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「あの人が、俺を庇って毒を浴びていたんだ。」
ダナンは泣いていた。
いいオッサンが号泣していた。
「最悪だった。ギルドの見立てが、いいかげんだったんだ。何がポイズンベアだ!あの魔獣は、B級のアシッドベアじゃねーか!」
「酸を浴びた人間が、どうなるかなんて説明はいらんだろう、ましてや毒まで喰らっていれば」
「あの人は悟ったんだろう。俺に向かって剣を投げて…そして力尽きた」
ダナンは、涙を拭おうともせず、話し続けた。
(な、なんだ? 関係ないのに俺にまで、何かの感情が押し寄せてくる…)
「その後も、また最悪だった。あいつは、剣を証拠品だとか言って奪い取り、ギルドから遺族に返すと言って持ってった」
「しばらくは、俺も黙っていたさ。だがあいつは、報告会だの何だのと、剣を持ち歩いていたんだ」
「更に許せないのは、自分の物の様に、腰に佩いていたことだ。」
「俺は、ギルドに乗り込んで、あいつを斬るつもりだった。だが仲間に止められた。」
「あの日、あの場所にいたのは、俺だけじゃない!みんな怒っていたんだ。みんなで、ギルド長に談判してやっと取り返したんだ」
「S級魔獣だぞ!本当の英雄の剣だ、家に帰すべきなんだ」
「英雄の子は、孤児になってしまった。住む場所は有ったが、保護する大人は、いなかった。俺らでは、年齢も資格も足りなかった」
「だから、せめてみんなで、気に留めることにした。俺は毎日、顔を出した。気の良い兄貴でいようと思った。次第にウザがられたが、それでも続けた。」
「それが、僅か五歳で孤児にしてしまった、俺のケジメだと思った。だが、英雄の子は普通ではなかった。歳を待ち、冒険者になるとアッという間に街を出て行った」
「ドブ、これが、あの日の真実だ… お前の父が死んだのは、俺のせいなんだ。今まで黙っていて、済まなかった…」
そう言ってダナンは話を終え、頭を下げた。
(マジかぁ〜!聴かなきゃ良かった〜 転生一週間未満の俺には、重すぎる〜っ)
ダナンは、下げた頭を上げる気配がなかった。
ローラさんの頬も濡れていて、俺をジッと見つめていた。
(待ってよー、オレ的には、出会ったばっかりなんだけど〜
ローラさんも辞めて〜)
「ダナン、とりあえず頭を上げてくれ。警戒は怠るべきじゃない」
俺は答えから逃げた。だがダナンは俺の言葉に、ハッとして顔を上げた。
「親父が、どう思って死んでいったかは、分からないが、俺自身は、過去の事は忘れた。今も別に、不遇も不幸も感じていない」
(ナイス俺!ウソは言ってない。過去は忘れた、間違いない。…う〜ん、オッサンもローラさんも、納得してない顔だな〜 どうすんべ)
「禍福は糾える縄のごとし、か…」
俺は、いつものキメ顔で、呟いてみた。
「なぁにそれ?どういう意味なの?」
ローラさんがくいついた。
「旅の途中で聞いた言葉さ。禍も福も、先がどうなるかなんて、誰にも分からないって事さ。」
「ふ〜ん、真理をついた、面白い言葉ね」
「自分でも、自分の先は見えないんだ、ましては、他人からなんて…
ダナンだってそうだろ? アンタがいて助かったって、街で随分聞いたぞ?
アンタが死んでたら、その人達の人生も変わっていたんじゃないか? なぁ、副ギルド長さん!」
ローラさんもオッサンも俺の言葉を噛みしめるように黙り込んだ。
(ミッションコンプリート!これで駄目なら、色即是空とか、言い始めるところだった。ケムに巻くのなら、ループ系の格言がマストだね)
それから、東の空にあった明るい星が、南に移る時間をへて、俺たちは、また話をし始めた。
今度は、暇つぶしともいえる内容で、ローラさんのスイーツ話や、オッサンの家庭のグチなど、多岐にわたった。
俺も、旅の話をせがまれたから、600メートル級の塔の話をしたが、(600メートルの説明がキツかった)まるっきり、信用してくれなかった。
(俺は、絶対にウソなんかいってない)
そして、西の空に、明けの明星が輝く頃、俺らは街に戻ることを決めた。
(それにしてもダナンのオッサンめ!ローラさんをダシに長々と… 話し長げぇんだよー!)
(ん? まてよ二十年前? 五歳?…)
(俺、齢… いくつなんだぁー?!)
(異世界フケ顔…コワッ!)