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こちら亜人相談事務所  作者: 井田薫
霧を纏う大きな山へ
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結論、必要

「一時はどうなることかと思いましたよ! まさかあんな風に出迎えられるなんて……」


 ハクシを後にしたラムロン達は、ここまで移動してきた車に戻ろうと、その帰路である森を歩いていた。緊張の張り詰めた場を抜けたイズミは、ハクシからしばらく離れた場所まで辿り着くと大きい声を出して背後を睨みつける。


「ウチよりもずっと頭のねじれた人が多かったですね。それにしても、結局あんなことになっちゃって……すみません、ラムロンさん」

「別にいいって。俺も少しは覚悟してたからな」

「あの人がいなければ今頃どうなってたか。えっと……」

「カルハだ」


 イズミは先頭を歩くカルハの背を見やる。彼も応じるように足を止めて振り返った。


「旧友に会いに来て早々の鉄火場だったが、無事に済んでよかった。それで、君達はトムラビにいた頃からラムの友人か? あまり覚えがないんだが……」

「ラムロンさんに会ったのは里がああなってからです。リン……彼と一緒にひどい場所で働かされていたところを助けてもらって、恩人なんです」

「亜人相談事務所、か。うまくいっているようで何よりだ」


 カルハは久方ぶりに再会した旧友の近況を聞くと、どこか安心したように口元を緩める。ラムロンもカルハと同様に友との再会を喜び、相手の肩に手を置いた。


「これまで心配かけたな。お前の方も平気そうでよかった。それに正直、物騒なことを考えているんじゃないかと思ってたから……」

「物騒なこと?」

「……故郷の、復讐の件では?」


 ラムロンとカルハの会話の間にリンが言葉を挟む。彼は静かな瞳でカルハの横顔を見据えたまま、直前の急場のことと二年前の事件を思い返す。


「トムラビの壊滅について報復を行わないという考え。僕は英断だと思います。奪われたものは大きく、決して記憶から消えないものではありますが、相手を見つけて奪い返したところでそれらが返ってくるわけではありません」

「……そうだな」

「何より、そんなことをすればようやくまともになってきた僕達の生活すら壊れてしまう。カルハさんは、残された僕達の生活を思って刀を収めてくれたんですよね?」


 リンはハクシの里で浮かべていたような負の表情を消し去り、光のともった目でカルハを見る。彼が体の横で握りしめている拳は震えていた。敬意と、憧憬の色。隣に立っていたラムロンの目にはそう映る。

 だが、カルハはリンのその目に背を向けた。


「悪いが復讐はする」


 イズミとリンは両者ともに目を見開き、カルハが放った静かな一言に耳を疑う。突然の手のひら返しに思考が追い付いていないようだ。二人の横に立っていたラムロンの顔からも安堵が消える。だが、そこに驚きはなく、何か納得するかのようなため息をついて彼は問う。


「どうしてだ」

「理由を問う必要が? 俺達は家族も居場所も安穏も奪われた。復讐しない理由をこそ問うべきだ」

「なんで今になってそんなことを考え始めたんだよ」

「あれから、長いことこの件にどう向き合うべきかを考え続けてきた。そしてようやく、こういう手段でしか整理がつけられないと悟ったんだ。安心しろ、復讐は俺一人で遂げる。そこの二人も、ハクシや他のエルフ達も巻き込みはしない。寧ろ、首を突っ込んでもらっては困る」


 カルハは三人に背を向け、森の遠くを見つめたまま淡々と言葉を返す。彼の視線の先には、ただ鬱蒼とした木々の陰りが広がっていた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! そもそもの話ですけど……」


 リンより一足早く正気に戻ったイズミが、ブルドーザーのように無理やり話を進めるカルハの言葉を止めた。そして、彼の行おうとしている行為に最初から破綻している部分があると指摘する。


「私達は誰に里を襲われたかも知らないんですよ? 一体何に復讐するって言うんですか。まさか、それを探すことから始めるつもりなんですか?」

「トムラビを襲ったのが何者かなら、知っている」


 イズミの指摘はカルハの一言に弾き落される。同時に、彼の一言を耳にした瞬間、イズミの目は真白に染まって口も堅く閉ざされた。自分達から何もかもを奪った何者か、その答えを目の前のカルハは知っている。その事実はイズミの思考を停止させるには充分な衝撃を持っていた。


「君達は先に行っていてくれ。ここから先はラムと二人で話す。それでいいな?」


 口をつぐんだイズミとリンを遠ざける。その提案に、ラムロンも黙ってうなずいた。

 しかし、当事者であるイズミは納得していない。彼女は激しく熱を持った感情に背を押されるかのようにしてカルハに詰め寄り、問いをかける。


「一体誰なんですか? 誰が私達の里を……お母さんやお父さんを、殺したっていうんですか!? 知ってるなら教え……ッ」


 イズミが最後まで感情を吐き出しきることはできなかった。リンが、彼女の肩を掴んで引き寄せたのだ。彼はカルハから彼女を引きはがすと、ラムロンとカルハに軽く目配せし、イズミを引き連れてこの場から去ろうとした。しかし、納得のいっていないイズミは自分を引っ張るリンを振り払おうと高い声を上げる。


「やめてよ!! リンは気にならないの!? 私達から何もかもを奪ったのが何者なのか……」

「知ってどうするっていうんだ」


 ラムロンとカルハから距離を離しながら、リンはイズミの腕を強く引く。


「もしそれで何かしようなんてなったら、今の僕達の暮らしは終わる。それどころか、僕達と関わったリーヴさんや、オルネドさん、イルオさん達にまで迷惑がかかるんだ」

「だからって、このままでいいの!? 何も知らないまま、何にも納得できずに奪われたままで!」

「それしかない。これは……カルハさんの気遣いだ」


 森をしばらく行ったところで、リンは足を止める。そして、未だに後ろで息を荒げているイズミに自分の考えを語った。


「もしも今、僕達の頭の中にある敵が、名前や形を持ったら……恨まずにはいられなくなる。これまで何も知らないからこそ掴みかけていた平穏を、自分達の手で壊してしまうかもしれない」

「私達自身を守るために、何も知らないでいろってこと?」

「……そうするしか、ない」


 立ち止まったリンは後ろを振り返る。日の落ちかけた暗い森の先に、彼は憐みの目を向けるのだった。


「きっと、あの人はもう止まれない」

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