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(早く、早く離れなければ!)
グレイは、地面に横たわる男の死体に、辺りを気にしながら枯れ葉をかけていた。
明け方から、先程まで続いていた魔術による破裂音は、少しばかり前に止んでいた。
今、奴らのいる対岸には、炊煙が立ち昇っていた。
敵の全容が確認できたことは、幸運か、不運かは分からなかった。
なぜなら、奴らのリーダー格、彼の魔術師こそ数年前に突如、帝国に現れ、すぐに一席となった鬼才の魔術師と言われた男だったからだ。
従者一名、護衛三名と数えて、あと一人は?と思った瞬間、すぐ後ろで枯れ枝を踏み折る音がした。
すぐに横に跳び、腰の隠しにあった投げ矢を放った。
矢は男の喉元に刺さり、叫び声が辺りに響いた。
男は、尚も声を上げようとしたが、それは叶わず、その場に倒れた。
(聞かれた?!)
身を隠しながら、対岸の男達をみると、変わらず談笑していたので、グレイは滝音に感謝した。
そうして、死体を隠したグレイは、気はせりながらも、ゆっくりと、ゼアスを寝かせた場所へと戻った。
寝かせたはずの場所に、ゼアスの姿はなかった。
慌てて辺りを探すと、地表近くに大きな洞のできた木に寄り掛かり、虚空を見つめていた。
移動に無理をしたのか、顔色は悪く、息も絶え絶えだった。
「…お嬢、置いていって下さい」
戻ったグレイに気づいたゼアスの声は、いつになく小さかった。
「フフ、道が分からないって言ってるじゃない。それに解毒作用のある草をみつけたわ、それを飲んでからどうするか、考えましょう?」
本来のレシピは煎じるのだが、火の使えない今は、せめてと、小刀で刻めるだけ刻み、絞り汁をそのまま飲ませた。
川面の光が弱まり始めた頃、また爆発音が響き始めた。今度の音は、様々な方向から聞こえてきていた。
それは明らかに、二人を追い立てるための攻撃音だった。
ゼアスの容体と、隠れた木の丈夫さに期待して、動かないでいた…いや動けないでいた。
時折、破片が近くを掠めたが、グレイは、本当に近くに飛んできたものだけを、魔術を使って避けるようにした。
陽射しは陰りを見せ、後、ほんの少し耐えれば、日没となる、そうなれば一息つける。そう願いながら止まぬ攻撃に耐えていた。
「おい、ギム!……チクショー!!」
男の叫ぶ声に、隠した死体が見つかったことが分かった。すなわちそれは、敵の接近を意味していた。
「いたぞー!」
グレイは、声を聞くとともに、素早く自分達を見つけた男へ、出の早い雷撃の魔術を放った。
「ウワッ!…あぶねー」
グレイの魔術は、男の手前の木の枝に当たり、葉を散らした。
(こんな時に!)
グレイは勝手ながら、今まで味方をしてくれていた森に裏切られた気がした。
「タイチョー!これ以上、近づけないから、魔術でやっちゃってくださいよー」
「そうですよー、タイチョーの魔術なら一発でしょー!」
「お前ら、巫山戯てるのか?
まぁいい、じゃあ逃げない様に見張ってろよ!」
グレイは、男達の軽口を聞いて、
(顔でも出したら吹き飛ばしてやる!)
と、魔術を構えていた。
だが、相手は木々に隠れて見えず、いきなり連続で、魔術の弾による衝撃に晒された。
完全に、こちらの居場所はバレており、正確に敵の魔弾は飛んできていた。
グレイは、洞の前に立って、敵の攻撃を防いだ。敵の攻撃は、その正確さゆえに、慣れれば迎撃も容易かったが、止むことなく続けられた。
「ハハ、魔力量比べのつもりかよ!」
男は、笑いながら言って、魔弾の排出速度をあげた。
辺りは砂埃が立ちこめ、隠れていた木の洞も削られていった。
グレイは、それでも防御の魔術で耐えていたが、自分の方が魔力量が少ないであろうことには、気がついていた。
(せめて一矢!)
と、飛び出したい衝動に襲われたが、それをすれば、後ろにいるゼアスの命が散ることも分かっていた。
「ホウ、なかなか粘りますねー」
「ホントだ!タイチョーの魔術が弱いんじゃないのー?」
グレイは、敵の位置を把握できていなかったが、奴らのニヤけ顔は想像できて、それがまた悔しかった。
「しつこいんだよー!さっさと諦めろ!!」
魔術師の男は、部下の煽りに乗せられたのか、特大の魔弾を放った。
グレイは、精一杯の防御魔術で、なんとか弾いて上に逸らしたが、二人が隠れていた木に直撃し、幹を消し飛ばした。
改めて隠れる間もないグレイは、覚悟を決めた。
(リチャード!)
最後に心に思い浮かぶのは、やはりリチャードのことだった。




