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「はぁ~、面倒臭いですねぇ〜 誰ですか、この男は?」
浴室のドアが開き、灰色のローブを纏った、痩せこけた男が出てきた。
ローブの袖から出ている腕は筋張り、目は窪んでいた。
「まぁ、いいですか。浴室での事故死より、痴情の縺れの方が、ワタシも、偽装の手間が省けるというものですね」
ローブの男は、どこに仕舞っていたのか、袖口から二本の短剣を取り出した。
「まずは、散々迷惑を掛けられた、小娘からにしましょう」
そう言うと、短剣を持ってグレイに近づいた。
「背中に刺しては、相対死に、見えませんね」
そう言うと、グレイの身体を足で蹴り上げ、ひっくり返した。
グレイの金色の髪が流れ、その横顔に、何に反射したのか、短剣の光が当たったが、それでもグレイが起きる事はなかった。
「なるほど、あの方が、ご執心になるはずですね。だが、ワタシにとっては、ただのガキですね」
フン!と興味なさげに、鼻を鳴らすと、グレイの胸に突き立てるべく、短剣を振りあげた。
「お前、その短剣をどうするつもりだ?」
ローブの男の首筋に、いつの間にか、剣があてられていた。
「き、貴様!、何故、目を覚ましている?!」
ローブの男は、剣が食い込むのも気にもせず、首を回して振り返り、叫んだがために、首に線が浮かび、血が滴った。
「「何故、目を覚ましている?」だって? いや俺からすれば、大分、寝過ぎた気分だが?」
男の首に、剣をあてたままのリチャードは、不気味な雰囲気を漂わす男に、臆すことなく答えた。
リチャード自身、何故、林にいたはずの自分が、グレイの部屋にいるのかが、分からなかったが、ローブの男とグレイの尋常じゃない様子に、介入したのだった。
「いえいえ、そう言わずに。もうしばらくお眠りになったら、どうですか?!」
幾分、冷静さを取り戻した男は、足下で眠るグレイから、距離を取るように、部屋の端にある椅子の側まで、駆け足で行き、座面に置かれた鳥カゴを持ち上げた。
「鳥カゴ?」
リチャードは、ローブの男の、するがままにさせていた。
別に隙を見せたわけでは無く、男が、何者だとしても、いきなり首を刎ねる訳にはいかないので、泳がせたのだ。
男の動きからしても、自分の剣技からは、逃れようが無いのは明白であったし、部屋のドアは、自分の後ろにあるので、逃げられる心配もないと思っていた。
それは、ひとつの油断だったのかも知れない。
「こいつの為の餌に、魔鳥まで取らされましたからね。さあ存分に、働いてもらいますよ」
そう言って男は、リチャードに、鳥カゴを掲げて、見せつけた。
「ニャー!」
男が、掲げた鳥カゴを、大きく揺らすと、突然の揺れに、おどろいた子猫が鳴き声をあげた。
「ネ、ネコ?」
その鳴き声を聴くと、リチャードは、いきなりその場に膝をついた。
(ま、まさか!あれはスリーパーワイルドキャット、ま、まずい意識が…)
剣を支えに、男を睨んだが、遅かった。
「ハハハッハ、無駄に時間を掛けて、用意した甲斐があった様ですな」
男はそう言って、手に持った鳥カゴを、無造作にベッドの端に放った。
「ギャー」
子猫は、抗議の声をあげたが、男は意に介さず、眠りについたリチャードに迫り寄った。
「フム、待てよ。小娘が寝てから、時間が経ちすぎていますね。やはりここは、小娘から始末するべきですね…」
男は、背中をベッドに持たれかけさせて、床に座るグレイに近づき、先ほど落とした短剣を拾いあげた。
「フフフフ、相対死なら、やはり胸ですか?」
男は、そう言って一度、短剣のはらで、グレイの胸を叩く仕草をしてから、再度、振り上げた。
「では、さようなら、お嬢さん」
そう言って、ローブの男は笑った。
「あぁ、さよならだ、ジジィ」
声と一緒に、何かが床を転がる音が、部屋中に響いた。
ローブの男は慌てて振り向いたが、そこに転がっていたのは、氷のなかに閉じ込められた人間の手だった。
その手は、小娘の胸に、突き立てるはずだった短剣を握った、男、自身の手だった。
男は、それを成した人物を見て、驚愕した。