17
馬車が、街の門をくぐる時、一昨日からの緊張から、遂に解放された気がした。
野営地を引き払う頃には、小鳥が、林に戻って来ていたので、ひとまず、異変が去ったことを感じてはいたが…
(斯くも自然は、正直だ!)
なんて事を思っていると、
「貴族みた〜い!」
ローラさんが、はしゃぎ声をあげた。ギルドの馬車が、門パスしたことに興奮した様子だった。
(ローラさんも緊張してたんだな…)
そんなローラさんを、事情を知らない御者が、呆れた顔で見ていた。
(御者よ… そんな顔で見ていたら不敬だぞ、事情を知ったら、首が飛ぶぞ!)
ダナンは馬車を、俺達の宿まで回してくれた。
御者を待たせて、僕等と供に、宿屋に入ったが、
「明日、ゆっくりで良いから、ギルドに顔を出してくれ。グレイの件の方も、少し探っておく」
とだけ言って、踵を返した。
「ゼアス!帰ったわ。カギを頂戴?」
ローラさんが、厨房に声を掛けたが、返事は無かった。
「買い出しかしら、仕方ないわね」
と言って、カウンターから、カギを二つ取り、一つを投げて寄こした。
「ダナンが、ギルドへは報告するでしょうけど、私達も少し、整理しておきましょう。
汗を落としたいから、時間を空けて、私の部屋へ来て? シャワーを浴びたいなら、その時にどうぞ?」
(ローラさんは優しいなぁ〜 そうだよ、俺の部屋には浴室が、無かったからな… ゼアスめ!)
ゼアスのせいではなく、支払う金のせいだが…
「ありがとう、後で借りにいく」
そう言って、ひとまず別れた。
自分の部屋に戻り、ベッドに腰掛けると、ふと淋しさを覚えた。
(ばあちゃんが亡くなってから、初めてこんなに長い時間、人と居たな)
独りに慣れる事と、独りが好きな事は、違う事だと、気付かされた。
(早くローラさんに会いたいけど、女の人ってお風呂長いんだっけ?)
しばらく、そんな事を考えていた。
(もったいない… そうだ!時間潰しに、魔獣に襲われた時の事を、考える事にしよう)
自分の中で、気になっていた事を、思い返すことにした。
「あの時、なんか、変だったんだよな?」
目を閉じて、あの瞬間を思い出そうとすると、迫る牙の恐怖に、うまく思い出せなかった。
後から、ローラさん達に聞いたが、あの時、僕は気絶をしたのではなく、魔獣の魔法で寝たらしかった。
「ローラさんと、話していた時に、聴いた猫の声が、魔法だったって言ってたなぁ」
(眠らされて、起きたら目の前に牙だなんて、この世界は安全じゃない。僕は強くならなければならない。そのためにはできる事を、しっかりと確かめなければならない!)
再び、眠らされようとした瞬間、何かをしたはずだが、思い出せずにいた。
「絶対、魔獣も一瞬、怯んだんだよな… 何かをぶつけたんだっけ?」
(でも、ローラさんと話しをしていた時に、眠らされたんだから、手に何も、持ってなかったはずなんだよね… )
やはり、思い出せそうに無かった。だが、何かが、引っ掛かった。
「この宿の裏庭で、魔法の練習をした時は、詠唱はしなかったけど、トリガーワードは、口にしたはず…」
(となると、何かの魔法を口にしたのか?
いや、魔法が発動したのなら、もっと結果は違ったはずだ、僕は、なにせ、チーターなんだから)
「そうだ!無詠唱。なんで早く気が付かなかったんだ、僕の魔法は、チートじゃないか!」
( …はい、できませんでした。)
言葉に出すという事が、魔法を使うイメージの、具体化への一助なのか、裏庭で出来た魔法も、心で思うだけでは、一つも発動させられなかった。
「で、できない… ハッ!やベェ、ローラさんのとこいかなくちゃ!」
僕は、ひとまず諦めて部屋を出た。
ローラさんの部屋は、廊下へ出て一番奥のドアだ。
僕はノックした。
…
…
…
僕はノックした。
…
…
…
僕はノックした。
…
…
僕はノブを回した。何故か強烈に、嫌な予感がしたからだ。
(これで、ラッキースケベなら土下座案件だ!)
「ローラさん!」
僕が、部屋へ飛び込むと、ローラさんは、ベッドに倒れ込む様な姿勢で、俯せで、眠っているようだった。
(土下座!テレーテ♪、土下座!テレーテ♪、土下座!、いや違う!!)
その姿勢のおかしさに、部屋を見回すと、椅子の上に置かれた鳥カゴに、子猫が入れられていた。
「子猫?」
何故?と思った瞬間、
「ニャー」
子猫が鳴いた。
そして、僕の意識は落ちた…
最後に、浴室の扉が開く音を聴いた気がした…