてくれ!

 俺はまだやれる! まだやれるぞ!


 ……てかマジでやれるよ?

 この機関車、不具合らしい不具合どこにも見当たらんが?

 システムオールグリーン。

 各機能全て好調って出てますけど?

 え、何で? マジで何で解体するの?

 スペックが時代遅れになったとか、そういうあれ?

 でも列車なんてお高いもんだし、限界まで使い倒すもんじゃないの?

 強いて言うならそこそこの期間電源落として格納してたっぽいからガワが少しくたびれてるくらいか?


 ……あ、オートメンテナンス機能あるじゃん。

 魔力も足りるし、やろうやろう。



 ──オートメンテナンス開始



 うおおおおお! メンテナンス気持ちいい!

 シャワー浴びてるような感覚がする!

 SFなんだかファンタジーなんだかわかんないけど、やっぱ元の世界より技術力高いよここ!


 よーし、メンテ完了!

 ピッカピカの新車みたいになったぞ!


 ……この程度の魔力消費で新車みたいになれるなら、本当に解体する理由がわからないんだが。


(誰か詳しい人いないかな……)


 そう考えると、カメラアイに意識が行った。

 自分の車体を映していた視点を、クイッと外側へ向ける。



 ……映ったのは、口をあんぐりと開けて驚いている偉い人っぽいスーツのお爺ちゃんとその護衛っぽい人。

 そしてものすごく焦った様子で走り回って何か確認してるっぽい作業員的な方々。



(やべぇええ!! めっちゃ見られてたあああああ!!)


 ヤバイヤバイヤバイ!

 思いっきり真横に人いるじゃん! 全然気付いてなかった!


 周りの景色はどう見ても格納庫。


 もしかしなくても、人間視点では『解体予定の廃機関車が勝手に動きだして補給とメンテした』って状態なのでは?


(ホラーじゃん!)


 ホラーの誤解を解いたとしてもだ。

 お化け状態とはいえ勝手に入り込んで機関車好き勝手してる俺は、どう考えても不法侵入者。

 状況を理解してもらえたところで、異世界のお化けの俺に人権なんかあるわけない。


 ……というか俺がお化けな時点で誤解もなにもホラーだわ。


 どうせ解体するんだから、車両お焚き上げ一択だろこんなの。



(……逃げよう!)



 責任者さんには申し訳ないけど、俺はこんな短時間で二回も死にたくない!



 ──フェードアウトシステム、チャージ開始



 決意と同時に、フェードアウトシステムが準備を始める。


 これは……『世界からのフェードアウト』

 つまり異世界への移動だ!


(え、この列車そんなことできるのか!?)


 何度も画面や直感を確認する。


 ……できる。


 この列車は、『片道異世界特急』

 ここではない、どこかの世界へ行くための列車。


(もしかして……この人たちも、余所の世界から来た人達なのか?)


 例えば元の世界に何かの理由でいられなくなって、移住してきたのだとしたら。


(もう、どこへも行かなくてよくなったから?)


 それなら、こんなに現役で使える列車を解体しようとしていたのも頷ける。そんな途方もない技術の塊、きっと維持管理だって大変なはずだ。


 ああそうだ……もし予想通り移民船だったなら。


(寝台車とか、あるのかな?)


 機関車になってしまった俺が今後どうなるのかわからないが、もしも人の姿に戻れたことを考えると、居住空間が欲しい。



 ──異世界運行規定車両一覧



 即座に画面に表示されたのは、異世界を駆ける上で最低限必要と定められている連結車両の一覧だった。



 ──寝台車

 ──冷蔵冷凍車

 ──食堂車

 ──農耕車

 ──医療車

 ──工作車

 ──貨物車



 ……うん。

 確信する。

 やっぱりこれは、移民船だ。



 ──車両の接続許可、承認を確認



(えっ?)


 驚いている俺を余所に、格納庫が動き始めた。


 俺が入っている機関車の後ろにスペースができて、一覧にあった車両が魔法陣から現れて連結されていく。


(なんで……承認って、偉い人の許可ってことだよな?)


