話の合わない人はどうしても合わなかったりする
三人が案内されたのは、里の中でも一目で立場ある者のそれと分かる屋敷だった。四方を人の背ほどの塀に囲まれ、その先には清廉を帯びた白石の敷き詰められた庭。それを越えた先の屋敷は広く、首を横に振ってもその端が見えない。
森林の中にいるのとはまた違う木の香りが満ちたその屋敷の広間にて、ギダムはラムロン達と向かい合うように畳の上に座った。
「トムラビに生き残りはいない、そのはずだったが……」
前座や前置きなどという言葉を知らないのか、ギダムは直に本題に入る。相手のペースに合わせようという意思はない。
「同胞として、心からの哀悼を。もし事前に事の予兆を知ることができれば馳せ参じることができたものを、悔しく思う」
「はい……」
「しかし、こうして生き延びた者がいることは幸運だ。おかげで、次に備えることができる」
「……次?」
同種に任せて聞く姿勢を貫こうとしていたラムロンだったが、彼の耳にギダムの言葉が引っかかる。
「次ってどういう意味だ? 何か襲われる気配でもあるのか、それともそっちが何かしでかすつもりなのか?」
「………………」
「……あっそ」
ラムロンの問いに、ギダムは一瞥と沈黙を返すのみだった。その態度を前にしたラムロンは、それに応じるようにあくびをしてそっぽを向く。来客にあるまじき態度にイズミは冷や汗を浮かべるが、彼女が他所に心配を向ける暇はすぐにもなくなる。
「あの時、何が起こった?」
「え……あの時って」
「一つしかないだろう。トムラビが人間に襲われた時、敵はどのようにして現れ、どのように攻めてきたのか」
ギダムの問いは率直にして簡潔。愚直なまでのその言葉に、相手の心情を慮ろうとする余裕はない。イズミは彼の言葉を受けると、すぐ隣のリンを見る。
「僕が話す」
一瞬の目配せでイズミの表情を見てとったリンは、淡々と当時のことと関連することを語り出す。
「あの日……のことを話す前に、トムラビにはひとつの言い伝えがありました。曰く、濃霧の日は外出を避けろ、と」
「霧か。例の日も霧が出ていたのか」
「はい。これまで見たものよりも遥かに濃い、白い霧が。早朝それに気が付いた僕は、嫌な予感がして隣のイズミを連れて里を離れました」
イズミの表情が段々と曇っていく。リンの語り口が呼び水となって、彼女の記憶に波紋を起こしているのだろう。
「狩りに使う小屋で過ごしながら里の様子を遠目にうかがっていましたが、どうも霧は里全体を覆っていたようです。そんな状態が、丸一日は続きました。ようやく霧が晴れてきた頃、僕達が里の様子を見にいくと……」
イズミが随分前から目を伏せていた横で、ようやくリンの表情に変化が訪れる。彼は顔を手で覆って俯き、震える声色で続きを話す。
「誰もいなかったのです。どれだけ声を張っても、どれだけ辺りを見渡しても、人影ひとつも見つけることができなかった。ここまできて何か非常事態が起こっていると考えた僕達は、近くの家に入り込んで中の状況を見てみることにしたんです。そうしたら……」
「何か、あったのか」
「家具に乱れはなく、刀や弓を置いている家でも、それらが持ち出された形跡はありませんでした。しかし……」
イズミが頭を抱えて呻き声を上げる。そんな彼女の代わりに、リンは語り部を最後まで続けた。
「乾ききっていない血溜まりがありました。数軒見て回った全ての家で、決まって寝室に。まるで賊が上がり込んだのに全く気付かず、眠ったまま殺されたかのようでした」
「……集団催眠か何かか」
「それから僕達は、ここにいては危険だと判断して故郷を離れました。まるで、神隠しにでもあったかのように、血溜まりだけ残して霧が全てを連れ去っていってしまった。その後、知人達の行方を探したこともありましたが、それらしい手がかりはなく……そもそも当時の僕達には一切余裕がありませんでしたから」
故郷を追われた被差別者がその後どんな暮らしをしたのかなど語るべくもない。生活をするためにあんなクラブで身を切り売りしていたのだ。あの場所の地下でイズミが涙ながらに語った身の上話を思い出したラムロンは、眉を寄せてため息をつく。
「それで、襲撃者の手がかりはあったのか? あるいは、その敵が用いてきた手段に心当たりは?」
「…………あ?」
次のギダムの問いは、二人の生活を憂うものでも配慮するものでもなかった。あくまで、自分の知りたい情報に手を伸ばすための質問。そんな血の通っていない問いを重ねられるなど思ってもいなかったイズミは思わず顔を上げる。
「はっ、話聞いてましたか? 私達、そんな余裕はなかったって……」
「だから、今からでも思い出してほしいと言っているんだ。襲撃直前にそれらしき者の出入りはなかったか、あるいは普段と違った何かがあったとか。敵の仕掛けに繋がりそうなものならなんでもいい」
「でっですから、そんなものは」
「……恥はないのか」
「…………はぁ?」
唐突な侮辱にイズミは目を真っ白にする。その隣で、リンは強く拳を握った。しかし、ギダムは目の前にいる二人のそれらに全く目を向けず、自分の語りたいことを語りたいように話す。
「人の群れから切り離された我々エルフが、その先の故郷すら奪われたのだぞ。聞くところでは、お前達はその先でも汚れた手段で生き残ったのだという。恥を知れ。故郷の者達が消された時、一人でも残って敵を追おうとしなかったのか。お前達のどちらか一方でもエルフとしての誇りを持っていれば、今、このように情けない思いをすることなど……」
「テメェいい加減にしとけよ」
ラムロンが立ち上がってギダムの言葉を遮る。彼は後ろにいる二人を振り返ることはせず、眼前のギダムを見下ろした。
「復讐してえのか何なのか知らねえけど、こいつらはもうそんなのとは無縁な生き方を手に入れてんだよ。それを情けないだ? ふざけたこと言ってんじゃねえ。普通に生きてくことの何が恥だってんだ」
「同胞を奪われ怒りを覚えず、何もしないことを恥と言わずに何と呼ぶというのか?」
「誰もがテメェみたく怒りに身を任せる馬鹿じゃねえんだよ。怒っても辛くても悔しくても、それを相手に返しても幸せにならないって知ってるから別の道を探してんだ。そして、二人はその生き方をもう手にしてる。それを邪魔すんなら、後も先もねえ俺が代わりに……」
そこまで言って、ラムロンは一歩前に踏み込む。その手には硬く拳が握られていた。振り上げることはしない。だが、二人のための怒りがここにあると、ラムロンは言葉と姿勢で示した。
しかし、ギダムはそれに対して鼻で笑って返す。
「代わりに何をするというのだ。ラムロン・レリアータ」
「…………」
「今は亜人相談事務所などというものをやっているらしいな。確か、お前がトムラビと親交を持っていた時は……」
今度はギダムが立ち上がり、ラムロンを見下ろした。
「考古学者、だったようだな」




