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僕はテントで震えていた。
何がなんだか分からなかった。眠りから覚める度に、理不尽な状況のくり返しだったが、今回は格別だった。
あ、目が覚めたと思った瞬間、目の前にあったのは、巨大な牙であった。
あり得なかった。一番あり得なかった。
夢だ!と思いたかったが、牙の奥からせまる、魔獣の息がリアルであることを、突きつけてきた。
正直、なめていた。
日本で読んでいた物語の主人公は、みんな“俺ツヨ・キャッハー”系で、請われて転生した自分も、当然そっち側だと思っていた。
でも、違った。
怖かった…
テレビか、動物園の檻の中でしか、見たことのない巨大な肉食獣が、目の前で自分に牙を剥いてきた。
それは、一瞬のことだったが、
ただただ怖かった…
僕は、恐怖に気絶したようで、テントに寝かされていた。
魔獣に、何かをぶつけてやった気もしたが、皆の中で、誰よりガタイが良くて、見た目オッサンの僕が、一番に気絶し、その後、どうなったかも分からなかった。
情けなかった。
自分が情けなかった。
何度もテントから出ようとしたが、足が竦んだ。
今、外にいけば、ダナンとかいうオッサンの煽りも、ローラさんのやさしさにも、泣く自信しかなかった。
誰かが、いなくなっている可能性もある事に気づき、不安だった…
僕は、テントで震えていた。
やがて、辺りが暗くなる頃、テントの外からダナンの呼ぶ声が、聴こえてきた。
僕は、まだ少し、足が震えていたが、立ち上がった。そして、頬を叩いて気合を入れると、“俺”に切り替えてテントの外に出た。
「ドブ、こっちだ!」
ダナンとローラさんは、野営地の端で、何かをしていた。
少し離れた場所に、魔獣の死骸が横たわっていた。
改めて見ると、その大きさだけで、恐怖を感じさせる存在感だった。前世でいえば、ジャガーが一番近い様だった。
自分を襲った大きな顎は、片側の犬歯だけ切断されており、首の後ろ側に、血が流れたであろう傷が、一箇所だけ見えた。
(こんなデカい魔獣を、一撃で倒す人がいるのか… それに引き換え、俺は… チートじゃなかったのかよ!)
この世界で、生きていく自信が、風に吹かれた砂の様に、崩れて飛んでいく感じがした。
「今、アラートの魔術を掛けたわ。さぁ戻りましょう」
ローラさんも、ダナンも、俺の不甲斐なさに触れる気は無い様で、何も言わなかった。
皆が、焚き火の周りに座ると、ダナンがもう一度、手順を確認しようと言った。
「朝の話の通り、今夜は全員で警戒に当たる。ドブ、休めたか?」
(確認したいのは、自身も緊張しているからだろうに… 気を使ってくれているダナンは大人なんだな)
「あぁ」
俺が応えると、ダナンは満足そうに頷いて、続けた。
「グレイのアラートの魔術で、昨日の様な奇襲は防げるだろう。まぁ、グレイは偶に確認してくれ。
ドブ!、最後は、お前の剣にかかっている。体を冷やすなよ?」
(何だ?今日のダナンは、オッサンなのにカッコいいじゃん!)
などと、失礼な事を思いながら、頷いた。
その後、しばらくの間、皆、静かだった。
虫の声が聞こえる度に、皆の肩が跳ねていたが、その度に、林が静けさを取り戻すという、繰り返しだった。
(どうしよう? 俺の転生特典って魔法特化だったよな? 剣なんて、オイオイオイ聞いてないよぉ〜!)
(そうだ!体育でやった剣道を… いや、それよりバァちゃんと見た、時代劇の将軍様の動きを思い出せ!)
(違う、真似るの剣だ、腰じゃない。それに、何だ?頭をめぐる、この陽気な音楽は!)
「…聞いてほしい事があるの…」
しばらくして、沈黙を破ったのは、ローラさんだった。
「私の本名は、ローラ・グレイ…」
ローラさんは、そう言って静かに、話しを始めた。




