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買い出しを終えた二人は、市場で偶然に出会ったゼアスと共に、宿へと戻る途中であった。
ゼアスがグレイに、リチャードの子供の頃の事など、他愛もない話をしていると、突然リチャードが走りだした。
グレイは、からかいすぎたと一瞬、反省したが、走り去るリチャードの顔は、焦りを交えた真剣な顔だった。
それは不思議な光景だった。
グレイから見たリチャードは、前を歩いていた女性を追いかけ、その女性に覆い被さる様な体勢で、飛び掛かったと思いきや、女性に手が届く寸前、麻痺の魔術に打たれたかの様に、棒立ちになった後、その場に崩れるように倒れた。
女性は、そんなリチャードに、気づく事も無く、歩き去った。
グレイとゼアスは、慌ててリチャードのもとに駆け寄った。
リチャードは、気を失っていたが、外傷は無く、グレイが、魔力の残滓を探ったが、それも無かった。
「なんだ! 突然、走り始めて…ここまで変な奴じゃ無かったがなぁ…」
道端に寝かせておくわけにもいかず、ボヤきながらもゼアスが担いで宿へと戻る事にした。
漸く、宿に戻ると、ゼアスが言った。
「お嬢様、こいつどうします?こいつの部屋に放り込んでおきましょうか?」
お嬢と呼ぶゼアスを、目で咎めながらグレイは応えた。
「私の部屋へ寝かせて。ほっとく訳にもいかないでしょう?」
「で、でも、」
「大丈夫よ。起きたら打ち合わせもしたいし、それこそ明日から暫く、野営で一緒だわ。同じでしょ?」
ゼアスは、リチャードをベッドに寝かせると、夕食の準備の為に、グレイの部屋を渋々出て行った。
「さっきの女性、ポーラ叔母様に似てたけどまさかね。
あっ!それよりギルドに行かなくてわ!!」
グレイとリチャードは、明日からの遠征の際、街との連絡に困る可能性を考え、ギルドに人員を頼んでいたが、リチャードが、いつ回復するか、分からないので、ギルドにも相談が必要になったのだった。
「ダナンさんはいますか?」
グレイが、ギルドの受付の女性に尋ねると、聞こえたのか、奥の扉が開き、細メガネのダナンが出てきた。
「グレイさんでしたね。こちらへどうぞ」
ダナンに導かれ、奥の部屋へ入ったが、ダナンは扉を閉めなかった。
「気になりますか? 聴かれたくない話ならば、扉を閉めますし、結界の魔道具もありますが?」
「その必要は、ありませんわ。ただ、頼んでおいた人の手配が、必要では無くなるかもしれませんので…」
「何かありましたか?」
「それが、リチャードが倒れまして」
そうグレイが、ダナンに話すと、
「リチャードがですか!」
倒れたと聞いたダナンが、大声をあげながら、立ち上がった。
あまりの剣幕に驚いたグレイだったが、続けて、宿の部屋で寝かせている事、心肺に異常が無い事、外傷の類も無いことなどを伝えた。
「失礼…」と座り直したダナンは、リチャードとの関係を話し始めた。
リチャードを子供の頃から知っていることを。
パーティーを、組んだことがある事を。
そして何よりも、リチャードは、忘れている様だが、リチャードの父に、命を救われたことを。
グレイは、ダナンの後悔を含んだ告白を、黙って聴いていた。
ダナンは、気が済んだ様に息をつくと、こう言った。
「明日からの件、私が同行します。朝、宿に行きます。中止なら、それからギルドに出勤するだけなので、その方がいいでしょう」
「ありがとうございます。でもよろしいのでしょうか?」
尋ねるグレイに、ダナンは、冒険者を雇うと中止の際、手続きが面倒になりますよ、などと嘯いて、同行を求めた。
グレイ達には、渡りに舟の提案だったので、同行についての、いくつかの取り決めをして話しを終わらせて、グレイはギルドを出た。
ギルドを出る際に、受付にいた女性に、手を合わせる様に何かを話すダナンを見て、扉を閉めなかった理由を察した。
翌朝、リチャードは、気分良く目覚めた。
なんだか昨日の記憶が、途中から曖昧だが、今日からの装備は揃っているし、気にするのをやめて食堂に下りた。
そこには、リチャードを予期せぬ人物が待っていたいた…