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次の日、リチャードは、何組かの駆け出し冒険者の間を飛び回っていた。
この街の冒険者の獲物は、ギルドに常設依頼として出ている兎系と鼠系の魔獣だけだった。
一組だけ、保護指定の魔鳥を取っていたパーティがいたので注意をしたが、それ以外は、イレギュラーなことは無かった。
鳥の魔獣である大雀は、その身に魔石を持つ為、魔鳥と呼ばれるが、人を襲うことは無く、それどころか穀草の敵である蝗系の魔虫を餌としているので、地域によっては信仰の対象でもあるのであった。
そんな報告を、夕食時にグレイにしたが、それ以外は、彼女の方も気になる報告は無かったので、お開きとなった。
調査二日目の夜もリチャードには、報告らしい報告は無かったが、グレイは何かを言い淀んでいた。
リチャードが促すと、グレイは、「あくまで勘よ!女の勘!」と、言いながら話し始めた。
グレイの聞いてきた話は、リチャードの想像とは違っていた。
まもなく卒業を計画している、そのパーティーは、一昨日、初めての護衛依頼を無事、遣り遂げて帰ってきたパーティだった。
生憎、始終風が強かったらしく、アーマーの隙間の砂をブラシで、払いながら話してくれた。
「あんな荷物に、なんで何人も護衛つけてんだよ!」
「ちょっと、積み荷については、話しちゃいけないんじゃないの?」
「いや、依頼で明かされたんじゃなくて、風で偶然、見えただけの事だしセーフじゃないか?」
「あぁ、完了のサインを貰った後だしな!」
などと、パーティーで言い争いながらも、教えてくれた積み荷とは、何の変哲もない“空”の鳥カゴだったそうだ。
この辺りでは、盗賊の噂は途絶えて久しいが、それでも護衛依頼とあって、彼らは緊張の中、依頼を終えたのだから不貞腐れるのも無理は無かった。
グレイは鳥カゴと聞いて、昨日のリチャードの件と関係があるのではと思っていた。
だが、リチャードの話の方では、魔鳥を狩っていたのであり、生け捕りにしていた訳ではないので、鳥カゴの用途に、結び付かなかったので、言い淀んだのだ。
リチャードは尻窄みになったグレイの報告を最後まで静かに聞いてから、口を開いた。
「俺はこの街の出だが、魔鳥をとる奴なんて今まで見たことないぞ。
魔鳥が益をもたらすなんてこと、ガキでも知っている話しだ。
なんかおかしいって勘は、あながち間違ってないんじゃないか?」
グレイは、リチャードの弁に、救われたという表情を浮かべたが、依頼からは外れる話なので、あくまで今は、気に留めるだけにすることで合意し、話を終えた。
三日目、二人は予定を変えて、周囲の調査は、昼で終わりにした。
早めに合流をしたのは、明日からの遠出に必要な、買い出し等の準備の為であったが、今、二人の姿は宿の食堂にあった。
「やっぱりリチャードの方もそうだったのね」
「あぁ、昨日から東側の魔獣が増えているそうだ」
「うん、私が話を聴いたのは、リチャードが魔鳥の件で注意した子たちだったけど、あなたは有名人なのね?目を付けられたって、焦っていたわよ」
リチャードは、それには応えずに、顎の動きで先を促した。
「はい、はい。
あなたに注意された前の日に、魔鳥を取る人を見たんだって。最近まで東側は、兎も鼠も減っていたらしく、それで魔鳥をって、なったらしいわ」
「それが、一日で増加に転じたわけか。まぁ移動による自然変動と、みれなくはないが…」
「そう言うと思って、ここに来る前にギルドの資料室に行ってきたわ。魔獣増減、東側で調べると二十一年前に同じ動きがあったわ。逆に見るとこの地域は二十年の間、安定していたのよ。
それに、以前の原因は自然変動じゃなく、山からおりてきた熊の魔獣だったの!」
グレイの話をリチャードは知っていた。
リチャードには、母の記憶が無かった。物心が着いた頃から父と二人だった。
ガタイのいい父は、優しい人で、誰よりも日に焼けて、畑を耕していた。
二十一年前のあの日、傷を負った冒険者と街の門番が、慌ててギルドに入ったあと、緊急の鐘が打ち鳴らされた。
錆びて響きの悪い鐘の音をリチャードも父と聴いた。
どこに隠していたか、父はりっぱな剣を背に括り、一言「行ってくる。」と言って東門を出ていき、二度と帰ってこなかった。
後日、剣と共に訪ねてきた冒険者によると、ポイズンベアという魔獣が現れたが、街にはC級冒険者がいないため、相当の被害が出るところだった。
数名の冒険者が、牽制しかできないでいる場に、颯爽とあらわれた父が、華麗な剣技で、一刀のもとに倒したそうだ。
遅れてやってきたギルド職員が、何やら大口をたたきながら倒れている魔獣の頭部を蹴ると、倒れていた魔獣が跳ね起き、その口から毒を吐き出した。
慌てたギルド職員は、隣にいた冒険者を引き込み、盾にして逃げたそうだ。
その冒険者を更に引っ張り、代わりに毒を受けたのが父であった。
魔獣は、それで力尽き絶命したが、ポイズンベアと報告のあった魔獣は、実際は知能を持ち、毒性の酸を吐く、アシッドベアであった。
酸毒を、まともに浴びた父も、その場で力尽きた。
その惨状故、その場で荼毘に付された事を、冒険者から「俺のせいで…」と、涙ながらに伝えられた。
「たが、やまに入るなら野営の準備も必要だぞ?」
「望むところよ! 行きましょう!!」
グレイの勢いに、二人は席を立った。