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また、ペンが止まってしまった。
リチャードへ感謝と別れを告げるためだけの手紙なのに、私は、何度書き損じるのだろう。
敵が来るかもしれない。早く荷物をまとめて、ここを去らなくてはいけない。
そんな気持ちと裏腹に、リチャードが帰ってきてくれるかもしれない…
そんな思いが強く出ているのか、ペンが進むのを拒む…
リチャードは、人を訪ねに出たという。この街は、彼の出身地。
私には関係ないはずなのに、女性では?と胸が痛むのは何故…
リチャードは不思議な人だ…
同じ階級でも、冒険者としては先輩だ。それに相応しい技量、知識、落ち着きをもっている。
その落ち着きからくる冷静さ、人への配慮、優しさと、非の打ち所のない人だ。
日々の鍛錬を欠かさないうえに、体はいつも清潔に保たれている。少し童顔気味の顔のヒゲも、大人の雰囲気をだすアクセントだ。
そんなリチャードだが、時折、甘えん坊になる。
あまりに自然な、その甘え方に、私はリチャードを年下の弟の様な存在に感じる時がある。
私より七つは上のはずなのに、年上を感じさせないなんてレベルではなく、本当に年上を忘れて、私もおねえさんぶってしまう。
そして…
そんなリチャードを可愛く思っている。
そう、私は、リチャードに惹かれている。
言葉に出してしまえば簡単なことだった。
でも、部屋に備え付けられた便箋は、もう、二枚しかない。
リチャードが、目覚めとともに安堵したのは、落ちなかったことだ。
それは宿のベッドではなく、木の上だったからだ。
眠る前の最後の記憶は、帝国の魔術師と戦い、決着をつける瞬間だった。
もう一つ、またしても猫の鳴き声を聞いた気がしたが、そこは曖昧だ。
もし、魔獣の仕業ならば、早贄の様なものなのか?などと考えながら木から飛び降りた。
木から降りると、側には首のない男の死体があった。
あの時、首を狙った我が剣は、敵を捉えたのだろうか?
だが、その考えは、すぐに頭から追いやった。
切り口が、鋭利ではなく豪快といえる切断面は、自分の武器と合わないからだ。
リチャードの頭に、また贄が浮かんだが、どれだけ探っても魔獣の気配は無かった。
その周囲の探索の際、魔術師の首をみつけたので拾っておいた。
死体まで戻ったリチャードは、今回の襲撃に関する手がかりがないかと死体を探った。
ローブの下には、タスキがけで数本の短剣があり、鋳造から帝国製と判別できた。
男の言っていた帝国製の薬も懐にあったので、帝国の魔術師だと確信した。
もう一つ、
「これは、マズイな…」
男が腰に身に着けていたのは、小型の魔獣を入れられる箱だった。そしてそのサイズから入れられていたのは、鳥型魔獣とだったはずだ。
「報告を飛ばしたか、増援を呼んだか…
どちらにしてもグレイに伝えなければ!」
リチャードは、死体の処理をすると、街への帰路を急いだ。
「お嬢様、行かれるのですか?」
「ええ。」
ゼアスには、旅装を終えたグレイが、物憂げに見え、言葉を重ねた。
「本当に、リチャードを待たないので?」
「ええ。関係のないこの国の人を巻き込むわけにはいかないわ…」
「でも、冒険者として雇うことも」
「だめよ、だっていつまで? 私の願いは、いつ叶うか分からないわ」
「そうでした。
せめて少しだけでも送らせてください」
そう言って、ゼアスは、冒険者時代に使っていた両刃斧を持ち出した。
その両刃斧に浮かぶ錆が、この男の平和に暮らした年月と思うと、グレイは喜べなかったが、その申し出を断わらず受け入れ、二人、連れ立って宿を後にした。
部屋に手紙を残して…