 カメラアイを見る。

 他の作業員より少しラインが多い作業服を着た男性が、仕方ねーなって感じの苦笑いを浮かべていた。


 その顔で、わかってしまった。

 ここの人たちは、みんなこの列車が大好きなんだって。

 解体するのは仕方ないことだけど、もう走らないのはもったいないなと思っていたんだって。



 ──車両側部、軽微損傷。



 小さな衝撃に慌ててカメラを向けると、どうみても一番権力のありそうなお爺ちゃんが、杖で車体に何かを刻み付けていた。


 そして言う。



「いきなさい」



 ……『行け』と言われたのかもしれない。

 でも俺には、『生きろ』と聞こえた。



「お前の旅路が幸多いものとなることを祈っているよ」



(……っ!)


 死にたくなかった。

 転生してもすぐに死ぬのかって、そんな上手い話はないんだって思いかけた。


 でも、いいのか。

 もう一度、生きてもいいのか。


 人体でも無いのに涙が溢れている気がする。


 ごめんなさい。

 大事な機関車だったろうに、俺が自分可愛さに持って行く事になる。


 でも、やっぱり死にたくないから、御厚意に甘えて俺は行きます。



 ──駆動、前進。



 ガラガラと音を立てて、正面の扉が開かれた。

 差し込む眩しい陽の光。

 広がる青空。

 風力計が反応している。


 吸い寄せられるように、加速した。


 引き留められるような事も無い。

 思わず後を振り返る。


 ずらりと見送ってくれている人たちは、皆、皆、敬礼をしていた。

 どこか嬉しそうな、誇りに満ちた顔で。



(っ……ありがとうございます!)



 お礼を言いたくて、でも声が出なかった。

 代わりに汽笛を、思いっきり鳴らす。


 この人達の事を忘れたくない!

 そう強く思えば、カメラアイに映る景色がスクリーンショットとして保存されたのが分かった。


 魔力反応路良好。

 瘴気は煙突から排出。

 中和するための蒸気を下部から吹き出しながら、ロッドと車輪が勢いを増して。

 蒸気機関車そのものの動きで、走り出した。


 格納庫の敷地は狭くて、線路はすぐに途切れている。



 ──閃路敷設、展開。



 その線路から分岐するように、空へ向かって半透明の光の線路が展開された。


 登るために、加速する。

 勢いをつけて、駆け上がる。

 木を超えて、屋根を超えて、もっともっと高い空へ。



(すげぇ……飛んでる。空を走ってる)



 子供の頃に読んだ銀河鉄道みたいだ。


 格納庫はあっというまに小さくなって、周りの景色がカメラアイに入ってくる。


 魔法陣のような形に配置された、でもどこかSFみたいに未来的な、ピカピカの街。

 大きな乗り物が空を飛んで、コンテナみたいなものを牽引している。それにも魔法陣が光っていた。

 街の周りに道はひとつもない。

 文化が違う俺にだって、新しい街だとわかる。


 その街に向けて、俺はもう一度シャッターを切った。


(すいません! もらっていきます!)


 このカメラアイ、ズームイン機能が凄まじくて、街の人達が驚いた顔や嬉しそうな顔でこっちを見上げているのまで見えたんだ。

 その人達へ向けて、もう一度汽笛を鳴らす。


 ……あまり長居するのもよくないだろう。

 これでも一応逃亡の身だ。



 ──フェードアウト開始



 機関車両、先端に魔法陣展開。


 魔力凝縮。


 進行先の空間が歪む。

 渦を巻いて、空がトンネルのように開かれる。



 ──世界からの、フェードアウト



(行くぞ!)



 魔導列車に生まれ変わった俺は、もう振り返らずに、真っ直ぐ世界を飛び出したのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 夫婦開拓からこっちに来てどんな導入になるのかと思いましたけど、これはいいですね。とてもいい。
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