13
薄靄のかかった林の野営地を、朝日が照らし始めた。
俺達は、無事に朝をむかえたのだ。
あの後、グレイは自分の見張りの不始末だと、寝ずの番を申し出てきたが、それは断った。
ダナンも、テントに戻ろうとはしなかった。
皆、焚き火の側で、静かに朝を待ったのだ。
実際、昨夜の襲撃は、誰が見張っていても、結果は同じだっただろう。
改めて考えても、それほど異常な状況だった。
スリーパーワイルドキャットは、山の中腹に生息する魔獣で、その狩りの対象は、小型の魔獣や動物だ。
その身体的特徴も、斜面での生活に合うように進化していて、岩山には対応しても、平地を嫌う。
隠密性が高く、魔法攻撃を含めての攻撃力は、かなりのものだが、凶暴性は低く、知性のある魔獣とされながらも、脅威的魔獣の登録もされていない。
それが、執拗に殺意を向けてくるなど、研究者に言っても、鼻で笑われるレベルの事態だからだ。
俺達は、簡単な朝飯を摂りながら話し合い、明日の朝までは、この場に留まることに決めた。
正直、ギルドへの報告、魔獣の素材の処理、何よりも皆の疲労と、帰りたい理由は山程あった。
それでも留まることに決めたのは、魔獣の出現理由が、話し合っても、まるで検討がつかなかったからだ。
あの個体が、ただ縄張り争いに負けたゆえの突発的な出現ならば良いが(それでも平地に下りてくるのは異常だが)、番や群れていた可能性を考えると、街の危険に成りかねない行動は、取れなかった。
もう一晩、ここで待機して、夜行性のスリーパーワイルドキャットの襲撃がなければ、街に、引き上げようとなったのだ。
昨夜を思えば、群れの場合、自分らの生存も危ぶまれるが、あの殺意を持つ魔獣を、街に近づけられないと、俺達は覚悟を決めたのだ。
襲撃への準備も必要だが、まずは明るいうちに、交代で眠る事にした。
俺は、テントで一人になると、ここ数日の体の変調に悩んでいた。
なにか睡眠に問題があるのか、頭はまだしも、体の疲れがとれた気がしない。目覚めるタイミングも何かおかしい。
加齢の影響の話は聞いたことがあるが、まだ、そういう年齢になった訳では無いと思っている。
逆に、起きている間は、溢れる程の体内魔力を感じていて、すこぶる調子が良いのだ。
それだけではない。
昨夜の魔獣の魔法攻撃だ。
元々、俺は身体に影響のある魔法を受けにくい。
攻撃の際、剣に魔力を纏わせ、微細振動を起こして切れ味をあげている。
その魔力を体にまわして、相手の魔力を振り払い、レジストするのだ。
この魔法防御は、俺の切り札で、誰にも話していない。
微細振動の剣と防御、この二つの技で、俺はC級まで昇格したようなものだ。
ましてや今は、溢れるばかりの魔力を使って、常時、同時発動まで、出来るのだ。
しかし、あの時は、あまりの長時間の対峙に、常時発動していた振動で酔ってしまっていた。
“しまった”と、思う間もなく、レジストに失敗したことに気が付いた。
落ちていく意識の中で、死を覚悟したが、正にその瞬間、体から魔力が放出された気がした。
落ちたゆえの、夢だったのかもしれないが、五歳のあの日から約二十年、ただの一度も出来なかった魔力の放出を、あの時、始めて出来た気がした。
刹那、頭の奥の方で、何かが切り替わる様に、眠りの呪縛から解けた俺は、目の前にせまっていた魔獣に、剣を突き立てる事ができた。
正直、自分の身に起きたことながら、よくわからない状況だったが、皆と生き延びれた事に、ただ喜び、安堵した。
そんな事を思っている内に、夜を迎えた。