葛藤、復讐が必要かどうか
「しばらく見ない内に大分肉付きがよくなったな、ラム」
「開口一番それかよ。そっちは何も変わらねえな」
「ああ。お互い、息災で何よりだ」
突然現れて場の視線を一手に集めたカルハ。彼はラムロンと旧知の仲らしく、すぐに彼と再会の言葉を交わす。
再会直後という壁を感じさせない二人のやり取りをすぐ近くから見ていたイズミは、隣のリンにコソコソと問いを投げかける。
「ラムロンさんと仲良さそう……っていうか、リンはあの人のこと知ってる?」
「…………ん、まあ。君ほど里のことに興味ないわけじゃないから」
「ちょっ、それじゃまるで私が自分のこと以外興味ないみたいじゃない」
「違うの?」
「いや、まぁ……ん」
リンの淡々とした受け答えにイズミは口を尖らせる。言葉で反対しないのは実際に自覚があるからなのだろう。彼女の視線を受けるリンはというと、場の空気を一気に持っていったカルハの方にジッと目を向けている。
「トムラビの生き残りが他にもいたとはな」
ギダムは突然の来客に少し驚きながらも、それによって態度を崩すことはしない。相変わらず刀に手を添えながら、彼はカルハに目を向ける。
「まずは同胞の無事を祝おう。君がトムラビの災いに巻き込まれずによかった。しかし、こちらが招いた訳でもないこの時期にハクシに訪れたのはどういうことだ? 我々に何か用でも?」
「申し訳ないがハクシに用があった訳ではない。俺の目的は後ろのラムロンという男に会うことだ」
「ほう。トムラビを守護する武家の当主が、その男に一体どのような要件を?」
ギダムの問いを受けると、カルハは顔を下に向けた。そして心底言いづらそうに眉を寄せながら、端的に答えを口にする。
「金がない、仕事もない。だから寝床と飯をねだろうと思ってな。旧知のこいつの事務所に行ったらこの里に向かうという話を聞いたから、こうして追ってきた」
「………………あ、ああ。そうか」
思っていたのとは全く違う方向に衝撃的な答えがカルハの口から飛び出す。その場にいた全員が、直前までとは異なる色の視線をカルハに向けた。
意図せず話の方向を変えてしまったギダムは、咳払いをして場の空気を正す。
「細かいことはいい。とにかく、君のような立場の者が生き残ってくれたことは幸運だ。そのラムロンという男と君達の関係、そして襲撃との関連についても聞きたい」
「いいだろう。隠すようなことは一つもない」
カルハの態度に応じ、ギダムも自らの疑いの目を隠すことなく曝け出す。
「まず、ラムロンは何故トムラビに訪れた」
「近場の遺跡の研究のためだ。周辺に寝食を確保できる場所がなかったからウチに来た」
「では、彼と同行していたという者達はどういう立場の人間だ?」
「最初に来た時には亜人の医者と歌手が一緒にいた。継続的に来るようになってからは、遺跡の調査チームとともに来ることがほとんどだった。そちらには人間も混じっていたな」
「彼らの滞在中、何か問題や変わったことはなかったか」
「変わったことは大いにあったが、問題は一つも起きていない。寧ろラム達は里の問題を解決してくれた」
「……それが、この書状に書いてある恩か」
ギダムはトムラビから送られてきたという書状を手に、目の前のカルハを見つめる。彼の表情には、ギダム達が抱えているような怒りなどはなく、ただ淡々とこの場に立っているようだった。故郷を奪われた当事者である彼のその調子は、ギダムの熱を帯びた心を逆撫でする。
「お前達は外界に向けて融和的な姿勢を取ると決めていたようだが、結果としてこうなってしまった。今、残されたお前はどう思う?」
「……もっと早くにこの姿勢を取るべきだったと、そう考えている」
「なに?」
想定していた方向とは真逆の答えにギダムは眉を寄せる。対するカルハは、怒りや憎しみを全く感じさせない落ち着き払った様子でその心中を語った。
「人間やその他の亜人達に対してもっと早くに手を取り合う姿勢を見せていれば、こんなことは起きなかったかもしれない。理解を乞うには遅すぎた」
「穏健な態度を取ろうとしたその瞬間に襲われたのだぞ? 納得できるのか。この結果に」
「納得はできないが、頭で咀嚼はできている。相手を理解する努力を欠く者が、他から歩み寄りを受けることなどできないと。俺達の里に起きたことは、最早そう受け取るしかない」
「まさか、そんな……」
ギダムの顔にある表情は怒りを通り越し、理解不能を示す。自らの居場所を根こそぎ奪われてなお怒りを出さないカルハを前に、まるで恐れを抱いているかのように一歩下がった。
「何も、思わないというのか。復讐したいと、返しをしなければ気が済まないとは感じないのか?」
「……トムラビの代表として、ハッキリ宣言しておこう」
カルハは後ろのラムロンを目だけで振り返った後、改めてギダム、そしてその場にいるハクシのエルフ達に向けて声を張る。
「トムラビの里に起きたことについて、復讐、報復を行うことはしない。もしお前達のように他里のエルフが独断で刀を手に持つのなら、この俺が阻止する。トムラビを理由にして更なる争いを起こしてほしくはない。死んだ者達のために今生きている人々が傷つくことは避けるべきだ」
「構わないな」と、カルハは後ろの同郷の二人を振り返る。一連の話は彼らにとっても重要なものだったが、イズミは電光石火のように進んだ話についていけず、目をあちこちに回していた。反してその隣のリンはというと、カルハにしっかりと顔を向け、首を縦に振った。
「……好きにすればいい」
トムラビを故郷とする者達が合意に達したその後ろで、ギダムはそれを容認するかのように思える言葉を吐き捨てる。だが、その顔には依然として怒りが残ったままだ。
「しかし、忘れるな。いち里を一方的に壊滅させるような相手だ。我々エルフそのものを軽んじていなければそのようなことはしない。再び他の里が襲われることもあるだろう。その兆しが見えた時には、お前に止める筋合いはないからな」
「肝に銘じておこう」
カルハはギダムの言葉に短く返すと、彼とその他ハクシの者達に向けて一礼する。その後、彼は何事もなかったかのように振り返り、ラムロン達を連れて広間の出口へと向かう。
ギダム達が四人の背を呼び止めることはなかった。




