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第九話 不穏な沼で

 ――スーが示したモンスターの居場所というのは、山の麓にある沼地だった。

 木々の生い茂った森の中央にぽっかりと穴が開いており、青黒いどっぷりとした沼が広がっている。


 静謐な森の中、波紋一つ立たないその静けさが、返って不気味だ。


 この近くに、モンスターが……?


 俺は、腰を落として慎重に歩きながら、周囲を警戒する。

 木々の隙間から、こちらを狙っている気配――は、ただのカムシカという動物だった。


 更に視線を横滑りさせるが、生憎と気配は感じない。


 一体、モンスターはどこに……?


 そう思った、そのときだった。

 パキッ。

 不意に、地面から音がした。


 足下を見れば、折れた小枝が一本。

 どうやら、小枝を踏んづけてしまったらしい。

 そして、それを合図に、沼全体に異変が起こった。


 波紋一つなかった水面がブクブクと泡立ち、次の瞬間。

 水を割って、三体のモンスターが現れた。

 人間と同じくらいの大きさの、カエルのような見た目をしたモンスターだった。


「ッ! ニゴリガエル!」


 ニゴリガエル。

 名前の通り、濁った池や沼をテリトリーにするモンスターだ。


 特別、攻撃力が高いわけでも硬いわけでもない、単体で見れば大したことのないモンスターだが。

 厄介な点は、二つある。


 一つ目は、池の中が見えない濁った水の中に潜み、獲物が近づいたときに発する僅かな音も聞き逃さず、奇襲を仕掛けてくる点だ。


 そいつらから距離をとった俺は、素早く短剣を引き抜いた。

 

 スーが「私もお供します」と言ってきたが、断って正解だった。

 彼女を守りながらじゃ、思うように戦えない。

 ――なんて、ついさっきまで戦えないただのお荷物だった俺が、言えたギリじゃないんだけど。


 と、そのとき。ニゴリガエル達が動いた。

 青い目を爛々と光らせ、筋肉の詰まった足で地面を蹴り、俺に飛びかかってくる。


「エアカッター!」


 俺は、敵をギリギリまで引き付けて、ナイフを振るう。

 魔力を込めると、ナイフに刻んだ魔法陣が緑色に輝き、風の刃が生まれる。


 三日月型の風の刃は、肉薄する三体のニゴリガエルを切り裂いた。


「よし!」


 肉塊となって地面に転がるニゴリガエルを見つつ、俺は小さくガッツポーズをした。


 魔法の扱いも、なんとなくコツが掴めてきた。

 魔法って、使いこなせるようになれば、こんなにも便利なものなんだ。


 ほんと、なんで魔法を使える人と使えない人なんて区分を作ったんだろう。

 やっぱり、この世の中は平等じゃない。


「敵はこれで全部……」


 全部倒したのかな? と言う前に、俺は言葉を飲み込んだ。

 沼の水面全体が、天然ジャグジーのようにブクブクと泡立っている。

 その真っ白に濁った水面から、大量のニゴリガエルが顔を出した。


 その数――ざっと200体以上。


「……倒したわけがないよね」


 俺は、ほおを引きつらせる。

 短剣の柄を握る腕に、自然と力を込めていた。


 この状況は、なんとなく予測していた。

 こいつらが、集団で村を襲ったモンスターだと知った、そのときから。


 ニゴリガエルが厄介な理由。

 その二つ目こそ――三桁を越える群れで行動することだから。


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