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エルバスト王国の領地の、もっとも東南にある街は、冒険者の間では「始まりの街」で通っている。
領地の端ということは、隣国との境界ということだが、高い山々が互いを隔て、相手国には戦略上も統治上も、旨味のない地となっている。
街を囲む、僅かな穀草地帯と、その先の林(原生林ではなく、人の手が入っている)は、魔獣が生息しているが、確認されているのはD級の三種のみである。
林を越え、山までいけばまた違うが、そこまで行く者など街にはいない。
魔獣には等級があり、人族への危害の質で分けられている。D級は間接的に(農作物への影響などを含む)被害をおこす魔獣で、日本なら害獣、害虫とよばれる手合だろう。
ちなみにC級は、人族に直接危害の恐れのある狼、熊などの肉食系の魔獣だ。その上のB級は街レベル、A級は国レベルに、影響をあたえる魔獣となり、人族に知能を持って敵対している魔獣は、枠を超えてS級と呼ばれている。(但し、各地ギルドにおける討伐等級は、同時出現個体数などによっても異なる)
その立地から、寂れた辺境と見られがちな「始まりの街」だが、人の出入りは存外多く、隣町との馬車の行来も日に数便ある。
この事が、その通り名「始まりの街」たらしめる理由になっている。
初心者でも倒せる魔獣に、適度な物流、そしてその護衛依頼と、魔獣を倒して技術を磨き、途切れない品々で装備を固め、護衛依頼で「始まりの街」を卒業する。そんなライフサイクルが確立されているのである。
「おい、リチャード! C級冒険者様が「始まりの街」になんの用だい? ここは「再出発の街」じゃないぞ?」
冒険者ギルド(以下ギルド)の扉を開いた男に、受付で暇をしていた細メガネが、からかいの声をあげた。
男=リチャードは、忍び笑いや「C級かよ…」と呟く輩の間を抜け、気を悪くした素振りもなく受付に声をかけた。
「久しぶりだな、ダナン。相変わらずの悪態、元気そうでなによりだ」
「おぉう。それで今日はどうした?」
受付の細メガネ=ダナンは、C級に上がったと聞いてはいたが、数年前までギルドをウロチョロしていた昔なじみの大人びた変貌に目を見張った。
孤児として「始まりの街」で育ったリチャードを、ダナンは良く知っていた。
自分より四つ下で今は二十五、六となったはずだが、同じ孤児だったダナンは、幼い頃から気に掛けていた。
歳の差もあり、一緒に組んだのは一度切りだったが、その後、ギルド職員となったダナンは、リチャードと、それなりに付き合いがあった。
ギルドにおける冒険者の等級は、同等級の魔獣を安全に倒すことのできる者、(またはパーティ)である。
個人でそれを成す者は、肉食魔獣の生息地域では、大歓迎で迎えられる存在であり、小さな村や街ならは、英雄扱いだ。
つまりリチャードは、「始まりの街」には、不釣り合いな存在なのである。その事もあり、ダナンは若干緊張していた。
「C級昇格条件の間引きだよ。所謂、お礼行脚さ」
リチャードの言葉に、ダナンは、特別な脅威では無いと知り、安堵した。
初心者の多くが集まる街や村では、脅威度は低いといえ、取りこぼしや見逃しが出るものである。
お礼行脚とは、その確認を、その街の出身のC級昇格者に、やらせることで、粗暴と思われがちな冒険者のイメージ改善と、お披露目を兼ねているのだ。(なので出身地が推奨されているが、絶対ではない)
「もう一人、来るらしいが着てるか?」
「いや、まだだな」
「じゃあ俺は宿で待たせてもらうから、来たら教えてくれるか?」
そう言ってリチャードは、ギルドを出て行った。
この街には、自炊のできる簡易宿泊施設が多くあるのに対し、宿は一軒しかない。
卒業間近の奴らでも、宿に移る奴はいるので、C級のリチャードならば、宿を選んで当たり前だが、サラッと宿を選ぶ、その余りに見違えた押し出しに、ダナンは、羨望の眼差しを向けずにはいられなかった。
ダナンはリチャードが去った後、蓋をしたはずの“自分もあの時”という思いに、苛まされていた。
選択の結果がもたらした今の平穏な生活を、無価値なものに感じてしまい、書類の山に埋もれることで、忘れようとした。
「こちら、いいかしら?」
しばらくの間、書類整理をしていたダナンが、書類を除けて顔をあげると、冒険者の装備を、身に纏ったブロンド美人が、そこに立っていた。