再び歩き出すための区切りとして
「DC部隊。俺たちの故郷を奪った相手」
傾いた日差しを木々の葉が遮る暗い森の中で、カルハは刀の柄に手を置きながら語る。
「10年前の平定戦争を終結させ、その後も立て続けに発生する数々の小規模な紛争の鎮圧に最も貢献している部隊。その活躍を英雄視される一方で、矛を向けた相手は徹底的に叩き潰す無慈悲な側面を持つ。……俺が刀を向ける相手は、そのDC部隊の隊長、ロムだ」
カルハは自分の復讐の相手の名をラムロンに告げる。彼のその宣言を聞いても、ラムロンに驚きや戸惑いはなかった。その顔にあるのは、旧友に対する心配と憂いだ。
「やめておいた方がいい。殺されるぞ。無駄に暴力を振るうような連中じゃないが、隊長に手を出すとなったら下の奴が黙ってない」
「降りかかる火の粉は払う」
「無理だ。あいつらがどれだけの死線をくぐってきたと思ってる。あのロムが隊長になってから今の今まで、数えきれない戦いで勝利しながら戦死者を一人も出してない。それがどういう意味か分かるか?」
「百戦錬磨の強者と剣を交えなくてはならないということだな」
「……なぁ、やめとけ。ろくなことにならない。死ぬだけだ」
頑として聞く耳を持たないカルハに対し、ラムロンは制止の言葉をかけ続ける。常日頃は余裕を持って構えている彼の顔には冷や汗が浮かんでいた。反面、カルハの顔は動揺の一つもない無表情だ。
「死の危険など承知の上だ。だが、俺はやる」
「なんでだ。その先に空虚しかないことくらい、お前なら分かるだろ。分かってるからこそ、ハクシの連中を止めたんじゃないのか?」
「確かにその通りだ。しかしな……」
カルハの声に力がこもる。腰の刀を握りしめる音が、ひとつ距離をとっているラムランの耳にまで届いていた。
「今の俺にはそれしかない。奴らを探し出し、刀を交えて自分を納得させる以外には、何一つもない。復讐を終えた後に残るのが虚無でも、今この身を焦がす怒りと後悔を遠ざけられるのなら十分にやる価値がある」
その宣言は、一朝一夕の言葉を積み重ねるだけでは覆すことができないと確信するには十分だった。ラムロンはひとしきりカルハの言葉を聞き終えた後、諦めのため息をつく。
「そうかよ。じゃあ今回はこっちが折れといてやる。で、なんで俺にこんな話をしたんだ。止めるって分かってただろ」
「お前には俺やトムラビの者達がどうなっていくのか、見届ける義務がある。ギダムの言葉通り、あの襲撃に関わっていたんだからな」
「……そうだな」
カルハの言葉にラムロンは顔を逸らして視線を落とす。その反応はほんの些細なものだったが、カルハはそこに含まれた後ろめたさを見抜く。
「おいラム、まさかとは思うが、あの二人に言っていないのか?」
「……言ってない。ていうか、今日はじめてトムラビ出身って知ったんだよ」
「しかし猶予はあったはずだ。もしかして、話さないつもりか?」
「……しばらくは。いつか言う」
まるで宿題を後回しにする学生のような言葉回しをするラムロン。カルハは彼のそれを呆れるでも責めるでもなく、軽く咎めるに収める。
「こんな明らかな問題を先延ばしにするなどお前らしくもない」
「最近はこんなんばっかだって。買い被らねえでくれよ」
「そういえば、ナフィと結婚するという話はどうなった? まさかそれも……」
「たまにしか会ってねえ」
「……そうか。立ち直った風に見えたが、案外変わっていなかったな」
ラムロンのうなだれる角度が45度を超えてきた辺りでカルハは深掘りを止めた。彼は刀に置いていた手を解くと、ラムロンの隣に並び立ってその肩に手を置く。
「俺もお前も、2年前のあれによって時間を止められていた。お前はもう動き始めているようだが、俺はこれからだ」
「その再出発に必要なのが復讐だって?」
「ああ。あの件に決着をつけなければ、俺は一歩も前に進めはしない」
「……そうか。んじゃ、もう止めねえよ。それと、寝泊まりする場所も用意するし飯の心配もないようにしてやる」
「かたじけない」
旧友が道を踏み外して行こうとするのを、ラムロンは全霊で止めることはしなかった。突き放して路頭に迷わせるのが申し訳ないのか、あるいは友情を失うことを恐れているのか。
だが、ラムロンの顔には恐れや怒りの歪みはなく、ただ真っ直ぐにカルハを見つめていた。
「信じてるからな。馬鹿な真似はしないって」
「……お前の信頼を裏切らないよう、心がけておく」
復讐を容認するという結論に至った二人。だが、その黒い目的の持ち主である当のカルハには、ギダムらが持っていたほどの不安定な感情はない。それを見てか、あるいは見ずともか、ラムロンは彼の行く先を阻まず見守る選択を取った。
「さてと……イズミ達をビビらせたまんまにするのも悪いし、早く行こうぜ」
「ああ。俺も早く帰って久しぶりにまともな飯を食わせてもらいたいしな」
「食いぶちがねえってマジなのかよ……つか世話になる前提かっつの」
話を入れ替えた二人の間からは、すでに重苦しい雰囲気がなくなっていた。彼らは軽い足取りで帰路を行く。
時分はもう日が落ちる寸前といったところ。紫と紺の入り混じった空の下、ラムロン達が歩く森は最早、暗闇も同然の状況となっていた。影は至る所に伸びて視界を遮り、木々の風に揺れる音が耳に帳を下ろす。森に慣れた者がいなければ歩くこともままならないだろう。
「ラム、俺の後ろにつけ」
突然、カルハが振り返って刀を帯から抜く。鞘から刃を剝き出しにこそしていないが、その動きが表す事態が何たるかはすぐに察しがつく。ラムロンは指示された通りに数歩前を行き、カルハの背中越しに自分達がこれまで来た道を見返した。
「……急にどうしたんだ?」
「つけられていた。まさかこれほど執念深いとはな……」
来た道を振り返らずとも、答えは一つしかない。二人が来た道に立っていたのは、抜き身の刀を携えた三人のエルフだった。
日が落ち切った。完全な暗闇の中、僅かに差す夜空の光を受け、怨念を帯びた刀がぬらりと光る。




