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 リチャードは、まだ眠っていたかったが、愛剣が手元に無いのに気が付いて、慌ててテントから飛び出した。


 テントの外では、朝食の準備を粗方終えた、グレイとダナンが談笑をしていた。リチャードは、すでに“朝”であることに気付き、見張りの交代を寝過ごしてしまったと焦った。


 昨夜、テントに入る前に腰掛けていた、張り出した木の根に、愛剣が立て掛けてあるのを見て安心したが、そこに置いた記憶が、全く無かったので戸惑った。



「あっ今、声をかけるとこだったわ、リチャード。もう起きて大丈夫?」



 グレイの優しい言葉に、見張り番をしていないリチャードは、いたたまれずにいたが、二人が何も言わないので、自分からは切り出せなかった。



「あぁ、すまない、もう大丈夫だ」



「それなら良かったわ。さぁ食べましょう」



 そう言って、グレイは倒木に腰掛けた。





 朝食を終えた一行は、その後始末をして、各々装備を整えると、山へ向かって出発した。


 林の中は、昨日と同じで、ただ静けさを纏わせていた。魔獣はおろか、それ以外の生き物とも出会う事は無く、一行を却って不安にさせた。


 おのずと、一行の足どりは早くなり、日が中天にかかる頃には、山との境界辺りに、たどり着いた。



「ここいらにベースキャンプを設置して、それから山へ入ろう」



 リチャードの言葉に、改めて緊張を顔に貼り付けた面々は、ただ頷くだけだった。


 リチャード達のいう山とは、隣国との境界となる連峰の事である。


 ギルドの古い資料には、竜種をはじめとした、名だたる魔獣の生息が、多数、記録されている。

 しかし、これらの魔獣は、幸運にも人里には無関心であった。


 一旦、脅威の対象となれば、S級とされる程、知能の高い魔獣だけに、人の手の入った場所まで下りてくる事は無い。(十数年前の事件は、極々まれの事であり、それ故、問題視された)

 そこでギルドは、山裾の平地に近い林に、手を入れて、境界線を作ったのである。




 キャンプの設営が済んだ一行は、装備を再度、確認して、山へと入った。


 山には、明らかに植生の異なる木々と、胸まで迫るほど伸びた下草が、待ち受けていた。それは、まるで山が一行の受け入れを阻むかの様であった。


 そして、何よりも空気に違いがあった。

 常に見張られている様な、威圧に近い重い空気が一行を包んでいた。



 グレイは、えもすれば自身も、草に埋もれてしまいそうな道なき道を、リチャードを見失わない様に必死に、その背を見続けていた。


 しばらく行くと、急に屈んだリチャードが何かを拾った。



「どうしたの?」



 駆け寄って、小声で訊ねるグレイに、リチャードは答えた。



「これは鎌切笹とよばれる葉っぱだ。

 先をよく見てくれ」



 グレイは、差し出された葉を見た。



「赤黒く染まっているわ」



 それが?という表情のグレイに、リチャードは続けた。



「血だ。なのに辺りは汚れていない」



 リチャードは、グレイが魔術師だった事を思い出し、更に説明を足した。



「辺りに、血の跡がないのは止血をしたからだ。 魔獣は、止血をしないだろう? ダナン!」



「ギルドに入山や行方不明の届けはない。余所者だな」



 こちらを見もせず、辺りを警戒していたダナンが、そう答えた。


 素早く交わされる二人のやり取りに、グレイは自分のフィールドワークの拙さを痛感した。


 パーティーを組んでいれば、魔術師は後衛職だ。グレイも、こういった事は、スカウトの仕事だと考えてしまっていた。

 だが自分は、この任務が終われば、ソロで活動するつもりなのだ。

 グレイは、全てを吸収するべく、リチャードに張り付こうと決めた。



「完全に乾いている。昨日、今日じゃないな」



「どちらにしても、最近の異変に関わっているのかも知れないな。」



「どうする、戻るか?」



「うーん、ギルドに報告するにも、もう少し情報がほしいな」



 続けて交わされる会話に、見識を持たないグレイは、黙って聞くしかなかった。



「ここまで登ってくるのに、異変は無かった。()()()()()、向こうを下りてキャンプに戻るか」



 リチャードが方針を決めた。



(道なんてあったかしら?)



 グレイはそう思ったけれど、言葉には出さなかった。




 日が傾き始める前に、一行はベースキャンプに戻る事ができた。


 しかし、ここでリチャードとダナンの意見が分かれた。


 リチャードにしては、珍しく、帰還を提案していたが、ギルド職員であるダナンは、調査の続行を求めていた。



「確かに、何かを見つけたわけじゃない。だが、俺達は冒険者だ。もし、異変の原因が山の魔獣ならば、それはS級と言うことだ。C級昇格試験(お礼参り)のレベルを超えている!」



「分かっている。だが、だからこそ後手に回る訳にはいかない。ギルドとしては情報が集まらなければ動けない」



「いや、魔獣がいないというのも明確な情報だ。確実に持ち帰り、次に繋げるべきだ!」



 グレイは、リチャードの言葉に違和感を感じた。魔獣の存在を感じているからこそ、慎重策を唱えているのでは、と思ったのだ。


 グレイの視線に気づいたのか、リチャードがグレイを見つめ返した。グレイは、その瞳を見て、リチャードの慎重策の理由(わけ)を悟った。


(リチャードは、魔獣の存在を感じている。そして私を心配をしている)


 この数日で、リチャードとの力量の差は分かっていたつもりだが、なにか苦いものを感じた。



「二人とも待って、どちらにしても夜は動けないわ。朝を待ってどうするか、決めましょう」



 グレイは、「最初の見張りはするわ」と付け加えて話を打ち切った。
















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