第十三話 その頃、勇者たちは。
《勇者リーナ視点》
王都から少し離れた、山の麓。
木々が生い茂る中で、その場所だけ木が生えていない円形の空間にて。
「クソがっ!」
がんっ!
オレは、近くにある拳大の石を蹴飛ばした。
オレの名前は、リーナ。
別に望んでもいないのに、勝手に勇者の天命を天から授けられてしまった、不幸な人間だ。
勇者だからと期待され、もてはやされ。
才能に嫉妬して陰口を言われたこともたくさんあるし、オレにあやかろうと媚びを売ってきた連中もたくさんいた。
だからこそ、うんざりだ。
むさくるしい運命を背負って生きていたら、思春期こじらせてグレるくらいあるだろう。
魔王なんてさっさとブッ潰して、残りの人生好きに生きてやる。
そう思っていたのに――全く状況が進展していない。
最近、魔王を倒す旅が上手くいっていない。
戦闘中に後衛職のセシルが持つ矢が切れて援護が望めなかったり、物資の輸送に労力を使いすぎて探索どころじゃなかったり、回復薬が不足していて戦闘のペースが落ちていたり。
特に、上手くいっていないのが明らかになる瞬間がある。
それは――
「不味いんだよ……!」
オレは、苛立ちを隠すことなく吐き捨てた。
オレの手に乗っかっているのは、野鳥の卵のオムレツ……のような見た目をしている何か。
いや、実際オムレツなんだろうが、作り手の料理スキルが低すぎるせいで、味も見た目も終わっている。
「今日の飯、作ったヤツ誰だよ」
「俺だ」
はす向かいの岩に腰掛けて、黙々とオムレツを食べるダズが、口数少なく答えた。
「まさか、あんたも飯マズだったとはね」
ダズの隣に座る、紫の長髪を持つ小柄の少女――レーネルが、ため息交じりに言った。
「胃袋に入ればどれも同じだろうが。俺の料理に文句言うな」
「は、料理? 生ゴミの間違いじゃないの? こんなの、臭いし焦げてるし、食べられたもんじゃないわ!」
「なんだとテメェ! もう一度言ってみやがれ!」
「何度でも言ってやるわよ! 飯マズ! 料理ベタ! 味オンチ!」
オレを差し置いて、喧嘩を始めるダズとレーネル。
「それにしても、まさかみんな料理が下手だったなんて」
弓使いの少女――セシルが、美しい金髪を風に曝しながら、困ったようにため息をついた。
「ただ卵を使うだけの料理すらできないなんて……いつも全員分の料理作ってくれてたカイルくんって、実は凄いのかな」
「は! 冗談。アイツが凄いわけねぇだろうがよ」
オレは、鼻で笑い飛ばす。
だが――同時に、いけ好かないとも思っていた。
常にパーティの足を引っ張るクズ。
そんなヤツが当たり前にできていた料理が、誰もできないというなら――オレ達は、クズ以下ということになる。
それにしたって、不味い飯というのはこうも、神経を逆なでするものなのか?
思えば、寝ても覚めてもバトルの毎日。
やりたくもない勇者の運命を押しつけられて、心をすり減らす日々。
そんな中で、食べることと寝ることくらいしか、楽しむことがない。
その内の一つを奪われると、こうまで辛いとは。
「あの野郎……なんで、いなくなってもいけ好かねぇんだよ」
オレは、チッと舌打ちをする。
あの野郎が今、何をしているのか知らないが。
どうせ料理と荷物運びくらいしか脳がないクズのことだ。
一人で苦しんでいるんだろう。
なに、こっちはアイツがいなくなった穴を埋める余裕がなくて、少しもたついているだけだ。
一週間もすれば、平常運転に戻るだろうさ。
どんくさいテメェは、いつまでも一人寂しい生活に慣れないだろうがな。
オレは、この空の下のどこかにいるであろう男の顔を思い浮かべ、ニヤリと笑いながらオムレツを口に含んだ。
とたん、とてつもない不味さが口いっぱいに広がり、不敵な笑顔が苦悶の表情に変わったことは、言うまでもない。